Reason 2
救助隊の到着と、孔世ユウヤのヘタクソなスピーチの後にルイの身に起きたことを説明しよう。
あの襲撃が終わってから、病気持ちの孔世ユウヤのバカみたいな話を真に受けた長髪の隊長は、隊員と救助者をいくつかのグループで分けて護送することを決めた。
この場にいる救助隊を半分に分け、半分で泳葬場を守り、もう半分で救助者をステーションを守る分隊まで護衛。安全面を考慮して一度に護送できるのは十人程度。この往復を何度か繰り返すことになると、話を聞いてきた学生会が説明していた。
普段であれば階層の移動はエレベータ施設を使うところだが、昇降口に孔世ユウヤ達によって設けられた物理的なバリケードを検知したブルースフィアの主幹AIが機能が停止させている。だれも退けてくれないから昇降口では機械音声が読み上げるエラーメッセージが繰り返されていることだろう。
そういうわけで各階層間は非常用連絡通路を徒歩で移動しなければならない。
しかしここでまたしても問題が発生した。孔世ユウヤを含む複数人の権限持ちが同時承認によっていくつかの通路を使用不可状態にしてしまっているらしく、これを解除するためには管制室に上位権限持ちの人物を連れて行く必要があるが、あいにくとその管制室もあの病気持ち集団が制圧している。
救助隊は孔世ユウヤのことがよっぽど怖いらしい。
わざわざ、名指しして極力接触しないと宣言していた。
やはり、孔世ユウヤは彼らから見ても相当な病気なのだろう。
救助隊が泳葬場に来るまでに用いたルートも使用不可になっていることが予想された。
そのために救助隊は少人数、というよりも、一人を使って護送ルートを探索することに決めた。
『モモ』、あの桜色の彼女がその役目をする。
それ自体には問題が無い。
それが救助隊の中よりも、むしろ学生の側にいた方が違和感がない少女だという点も、彼女が背中に吊った凶器の前では押し黙るしかなかった。
問題は彼女が同伴者を指名したことにあった。
「行ってあげる、でも、そこのアンタも連れて行く」
まっ白いほっそりとした指の先にいたのは、群衆の端っこで、一歩分の距離を置いて立つルイだった。
一人だけラフな格好をしていたしそんな気がしていたが、どうやら、モモは長髪の隊長の指揮下には居ないようだ。でなければ、こんなもの言いはしないだろう。
「そういうわけだ」
長髪の隊長が腕を組んで頷いた。
とっくに取り決めていたことのようだった。
驚きはしたものの、すぐにルイはラッキーだと思った。
正直ウンザリしていたのだ。
安全の為には固まって移動しなければならない。
メンタルケアカリキュラムの映像に出て来た、牧羊犬に囲まれた羊みたいに、永葬場からパイプステーションまでのながいながい距離を歩かなければならないなんて、考えただけでもぞっとしない。
きっと、みんなだって、群れだって歩くのなんてほんとはイヤなのだろう。だから、羨ましくて揃ってルイを見てくるのだ。
ちょっとばかしの優越感さえ覚えて、ルイは一同を見渡し、答えた。
「分かりました、行きます」
「ルイくんっ!」
やはりと言うべきか、こんないい役回り、黙ってみんな渡してくれたりはしないらしい。
しかし、譲るつもりはない、断じてない。
たとえ、籐派セラが対抗相手になろうとも、ルイは譲るつもりはない。
「セラさん、お願いだ。行かせて」
釘を刺すように、絶対に譲らないという意思を言葉に乗せて、ルイは伝えた。
「……、きみはっ!」
どうやら伝わったらしい、籐派セラは表情を歪ませた。
泣いたってもちろんダメだ、ルイは譲るつもりはない。断固の意思で首を横に振ると、とうとう籐派セラは諦めたのか、消沈したのだ。
「ルイくんは、きみはまた自分を……」
拳を握りしめる籐派セラを、正直ルイはどうしたものかと見ていた。
そこまで怒らなくても良いのではないだろうか?
