バルカ王子がやって来た!
その一報は、セラの想像もつかないものだった。
「バルカ王子が、この辺境に入った」
「ええ、なんですか。こんな、わざわざ田舎に」
「俺も分からん。ただ、関所から情報がきただけだ」
ジンは、イラついた様子でガシガシと頭を掻く。
「早馬で来ているようだから、今日中にもくるだろうよ」
「すみません」
「何だ」
執務室に、一人の騎士が入ってきた。
騎士はペコリと頭を下げると、報告する。
「バルカ王子が、城に到着しました」
「あ……思っていた以上に早いな」
よっこいしょ。と、おっさん臭いことを言いながら、ジンが立ち上がると、次々に指示を飛ばず。
「よし、セラとヴァルは俺と来い。そこで、あの馬鹿王子の対応だ」
バルカ王子が案内された場所は、一番玄関に近い客室だ。
何が起きてもいいよう、防災設備がしっかりしていて、危険な相手や信用ならない相手の時に使う。
「やっと来たな。遅いぞ」
「いやぁ、先ぶれがないと、こちらも準備ができないもので」
ヘラヘラとした口調なジンに、バルカ王子が青筋を浮かべる。
バルカ王子の隣には、見覚えのない女性、ミファが座っていた。全身をローブで隠し、覆われた細い体格から、女性と分かる。
ローブから覗く唇は、淡いピンク色で艶やかだ。その可愛らしい唇は、どこかで見た覚えがある。
頭の中をひっくり返しても、唇だけだは正体暴けず、結局誰か分からない。
「ところで、どうしてこんな辺境に?」
「ああ、その女。元筆頭聖女を返して欲しくてな」
バルカ王子は自分の意見が、絶対通ると思っているのだろう。無駄に、自信満々だ。
「セラは、今はこの辺境伯の家臣団の一員です。引き抜きは困りますよ」
「何だと。元々は、俺のものだったんだ。返すのが、道理だろう。それに、お前もこんな田舎ではなくて、王都に帰りたいだろう?」
「いえ、私はこの生活に満足しています」
即座に否定すると、バルカ王子はチッと舌打ちをする。片足を何度も足踏みし、机がグラグラと揺れた。
「そうか、ならば無理矢理にでも、連れていこう」
王子が目配せした途端、ミファが何かを広げた。
ぱっと見ただの巾着袋の口を広げた瞬間、吸い込むような風が吹く。セラの体もふわりと浮き、そのまま巾着に吸い込まれそうになる。
「ヴァル! 助けてっ」
手を伸ばすと、ヴァルはセラの体を勢いよく引っ張り、後ろへ投げる。先には、ちょうどソファがあり、投げられた衝撃が吸収された。
「あ、ヴァル!」
セラの代わりに、ヴァルが巾着に吸い込まれてしまった。中身が入った袋は、キュッとリボンが締まる。
「あ、あ……やってしまった」
ある意味成功したと言えるのに、ミファは顔を青ざめ、ガクガクと震え出す。
「何が失敗しただ、この男を人質として、セラを従えればいいだろう」
「無理なのよ、バルカ王子。これでは、巾着が……」
ミファが嘆いていると、巾着からピシリとガラスが割れた音が鳴る。
「あ……壊れてしまう」
巾着に罅がどんどん入り、内側から光が発する。その瞬間、巾着が砕け散り、中からなんてことない様子でヴァルが現れた。
「無事だったのですね!」
「ええ。この程度の封印具では、私を封じこめれません」
ヴァルは裾を手で払いながら、ゆっくりとミファに近づく。
「私、これでも優しくしたつもりなんですか。まさか、また突っかかってくるとは」
震えるローブの女に指先をチョンと付けると、ボロボロとローブが崩れていく。
塵一つ見えないほどローブが細かくなると、その容貌が明らかになった。
金色の瞳に輝き流れるような金髪。強気そうな、美少女顔。誰からも愛されそうな、美しい容姿。
この女性――ミファは、いつの日はセラの前に現れ、ヴァルを呼ぶように言った。ヴァルのストーカーだ。しかし、前と違って、女の周りに黒い靄――瘴気が漂っていた。
「な……怪物!?」
驚きのけ反っていると、ミファは立ち上がり、ニヤリと笑う。
「バレたなら、仕方ないわ。私、ヴァルハラルの力が欲しいの。その全てを壊し、再生する力――虚無の力を」
ミファが手を伸ばすと、瘴気が触手のようにヴァルに伸びる。
彼はそれを難なく避けるが、その後ろからきた瘴気に全身を絡め取られ、身動きができなくなる。
「お、お前……何者だ!」
バルカ王子が、恐怖に歪んだ顔で叫ぶ。
「私は魔性の探訪者よ。より強い力を求め、美しさを欲する魔性の怪物。随分前に見た時から、このヴァルハラルには目をつけていたわ。強い力に美しい顔、夫にもいいけれど、やっぱり力にしたい欲が勝ったわ」
女はうっそりと笑いながら、瘴気に包まれたヴァルに近寄る。
「うふふ。これで、私もまた、最強の座に近くなるわ」
恍惚としながら、ミファは瘴気に手を突っ込んだ。




