離れて初めて 優しさが染みる時 後編
清一郎が出かけた後で、聞きたくもないドスの効いた低い声が寿樹を止めた。
「のう、少しは慣れたか?」
恭司郎が朝からブランデーを片手にこっちを見ている。
「慣れるわけない。」
これから、出かける支度をしなければいけないというのに、嫌なタイミングで恭司郎が屋敷に居た。
朝から酒を飲んでいるという事は、今日は出かけるつもりはないのだろう。
身震いして、サッサとこの場を去ろうとすると、大きな影が寿樹に覆いかぶさった。
肩に重い腕をズンと回され身動き取れなくなった。
「あっちの方はどうなんだ?」
小声で言っているようだが、ドスの効いた声では朝食のカタズケをしている家政婦さんにも聞こえるレベルだ。
応えもせず恭司郎を睨みつけると。
「何もなしか!」
と高らかに笑った。
「何が面白い!?」
「よほど、お前の事が大事とみえるな。」
恭司郎は鼻で笑うと帰って行った。
とりあえず、ホッとする寿樹。
早く、ここから出たい、うまく出られるだろうか?恭司郎に見つかったら次は何されるかわからない。
寿樹は清一郎の部屋へもどり、身支度をした。
と言っても持ってきたものもさほどないので、電車賃だけあればそれで良かった。
出先に会ったのは、恭司郎の彼女であった。
私が、許嫁で話が上がった1件。彼女も私の事が好きにはなれないらしい。
不愛想で、挨拶もない。
恭司郎も浮気性だから周りにいる女性に眼を光らせているといった感じだ。
こんな彼女、どこで見つけて来たんだ?
恭司郎にベッタリな女がいるとは思えなかったからだ。
家政婦さんが開けてくれているという玄関を出て、庭の門をくぐろうとしたその瞬間、グローブのような固い手に二の腕を掴まれた。
グイっと引き寄せられ、身体は門から外壁へ押しやられる。
「どこ行く!」
目の前に恭司郎だった。
最後の最後で捕まった。
今日は、屋敷に戻れないまで頭をよぎった。
「屋敷か?」
うなずいて見せる。
「見に行ってやるといい、荒れ果てた真正家をな」
まったく人の心配を逆なでするような事しか言わない恭司郎。
これに今さっきの彼女がくっついて来るんだから可笑しな話だ。
「京子が居るだろう?」
今さっきの彼女だ。
「あいつ、嫉妬深くてな。おまえが近くにいるだけで焼いてしょうがないんだよ。道中の時間が長い、ゆっくり泊まってくるがいい。」
想いにもよらないセリフだった。
「ありがたい。」
寿樹は電車に乗り込んだ。
結局、赤城家にそれほど必要でない自分に思えて来た寿樹。
早く、帰って真正家の空気を吸いたいと思った。




