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健太の日記  作者: 蔓草登上
63/111

手を握られただけで 前編

挿絵(By みてみん)



 電車で約2時間、山頂の屋敷まで歩いて2時間だった。

随分遠くへ嫁に行ったものだ。

 久々、自分の足で屋敷まで歩いた寿樹。

昔はへっちゃらに歩いたが、山頂までの坂道がきつく感じられる。


 境内に着くと参拝者がチラホラみえている。

いつも通り変わらない光景だ。

 朝と晩の神饌しんせんは一応しているようだが、鬼空のやり方に雑さを感じる。


 朝の護摩焚ごまたきは終わっっているようだ、しかし鬼空の姿が見えない。

敷地から奥宮おくのみやを見つめ、鬼空よりも先に弦賀に出会ってしまった。

参拝客の中から スラッとした長身の女性がワンピースに身軽なショルダーバック一つで階段を上がって来る。珍しいと弦賀が見た瞬間、どこかで見覚えのある顔だと気が付いた。


「あ、寿樹様!」

窓から見えたのだろう、慌てて手を拭いて出て来る弦賀。

「何で来られたのですか?」

「電車だ。」

「お1人ですか?」

「そうだ。」


「遠い所をまさか、歩いて?」

「そうだ、知らない道ではないからな」

「一言連絡して頂けたら良いものを車を向かわせましたのに。」

「自分の都合で来たのに、みなの仕事を邪魔する訳に行かない。」

その時、声が裏返りそうな悲鳴を耳にした。

「寿樹!!」

悲鳴ではなく、叫び声だったらしい。

健太が洗濯物を投げてこっちに走りかけて来た。

「寿樹!大丈夫!?何かされなかった?」

両手を握って喜んでいる。

弦賀が、こぼれた洗濯物を拾ってくれている。


「心配かけたな、私は大丈夫だ。」

寿樹は、健太の手のぬくもりが嬉しかった。

期待どおり、今、私の欲しいものをくれるのはこの男だ。

 健太の手が何かの作業の途中で汚れていようとも、今回だけは許すぞ。と心の中で思った寿樹。


「向こうではどうなの?恭司郎に嫌な事されてない?」

何度も似たような事を聞いて来る健太。


 弦賀は小声で注意をした。

「健太さん、あまり手を繋がれてますと、周囲に見られてしまいますよ。」

いつもなら、寿樹の方から振り払われていることが多いが、今回ばかりは、寿樹から振りほどかなかった。


「鬼空は今、何をしている?」

「はい、ご案内いたします。」

健太が割って入った。

「作業場に居るよ。」

「よい、健太に案内してもらう。」

「わかりました。」

弦賀は、洗濯物を持って返った。

健太が寿樹の手を引いていくのを見ながら。




「鬼空はね、作業場で崇敬者さんへ挨拶文を書いているよ。」

「仕事をしているというのか?」

「うん、あの鬼空だから気になるよね。行ってみたら寝てたりして。」


「恭司郎は訪れてないか?」

「あ、……実は。今朝、まだ開門していない時間に見に来たよ。」

「困るな。」

「寿樹が来てくれるなら、全然かまわないんだけど。」

「偵察だろう。」

「ホント嫌な感じ。」

健太がギュッと寿樹の手を握りしめた。

作業場まで、手を引かれなくとも行けるハズなのに、健太の手が懐かしさと愛おしく感じられて心地よかった。健太の手を振りほどきはしなかった。


 幣殿へいでんを通り抜けて作業場へ向かえるのだが、真ん中を通ると参拝客から見えるので幣殿と本殿の間をくぐり抜けて行く。

シーンとする光の届かない、少しカビ臭い空間がそこにはあった。

健太は寿樹の手をギュッと握ったまま自分の胸の方へ強く引き寄せた。

寿樹は暗闇の中、引き寄せられるままに健太に抱きしめられた。

小さいが、温かくいつも一生懸命さと力強さを感じる。

「寿樹、戻らないで。ずっとここに居て。」

健太は本殿の目の前で願をかけるように祈った。


 寿樹は、健太を思わず抱きしめそうになった。

健太の気持ちを叶えてやりたいと思った。

しかし、清一郎の顔がよぎった。

ここで、こうして健太と会える時間をくれたのは清一郎だったからだ。


 悔しい、清一郎がもっと恭司郎みたいな男であったならためらうこともなく、健太を抱きしめただろうに……。

あの男も、健太同様、やさしかったからである。


健太はパッと離れた。

「ごめんね。」


「神様にお願いしたかったから。」

健太はまた、寿樹に迷惑をかけたと思い直ぐに手を引いた。


「作業場の あっちで仕事してると思うよ。じゃ、僕は弦賀さんが持って行った洗濯物して来るね。」

と健太は身をひるがえした。

とたん思い出したかのように

「絶対、一人で直ぐに帰らないでね。帰るときは声かけてくれなきゃダメだよ!」

「わかった。」

いつもの健太らしさを感じて返答した。

健太には、今の寿樹の気持ちなどわかるはずも無かった。


 いつもの木の匂いのする作業場へ入ると、部屋には鬼空が仕事をしているようだった。

「おや、立て続けに赤城家のお出ましとは。」

鬼空が一度見て直ぐに言った。

「赤城家で悪かったな。」

「恭司郎はヒマなのか?なんなんだ朝早くから。」

「それは、私の知る範囲ではない。うちの者がわるかったなとでも謝ってほしいのか?」

「それは気持ちが悪いな。で、早くも里帰りか?」

「妙な事申すな。荷物を取りに来ただけだ。」

「郵送するのに。」

「清一郎の計らいだ。」

「やつとは、どーなんだ、うまくいっておるのか?」

「それが、良きにつけ悪きにつけといったところだ。」

「どうなんだ、嫁にいけそうか?」

「……。」

「わからんよな、まだ。

こっちは寿樹が居なくなって大変だぞ。」

話題を変えた鬼空。


「なかなか凄い事を毎日していたと思って感心している。」

「やっとわかったか。」

「恭司郎にも笑われた。あいついつかギャフンと言わせてやりたい。」

「おぬしの甘い箇所もだいぶ見受けられる。日頃の手伝いが出来ていないツケが廻って来たな。」

「巫女と清掃員を入れたい、ダメか?」

「売り上げから検討しろ馬鹿者。」

「身売りする気持ちがわかる。」

「それは秘密だ。」

「寿樹、帰ってきてくれよ。」

「……戻るか戻らぬかは、今日帰って検討するといいと、清一郎に言われた。」

「マジか、いいやつだな清一郎って。」

「今のところ、戸惑っている。」

「寿樹にも悩むことがあるのか?」

「清一郎は優しい、優しいのに私はなぜか健太と比べてしまう。」

「まさかの…。じつを手にして、迷いは禁物だぞ。」

「今日、手を握られて嬉しかった。抱きしめられてやっと息が出来たと思った。これをどう思う?」

「重症だ。」


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