24.狂信者たちの宴
男は予想以上に良い獲物が揃っていると蛇のように長い舌で唇を舐めた。細い目は僅かに開いているのがわかる。
「あの方までいらっしゃるなんて、運が良い」
ユリウスには「逃げ出した」と伝えたが、実情は違う。
デイビッド・マーレ。
マーレ王国でも由緒正しい、王家の血を汲む公爵家の女と王との間に生まれた子どもだ。
惜しむらくは彼の母親が王に疎まれていたことだろうか。正妃となるはずの女が、妾の扱いになった時、男は笑いが止まらなかった。
(良い家に生まれただけの女が、我が君の足枷になることなどあってはならない)
それなのに、『あの女』は男を産んだ。
血筋だけであれこれという者たちは全員殺した。
彼にとって大事なのは、己の主人が王の座に着くことだけだ。
——それが、かつての●●の、血を絶やす行為だとしても。
「そうなると、ユリウスは邪魔だな。あれもそろそろ用済みか」
男はフラスコを手に取って、中に入った薬液を軽く振る。青から赤に変わった薬液を見て、満足そうに口角を上げる。
「神子は手に入れ、デイビッドは殺す。竜を狂わせ、ユリウスも殺す」
そこでようやく、今回利用した男のことを思い出した。
愚かで何も考えていない、催眠にもかかりやすく自分のことだけしか考えていない矮小な存在だ。
「もう一仕事してもらおうか」
それで死しても、あれは己の情報など、何一つ持ってはいない。
そこから何も漏れることはない。
男は動き出す。
主人以外はどうでもいい、と考えているからこその身勝手な行いだ。
それでも彼は己にはそれが許されると信じてやまない。
『神』に貢ぐのは当然だ、男は嗤った。
信仰とは、心の拠り所だ。
少年は主人から借りた箒に跨って空を飛ぶ。月を見上げてそんなことを思った彼は、ゆっくりと高度を上げていく。
少年……ペーターにとっての『かみさま』は神ではなく、自分を助けてくれた幼馴染だった。
金色を纏う、誰よりも美しく、心清らかな貴人。それがペーターにとってのハロルドだ。
「この騒ぎだ。抜け出していると知られればハルが心配するぞ」
かみさまについて想いを馳せているペーターにルアが声をかけた。ペーターのスキルは闇の力と親和性が高い。ルアがペーターの夜の散歩に気がついたのもそのおかげだ。
「ハロルドだって万能じゃない。お前が何も言わなければ気付かないさ」
ペーターが笑ってそう答えると、ルアは深々と溜息を吐いた。
そして見下ろす先にある場所で騒動が起こっていることに気がついて「これを予想していたのか?」と問う。
「予想くらいならハロルドもしてると思うよ。それにしても……アイツ、余程立派な肩書きがついているらしいな」
クスクスと笑った彼は「情報を流しておいて正解だったかも」と脳内で呟いた。
ペーターはハロルド以外がどうだっていい。ハロルドが望まないから非道なことを進んではやらないだけで、彼に害が及ぶというのならばどんな手を使うことも厭いはしない。
「それにしても、あはは!ドラゴンに乗って辺境伯のタウンハウスに飛び込むなんて!!」
黒髪の男が何かを叫びながら、戦っている。だが、余程消耗しているのだろう。その動きは万全と言えるものでないと素人のペーターでさえ理解ができた。
「ハロルドも、デイビッドも、両方狙ってるんだろうけど……こんな騒ぎになってさぁ?これも黒幕の予想に入ると思う?」
「さぁな。だが……万全を期すならば、あのドラゴンには細工をしておくべきではないか?」
「ああ……暴れられでもしたら、面倒だよね。うーん……どこを狙えば殺せるか、とかは割とわかるんだけど無力化は専門外かも」
「ハロルドが作った薬ならあるぞ」
厳密に言えば、ハロルドが「使い道があるのかどうかわからないし、自分で持ってるのも、それを使うっていう選択肢が出てきそうで怖い」と判断したような薬がある。
「へぇ……まぁ、戦うのに比べたら忍び込んで少し細工するくらいは大したことないし。手は打っておくに越したことないよね?」
月を背景に、ペーターはチェシャ猫のようにニヤニヤとした笑いを浮かべた。
狂信者たちは、互いの存在すら知らないのに、互いの信仰のために暗躍していた。
ペーターはハロルドに「だけ」良い子 (のふりをしてるだけ)だから……。




