鬼空に薬 忍ばせる
次の朝、
「おまえら、まさかとは思うが。」
「なに?」
「俺の食事にだけホルモン剤を入れてるとか ないよな?」
健太がドキっとする。
弥生は知らない。
キョトンとした顔で鬼空を見つめる。
鬼空の食事に女性ホルモン剤を入れている事は弦賀と健太の二人だけの秘密であった。
鬼空は朝食のいつものコーヒーをすすった後、忽然と姿を消してしまった。
健太らが慌てて、境内を探したのはお昼の食事時だった。
「不良少年ですか。」
弦賀がため息混じりに言った。
「ごめんなさい。僕がちゃんと見ていませんでした。」
「バイクがないなら、乗って出ていったというわけですね。そのうちに帰って来るでしょう。」
「そうだね。空ちゃんならお腹を空かせて直ぐ帰って来るかも、ご飯残して待ってあげましょ!」
弥生がスッカリ信じて待っていたが、鬼空は夜になっても帰って来ず。スマホにも、勿論出なかった。
「この緊急事態宣言中で良かったね。」
鬼空も知っていてか、緊急事態宣言で祈祷の受付を当分の間、見送っていたし、仕事は何一つ入っていなかった。
「鬼空…。どこでどうしてるんだろう。」
健太はいつもの如く、人一倍心配をしていた。
「健太さん。」
「はい?」
「この事は、赤城家の寿樹さまにはまだお伝えにならないで下さいませ。」
「はい、寿樹は今お腹が……。」
「そうです、余計な心配は無用ですので。」
「はい、わかりました。」
寿樹には、鬼空の家出を報告することをしなかった。
1日、2日、3日となかなか帰って来ない鬼空に、
「もしかして、鬼空さまは今までのお金を使って……。」
健太は慌てて調べた。
「いえ、僕の管理しているお金は引かれてないです。」
「と、言うことは。」
「本人の懐に入ったお金を所持しているのでしょう。」
「空ちゃん、ファンクラブ作ってましたよ。」
「それか!」
「でも、ファンクラブの人と繋がったりしていたら益々ヤバイ事になりそうですね。」
弦賀も健太もそっちを心配した。
4日、5日とかれこれ1週間立つ事に健太がしびれを切らした。
「僕、ちょっと探しに行ってきます。」
「宛があるのですか?」
「無いですが、ここにいても僕が落ち着かないので、気が済むまで回ってきて良いですか?」
弦賀も、手の打ちようのない様に健太を認めた。
「お好きになさって下さい。コロナには掛からないで下さいよ。」
「わかってます。万全に行ってきます。」
「もし、鬼空さまが高熱を出しておられるようでしたら、宿坊を空けておきますので……」
「ありがとうございます。」
健太は深々と頭を下げた。
健太は2年間は車の運転が出来なかった。
それは 脳の手術をしたからである。
電車で都内へ向かう。
鬼空へは何度も送ったメールに返事が来てないか 何度も確認した。ときにFacebookで送ってみたり、SNSメールで送ってみたり、あらゆる手段を試みたが音沙汰無しだった。
クソ、こんなだと本当にコロナにかかっていようが瀕死になってようがわからないじゃないか!
健太が、いつもより多く鬼空に連絡を取ってみた。
まる1日都内を見て回ったが、店も閉まっている所が多くて、帰って来る。
弦賀も困った様子だ。
「ファンクラブの人に聞いて回ったら?」
と弥生が言うが、
「周りに余計な情報を流す事は したくありませんし。もし、そのファンクラブの人がかくまっているのでしたら みすみす教える事をしますでしょうか?」
「やるだけ 無駄って事だね。」
2週間、3週間がたった。
鬼空とやっと、電話が繋がった。
なんだ、電話に出れるじゃん。鬼空の少し疲れた声が聞こえたが、まぁホッとする。
鬼空は都内ホテルの月額で寝泊まりしていた。
1日390円という破格値だ。コロナの閑散対策で助かったと健太は思った。
鬼空は細い身体に更に細くなって、ベッドの上でむせるようにタバコを吸っていた。
淀んだ空気の中、ズカズカ部屋へ上がって行き鬼空のタバコを奪い取った。電子タバコだった。
「むせる位なら、吸わなきゃいい!」
カーテンを開けて窓を開けた。
鬼空が眩しがると共に
下半身は白い脚が二本、光を反射して、それと反する様に股下から血だらけにしていた。
「!?どーしたの!」
ホテルの白いシーツも真っ赤な血と古くなった真っ黒な血だらけ
その血を見た健太がゾッとした。
血を見て 発作を起こした事があるからだ。
サッと目を反らす。
