Reason 3
籐派セラは反対されるなんて考えていなかったに違いない。
次には長髪の隊長を睨めつけた。
「どうしてですか?」
「籐派セラ、君はカリキュラムの進行度もエリア27内での実績も申し分が無い高水準に判定されている。君や学生会所属メンバーの安全確保は他の者よりも特に留意するように指令を受けているんだ。君を先行して送り出すことは任務上許可できない」
さすがは籐派セラだ、それに学生会も。
ハッキリ特別扱いをすると宣言されている。だけど、それも彼らがこれまでの人生で勝ち得た物の一つだ。ちゃんと頑張った人間が報われている嬉しい光景だ。
だというのに、籐派セラは隊長の言い分が気に入らないらしい。
「なんですか、それ?」
それは一度も聞いたことのない声だった。
素直にルイは恐ろしいと思った。
籐派セラは、こんな声も出すのだと、感動もした。
「私には危険だからダメって言って、でもルイくんだったら良いだなんて、そんなのっておかしいじゃないですか! そんな『思いやり』なら、『優しさ』なら、私いらないですッ!」
籐派セラはつくづく女王様なようだ。どうやら意固地になっている。まかせておけばルイとは違って先行しなくても羊みたいにじゃなくて、もっと丁寧に大事にエスコートして貰えるだろうに。
長髪の隊長もまさか、ここまで強い反発なんて予想だにしていなかったに違いない。びっくりしましたという顔をしている。
「利己の放棄と利他の発露」
長髪の横で補佐役と思しき隊員は呟き、慌てて持っていた電子端末に何かを入力し始めた。
「……やはり君は俺たちが護送させて貰う」
どうやら籐派セラはとても気に入られたらしい。
彼女の特別さを、ルイはよく分かっている。
籐派セラはとっても綺麗な声をしてるのだから、もちろん特別なのだ。
だからといってそれを独り占めしようとするのはどうだろう。
ルイだって彼女の権利を侵害しないように、自分からあれやってこれやってと分別無く強請るのは我慢しているのだ。それがちゃんとした人間というものだろう。
彼は地球機構から来た人間だからルイよりも権利を持っている。だけれど、カリキュラムではどれだけの権利を持っていても個人の権利は尊重するべきだとも言っていた。
これは抗議の一つも言って然るべきだ。
籐派セラの横をすり抜けたルイは、長髪の隊長の前に立つ。
彼は大人だ、背が高いから、見上げなくてはならなかった。
「セラさんは、あなたのものじゃない」
「じゃあお前のものだって言うのか?」
どうしてそう言うことになるのだろう、病気なのだろうか。
ルイはカリキュラムのとおり、健全な社会を保つ役割を全うしようとしただけなのに。
すごく不快な気持ちになった。
「少なくとも、あなたには譲るべきじゃないと思ってる」
きっと、この男はズルをして、今の地位にいるのだ。
カリキュラムをきちんとやらないヤツは、まともじゃない。それはカリキュラムの進行度によって様々な権利が与えられることが示している。
カリキュラムの進行度は信頼だ、そうじゃなくちゃならない。
「その、あんまり刺激するのは……」
そらみろ、部下に窘められている。
あの人はきっと苦労している。あの長髪がまともじゃないから、足りない分を負担させられているのだ。とっても可哀想だ。
同情しますよ。
そう言う想いを込めてじっとみていると、彼も分かってくれたのだろう。
目を大きくしてアイコンタクトに応えてくれた。
「おい、文句あんなら俺に言ったらどうだ」
本当にこの男はいったいなんなのだろう。
可哀想な苦労人の部下を押しのけるようにして、睨みを利かせてきた。
決めた、絶対にこんなやつの言いなりになどなってたまるものか。
ルイは退かずに、むしろ、一歩前に出て長髪と視線をぶつけた。
こんなふうに、人を不躾に見ることはマナーがなってない。だが、まともじゃないヤツにまともな対応をしなくちゃいけない道理なんてあるはずがない。