そう言えば彼女はコミュニティの中心人物だったと思い出す。
彼女のコネクションは広い、その人脈に連なるために、多くの人が多くのものを彼女に対価として渡してきた。つまり、籐派セラは女王様のように望んだ物を手に入れてきた。
彼女は、きっと、我慢を知らない子だ。
ルイはそれを叱ろうとも思わないし、傲慢だとも考えない。
環境だ。
彼女はそれが許される環境に、立場に、現在進行形で居る。
彼女が与えられると同時に利益を分配してきたからこそ、彼女は女王様を続けてこられた。
ならば、彼女がその恩恵を、我が儘を行使することのなにが悪いと言うのだろう。
よどみない利益の循環は健全な社会生活の証拠であると、カリキュラムでも言っていた。
問題なのはいま、そんな彼女によってルイの利益が取り上げられようとしてることである。
籐派セラが一言欲しいと言えば、学生会を筆頭に『どうぞどうぞ』を始めるに違いない。
そうなったらルイはおしまいだ。何も出来ない、ルイじゃ彼らに利益を与えられない。
口を開かせてはいけない、その前に籐派セラを満足させる折衷案を出さなければならない。
いつまでも聞いていたいと思っていた彼女の声を、聞きたくないと思う日が来るなんて思いもしなかった。
「でも――」
「いっしょは?」
被せるように、ルイは絞り出した。
「あの、さ、セラさんも一緒がいいかなって、そう思っちゃったんだ。きっとダメなんだろうけど……」
もうちょっと冴えた案は出せなかったのだろうか。
女王様の籐派セラが半分こなんてできるはずがないだろう。
案の上、籐派セラはこちらを凝視していた。煮えくりかえっているに違いない。
「あの、いや、ごめんやっぱり――」
「だめ!」
今度は籐派セラが遮る番だった。
「行く! 一緒に、ぜったいッ!」
ルイの服に縋り付きながら、籐派セラは見上げてきた。
一瞬、本気で思考が停止した。
おい、と。
ふざけんな、と。
今日はまだ着替えたばかりだ。
脱出に備えて、『救助隊』から連絡があった日から衣服の配給は制限されている。
この先着替えるタイミングが来なくなるだろうからそれぞれのIDで配給された新しい服は学生会で一度集めて管理することになったからだ。
凄くイヤだったが、みんながそれに賛成していればルイだって従うしかない。
ルイは学生会じゃない。カリキュラムの進行度による社会的信頼は彼らに適わない。
それに、移動している間に一度も着替えられないとなると、それこそ病気になってしまうだろうから。
今日は、その貴重な着替えが渡された日だ。
なのに、だというのにッ!
頭の奥からガンガン響く音の濁流が、びりりと眉間を震わせた。
右手が挙がる、籐派セラの後頭部に触れる。
そうだとも、こいつをひっぺ剥がしてキレイにしないと。
「私が、ルイくんを一人にさせないよ」
……ああ、そうだ、もちろんそんなことをしてはいけない。
カッとなったからって無闇にものに当たり散らすヤツはまともじゃない。
そんなことするヤツは病気持ちで、例えば孔世ユウヤみたいなヤツだ。ルイは違う。
それに籐派セラはとてもキレイな声をしているのだ。ルイの十六年あまりの人生の中で探してみても代えの利かない唯一無二だ。
籐派セラは大事にしなければならない。
この我慢こそが、ルイが彼女から得られる利益の対価だ。
ルイは自分の服をしわくちゃにした籐派セラの手を両手で握った。
籐派セラはその手を強く握りかえしてきたが、決してルイはもうその手をどうにかしようなんてしなかった。
ルイは我慢も自制も出来るちゃんとした人間だからだ。
孔世ユウヤとは違う。
「ルイくん?」
覗き込んできた籐派セラにルイは言った。
「好きだよ」
そうだ、好きだから、好きなんだからその声が大好きと思えるのだから、大切にしなければならない。
「……ルイくんは不意打ちで、ズルイ」
やっとルイから離れた籐派セラは前髪を弄りながら顔を背けた。
「一緒でも良い?」
そう尋ねると、籐派セラは「うん」と頷いた。
よし、何とか承諾を得ることが出来た。ほとんど諦めていたのだが、言ってみるものである。
内心でほっとしたルイだったが、そこに『待った』を掛けた者がいた。
「勝手に話を進めてくれるな。籐派セラ、君が先行して行くことは許容できない」
長髪の隊長だった。




