招かれざる客人
今日は何も、用事がないはずだった。
「セラさん。城の正面玄関に、あなたに会いたいという人が来ています」
「今行きます」
騎士の伝達に、首を傾げる。セラに会いに来るような人は、誰もいないはずだし、心当たりもない。何度頭の中をひっくり返しても、わざわざ辺境に来るような知り合いは、いないはずである。
玄関には、一人の女性が立っていた。
輝く金髪に、明るい金眼。強気そうな雰囲気の美女が、険しい表情で立っている。ぷっくらとした、ピンク色の唇は蠱惑的だ。
暗い色彩で纏まったセラとは正反対の色彩には、少し怖気付いてしまう。
「ふーん。暗い色ね」
女はジロジロとセラを一通り眺めると、フンと鼻で笑った。
「えっと、どなたでしょうか?」
「私のことは、あなたの魔神にでも聞けば分かるんじゃない?」
女は自分から答える気はないようだ。
機嫌悪そうに、腕を組んでジッとセラを見つめてくる。
「ほら、ヴァルハラルを呼んできて。あなたのような人間でも、そのくらいできるでしょう」
上から目線で、女は嗤う。
自分の容姿に自信があるのか、瞳には力強い光がある。日の光にきらりと髪色が閃き、夏の日差しを思い出す。
(誰もが認めそうな、美少女ですから、誰にも不気味だと言われたことがないのでしょう)
そう感じた通り、女には卑屈なところがどこにもなかった。
陰りもなく、絶対的な自信が少女に宿っている。
どうしてか、この女には勝てない。と、卑屈になってしまう。
「はい。では、連れてきますね」
「ふん。さっさと連れてきなさい」
ヴァルはどこにいるのだろう。
物心ついた頃から、彼とずっと一緒にいる。セラにべったりな生活を送っている、ヴァルにとっての世界は、セラで閉じていた。
しかし、ヴァルは魔神である。長い年月を生きる魔性には、セラが知らない生活もあったはず。誰にしも、過去があるのだから、当たり前だ。
その時に、知り合った女なのだろう。
胸の中に、もやもやとしたものが渦巻く。
(どうして、こんな気持ちになるのだろう)
取られたくない。誰かのものになるのが、嫌だ。
けれども、ヴァルと結婚し夫婦として一緒にいるのは、何だかムズムズしてしまう。その形で一緒にいるのは、受け入れられないのだろうか。
ならば、なぜ。こんなにモヤモヤしてしまうのだろう。
(そうだ。兄を取られたくない、ていう気持ちかもしれない)
兄と思っていた時代が長いのだ。兄への、家族への、独占欲が生まれても、何らおかしくない。
少しだけ気分を上げて歩いていると、ヴァルを見つけた。自分の左手を見て、何やら悦に浸っているようだ。
「ヴァル」
「どうしたのですか?」
「ヴァルのこと、呼んでいる人がいるようですよ」
「……私には心当たりないので、無視していいですよ」
「いや、さすがにそれは駄目でしょう。ほら、行きましょう」
無理矢理腕を掴めば、ヴァルは抵抗することなく付いてくる。
玄関まで戻ると、先程の美しい女がヴァルを見て、嬉しそうに微笑んだ。
「やっぱり、ここにいたのね」
「誰ですか?」
本当に、誰か分からなかったのだろう。不思議そうに、首を傾げている。
対して、美しい女はピタリと固まった。
「私を覚えていないの?」
「ええ。さっぱり、記憶にありませんね」
「だって、昔、夜会の時……私に話かけてくれたじゃない。『楽しいですか』って」
「ああ……それは、誰にも言ってますよ。挨拶みたいなものですので」
事もなげに言うヴァルに、ショックで女の目は涙で溢れる。終いには、その場で泣き崩れ始めた。
「そこにいられると、邪魔です。さっさと帰ってください」
「……もう少し、言い方はないのですか」
あまりに冷たい言い方をするので諫めるが、ヴァルはセラを一瞥するだけで、言葉を変えることはない。
「……隣にそんな女がいるから……私を、忘れているのね」
ぎろりとセラを睨むと、ふらふらとした足取りで女は消えた。
「あれ、何。ヴァルのストーカー?」
「付き纏いですか……そうかもしれませんね。全く、覚えがないので」
眉尻を下げて微笑むヴァルは、手のひらに小さな旋風を起こす。それを、先程まで女がいたところに投げる。
すると、強い風が舞い上がり、セラの髪を巻き上げた。
「本当に覚えがないのですよね」
「はい、全く。そんなに、信用できませんか?」
「いえ! そんなことは、ありませんよ」
慌てて、否定する。
親より親らしく。兄のようなヴァルのことを信用できないことは、絶対ない。
何があっても、ヴァルのことは絶対に信じている。
だから、花嫁(仮)に否定はしているが、嫌な顔はしないのだ。
多分、兄を思うあまりの独占欲から、心の奥底で、花嫁としても受け入れているのだろう。
「ところで、ヴァルは左手をじっくり見ていたけれど、何をしていたのですか?」
「ああ、これです」
自信満々に、胸を逸らしながら左手を見せびらかす。
左手の薬指には、セラと同じデザインの指輪を嵌めていた。
「結婚したと思うと、感慨深くて」
デレデレとした顔で、どれだけ結婚が嬉しいか語っていく。
「いつの間に、用意したのですか」
「一昨日に作りました。私、元々物を作るのは得意なので」
ヴァルは緩んだ顔で、また指輪を撫で始めた。