鬼空が取られた電子タバコを取り戻しに立ち上がったと思ったら、目頭を押さえて動きが止まった。
フラフラっと何かに掴まろうとする鬼空を見た僕は 直ぐに鬼空の手を取った。
乱れたシーツに足を詰まらせる鬼空を抱き抱える。
細い。
一層細くなって、軽く感じた。
「ただの貧血だ。あれ、買ってきてくれ。あれ、エット―……」
鬼空は身体が元に戻って、生理が来るまで女性化していた。
「生理用品?それより何か栄養になるもの食べなきゃ。」
健太にうなだれるように身を任せる鬼空に 愛おしさを感じた。
鬼空は健太から離れようと身を引くが、直ぐにふらつくので、もう一度抱える。
嫌がる鬼空だが いつもの様に僕より強い力は 発揮出来ていない、そのままベッドへ寝かせた。
「細い」「血だらけ」心配が胸を突き抜ける想いだった。
この双子は、軽い束縛をしないといけない!と思わせる事をいつもする。
その細くなった身体を想いの程ギューっと壊れるほど抱きしめたい。
でも、今回ばかりは本当に壊れてしまいそうだった。
全身に力を込めて、気持ちを、グッとこらえた。
おでこに手を当て、熱が無いことを確認する。
「熱は無いみたいだね。」
少しホッとしたが、心配の旨には焼け石に水であった。
健太の顔をじっと見つめる鬼空。
健太も鬼空を見つめた。
うつろに目を開ける鬼空に、探し疲れた健太が瞳の奥で感じられた。
「心配した?」
「心配したよ!バカ!」
健太はそっと、鬼空を抱きしめると 想いを立ちきるように部屋を出ていった。
ホテル近くのコンビニで食べ物とナプキンと女性用パンツを購入する。
男の僕が生理用品とパンツを購入するのは恥ずかしかったが、この際仕方ない。
ホテルへ戻ると、何も変わらない状態でベッドに横になっていた。
鬼空の長い脚からは、古く固まった血と新しい鮮血が流れていた。
「とりあえず、風呂場で流すか」
風呂へ入る様に促すが、一向に自ら動こうとしない。
鬼空を起こして、シャワールームまで連れて行く。
鬼空が大丈夫なら、一人でシャワーを浴びてもらおうと思ったが、鬼空がシャワーホースに足を引っかけそうになったのを見て 靴下を脱ぎ捨て 鬼空を支えた。
一通り身体をシャワーで流すとバスタムへ腰をおろさせて、こびり付いた血を擦り落とした。
「……。」
「恥ずかしかった?」
「いや。」
「鬼空を男あつかいしていいのか 女あつかいしないといけないのか 難しい所だよね。」
「俺は 男だ。」
「じゃあ、男扱いでいくね。」
一体、この空白の3週間に何があったのか シャワーを浴びながら 鬼空に聞いた。
「何も ない。」
と鬼空は話した。
後は生理が来て 外へ出られなくなり、貧血に拍車がかかっただけで、健太に生理用品を買ってきてもらおうと電話した訳らしい。
「それって、まだ帰らないつもり?」
「…………。」
「鬼空が嫌だって言ったて、連れて帰るからね!」
血に染まった布団を剥がして、ベッドの上に横にさせる。
健太は買ってきた弁当をチンする。
「お粥もあるけど どうする?」
「弁当でいい。」
起き上がって 弁当を食らいつく鬼空の姿を見て 安心した。
「なんだ、食欲あって良かった。」
無我夢中で食べる鬼空。
「痛いのに鈍感な鬼空だから 弱ってる時を見てビックリしたよ。」
思いもよらない所が 濡れてしまったと 服を脱いでハンガーに掛ける健太。
それを横目でチラッと見る鬼空。
健太は鬼空の食べっぷりを見ると安心して タオルで濡れた箇所を拭う。
鬼空は ドライヤーで完璧に乾かしてきた健太の首に腕をまわして ベッドへ引き込んだ。
ラリアットを喰らった状態で 倒れる健太。
「あわ!なにするっ」
さっきまで 弱っていたのに 水を得た魚のごとく ベットの上で跳ね上がったように元気をみせた。
「ありがとう」
珍しく鬼空の口から聞いた。
口元に お弁当をつけている鬼空を見て少し笑った。
とたん 嬉しさが込み上げて来て もう我慢できないと、鬼空の身体を強く抱きしめた。
鬼空の方からも ギュッと抱きしめ返した。
あぁ、好きだ 好きだ 鬼空。
君を守りたい。
君を守れるのは、僕しか居ないんだ。
「感謝の気持ちだ。」
「それ、鬼空の感謝の気持ち?」
以前、健太が 鬼空にしたことを思い出した。
「健太が 感謝の気持ちを込めたと言っただろう。」
確かに、言った。
鬼空は 良く覚えていた。
「感謝の気持ちだよ」
「ありがとう」
僕は 胸に冷たい水が垂れた気持ちになった。




