窮地
よろしくおねがいします
このままでは、ヴァルが女に吸い取られて消えてしまう。
(嫌だ。まだまだ、ずっと一緒にいたいのに)
別れたくない気持ちで溢れる。ずっと一緒にいるんだ、今更別れるなんて想像もできない。
(どうにかして、ヴァルを助けないと)
セラが使える聖女としての力は、虚無の力。虚無の魔神であるヴァルの力でもあるが、虚無というものがよく分からない。だから、王都では無能として有名だった。
手のひらに虚無を作り出し、瘴気に当てても、何も変わらない。
何も状況が変わらないことに、ハラハラとした気持ちだけ湧き上がる。
「おい、一旦逃げるぞ」
「ジン様だけ逃げて、私はヴァルを助けます!」
「無理だろ! 瘴気はどうにもすることができないだろう。それこそ、消したりできれば、どうにかできるかもしれないが」
ジンの言葉に、閃いた。
(私、瘴気を消せる!)
蜜熊だった怪物を、蜜熊に戻せたのも、セラの治癒術に浄化が混じっていたからだ。
この力を使えば、どうにかできるかもしれない。
「ジン様だけ、先に逃げていてください。解決策が思い浮かびました!」
「いいんだな。ここは、任せるぞ」
ジンはバルカ王子を引っ張ると、急いでこの部屋を出た。
「人間がここを逃げても、対して変わらないのに。ここが終わったら、すぐにみんな一緒なのよ」
逃げていったジンたちの背中を見て、ミファは首を傾げる。
ヴァルが囚われているところは、強い風が吹き荒れ、近づけない。どうにかして、治癒術をあそこに届けなければ。
(届く……なら、弓を使えば)
セラは相棒の弓を取り出す。この弓から生成される矢は、持っている術の気配を帯びるそうだ。
その矢を何本も射って、一つでも擦れば現状を打開できる。
弦を引けば、緑色の矢が現れた。それを何本も作り出し、どんどん放っていく。
強い風に矢は流れを変え、なかなか当たらない。
(お願い。どうか、一つだけでも当たって)
その願いが通じたのか、一本の矢が瘴気の側を横切る。すると、その辺りだけ、黒い靄が晴れた。
(少しだけ、祓えた!)
繭玉のようになった瘴気では、表面を削ったにしか過ぎない。だが、ヴァルは強い。セラはそう信じている。
(ずっと、一緒にいたい。ヴァルだって、私と夫婦でいたいと言っていたでしょう! 生きていたら、何だって認めますよ、それこそ夫婦という仲だって!)
ヴァルとは、始まったばかり。死ぬにはまだ早過ぎる。
「ありがとう、セラ」
聞こえたヴァルの声に、顔を上げる。
そこには、祓ったところからヴァルが片腕を出し、四角いものを作り出している。
「全てを肯定しつつ、否定できるのが虚無。瘴気よ、この箱の中に収まれ」
ヴァルが歌った瞬間、瘴気が渦巻き、凄い速さで四角い箱の中に入っていく。
瘴気はだんだんと薄くなり、そこには真っ黒い箱を持ったヴァルが涼しい顔で立っていた。
「ヴァル、大丈夫?」
「ええ、大丈夫ですよ。今はまず、これをどうにかしないと」
ヴァルが視線を向けた先には、黄色い猫が座り込んでいた。いや、ただの猫ではない。尻尾が二本生えている。
「魔?」
「そうですね、小金猫の魔ですね。もともとは、福の神としての要素が強い魔性です」
小金猫の魔は目をくるくると回すと、泡を食って逃げようとする。しかし、逃げる直前で、ヴァルに捕まってしまう。
「セラ、この猫。いらないですよね」
「はい。私には必要ありませんよ」
「そうですよね」
機嫌よく笑ったヴァルが、猫の首を締めようとする。猫は、悲痛そうに「にゃー!」と泣き叫ぶ。
「おいー! ちょっと、待て。こっちに、重要参考人は引き渡して!」
「ジン様、逃げたのでは?」
「ああ、逃げたさ。助けを呼びに」
そう言いながら、ジンは壁際に退いた。すると、ドアからは白銀の甲冑を纏った集団が、続々と入ってくる。
「国軍ですか?」
「ああ、バルカ王子のことだ。王命に逆らっているし、一応国家反逆罪に適応なるから、国軍を要請していた。いやぁ、何とか間に合った」
ジンが安心して息を吐いている向こうで、国軍がテキパキと猫の魔力を封印し、連行していく。
よく、耳を澄ませると遠くから
『俺を誰だと思っている! 俺は王子だぞ』
と叫ぶ、バルカ王子の声が聞こえた。
「セラ、私。とても、嬉しかったですよ」
「はい?」
唐突に、そんなことを言うヴァルをキョトンとした顔で見つめる。
「よほど、心が熱くなったのでしょう。契約を通して、セラの熱い告白が聞こえてきて……身悶えて、瘴気から出るのに手間取りましたよ」
デレデレとした顔で、ヴァルが語る。
ということは、ヴァル一人でも、あの瘴気から抜けることができた。ということか。セラの心の声を楽しんで、瘴気から抜け出すのに時間がかかったと……
ふつふつと、怒りが湧いてくる。
それ以上に、セラは羞恥心に苛まれていた。
(私が、ヴァルと離れたくない。結婚も認めたことも、全部ダダ漏れだったといこと!?)
かぁ、と全身真っ赤になる。
「ヴァルなんて……ヴァルなんて……知らないです!」
プルプルとしながら叫び、部屋から飛び出した。
もう、当面ヴァルには顔を見せられない。
湯気だった顔を抑えながら、セラは廊下を爆走していった。




