35.返せ
ハロルドの身体を乗っ取ったネーヴェは必死にドラゴンの説得を試みるデイビッドの前で結界を張っていた。それはドラゴンのブレスすら容易に防いでいる。ハロルドの魔力量とコントロール技術に感心する。かつて伝説に残り、神になる資格すら得ていたパラケルススでさえ、この年齢で、ここまでの練度ではなかった。
(とはいえ、だ)
ネーヴェは目を細めた。説得ができているようには見えない。明らかに逆上しているし、ハロルドの目にはそれが自分に対する危険なものであるという鑑定結果が赤いオーラとして映し出されている。
時間切れだ。
「これ以上は無理だな」
「まだもう少し!もう少しだけお願いします!!この子は悪くないんです……!」
「そんなことは分かっている。問題はこれがそれなりに強大な魔物であるという点だ。……竜王の裔であればあるいは、と思ったが」
「では、私が」
シャルロットはデイビッドも目の前のドラゴンもどうでも良かった。彼女は、ハロルドが戻ってきてくれればそれでいい。
目の前のドラゴンがいなくなってそれが叶うならば脅威も無くなって一石二鳥だ。
ネーヴェがシャルロットの案に乗ろうとしたその時だった。
(視界が、揺れる?)
ハロルドになるべく負担がかからないという状況で、彼の脅威を消すために、ネーヴェは少しずつ時間をかけて力を馴染ませていた。それ故に、こんなに早く限界が来るはずがないことを知っている。
けれど、それは『何の抵抗もなかった場合』に限られる。
そして、ネーヴェはこれがハロルドのためだと思っていたけれど、当の本人がどう思っているのかなんてまるで気にしてはいなかった。
結論として。
(よくも、俺の身体で好き勝手してくれたね。しかも、俺の友人たちを危険に晒した挙句、あんなクズとの関わりも作るなんて)
『ハロルド』は、キレていた。
神の「良かれと思って」は確実に、的確に、愛し子の地雷を踏み抜いていた。
(いいから、とっとと……)
「ま、待て。ハロ」
(俺の身体を返せ!)
名前を呼ぶ前に、ネーヴェは身体から追い出される。その前にハロルドから見知った気配がした。
ネーヴェから身体を取り返したハロルドの結界が揺れる。すぐにルクスの名前を呼ぶと、彼もそれが元のハロルドだと気がついた。
「ミハイル」
「は、はい!」
「結界、変わって。少しの間保てばいい」
ミハイルは「そんな無茶な」という顔をしたけれど、ルクスも一緒に結界を作ってくれるということで覚悟を決めた。ハロルドはできないことを任せる人間ではない。
「シャルロットさん、物理攻撃がきたら弾いていただけますか?」
「神子様の仰せのままに」
「アイマンさん、デイビッドが前に出ないように掴んでてください」
「分かった」
「ペーター、ルア、デイビッド」
自分たちの名前を呼ばれた時の声が一オクターブ低いことに気がついた彼ら。
「全部終わったら説教」
ルアは「それはそう」と少し遠くを見た。そのままネモフィラに指示を出して、シャルロットから切り落としたドラゴンの腕を受け取る。
「ルア、力を借りる」
「分かった」
ハロルドの足元に魔法陣が広がった。その中の紋様はフリージア。
「空に剣を、地に花を、人に誓いを捧げよう。我が願いに応え、この世の理に応じよ」
ハロルドの詠唱の後に、魔法陣が紫色に染まる。周囲に幾つかの素材、それと先ほどのドラゴンの腕が浮かぶ。それが合わさってひとつの塊になった。
「現れよ」
ゆっくりと、足元から現れたのは透き通った水晶のようなものだった。それを囲むように紫色の輪が二重。おおよそ、『武器』には見えない。
これは法具と呼ぶような代物だろう。
それはハロルドの手のひらの上でふよふよと浮いていた。
そらまぁ、怒るわなぁ……
無理矢理、身体の所有権取り戻したので割とボロボロである。かつ、ネーヴェに対する感情もお察し