「た、隊長!」
素っ頓狂な声を上げる部下さんが本当に可哀想だ。彼のためにも、ここで退いてはならない。この長髪がいかに間違っているのかを思い知らせてやらなければならない。
さて、この劣等生にいったいどんな正義をお見舞いしてやろうかと考えていると、ふと、視界の端に笑みを浮かべる桜色の彼女を見止めた。
「へえ」と、ルイを指名するときでさえ仏頂面だったモモが、さっきから興味深げにこちらを見ていたことに、ルイは気が付いていた。
ああそうだ、良いことを思いついた。
「ねえ、セラさんが一緒でも良いかな?」
長髪と視線を切ってモモに向かって訊ねると、彼女は対して驚いた様子もなく、聞き返してきた。
「なんで?」
「この人にまかせたくないからかな」
あからさまな横目をくれてやると、長髪はルイがとった行動に面食らってなにも言えずにいるようだった。ざまあみろ。
「……ん、わかったいいよ」
「モモォ!」
うるさいのは嫌いだ。というか、慣れていない。
理由も無くそんなふうに人の名前を叫んだり大声で騒ぎ立てるような人は滅多にだっていないからだ。その行動だけでもこの男がどれだけ非常識か分かろうというものだ。
「なに? いいじゃない。一人も二人も、いっしょよ?」
「自分がなに言ってンのか分かってるのか! 俺にはここにいる人間を保護する任務がある。これは敵対行為だ、そんなことをすればどうなるのか、理解しているんだろうな!」
「連れていけって言ったわ? わたしは分かったって言ったわ。だからそのとおりにするだけ。一人増えるだけ」
やっぱり思ったとおりだ。
やはり、この救助隊の中で、モモはこの長髪に従っていない。
「だいたい、そのヒトが来たいっていってるのよ?」
「だがお前の役割は住人の保護じゃない!」
「気分次第よ。わたしだってなんにも出来ないのわかりきってる赤ん坊とかいたら保護するかもしれないわ」
「保護! 保護だって! とても信じられねえな、お前のそんな言葉!」
「ヒドイわ。いままで保護なんてやったこと無いれけど」
肩を竦めて言うモモが、長髪をからかっているのがルイには分かった。
そらみろ、カリキュラムをきちんとやらないから聞いてもらえないのだ。
当然とことだと、ルイは長髪の慌てぶりに、溜飲を下ろした。
「隊長、ここには住人がいます、その、あまり刺激するのは」
部下にも諫められて、いよいよ、長髪は立場が無い。
それでも往生際悪く、長髪は今度は籐派セラの説得を始めた。
「籐派さん、分かって欲しい。俺は自分の任務に忠実にいたい。それは俺の職務であるからだし、同時に救うことが出来る者を一人だって見過ごしたくはないという決意のためでもある。こいつらと行くことはとても危険なことだ。俺は君だって救いたいんだ」
「……さっきから、ずっと、そう。なんなんですか、まるでルイくんはどうなっても良いみたいな、そういう言い方。いったい、ルイくんとわたしと、なにが違うって言うんですか!」
「それは……」
長髪は、なおも何かを往生際悪く言いかけ、しかし苦労人の部下さんに「だめですからね」と止められていた。
どっちを、向いてもだれも長髪を擁護しない。
長髪がどれだけ信用されていないか分かろうというもの。これが、カリキュラムを軽んじた代償だ。
「そのヒトをつれて下に行くだけ。簡単なことよ、うまくやる。約束するわ」
「……なに考えてやがる」
「わたしの感性はいつも同じことだけをさがしているわ」
退屈そうに、あるいは、面倒くさそうに、モモは腕を組んだ。
ついじっと見ていると、気が付いたモモが切れ長の目で睨み返してきて、ルイは横へと顔を向けた。
長髪はもう一度籐派セラに視線をやり、それからぐっと拳を握ると、
「モモ、約束は守れ、いいな」
未練がましくそう言い、苛立ちを隠さないまま乱暴な足取りでズタズタとその場を去って行った。
歩き方まで人を不快にさせるなんて、本当になんてヤツなんだろう。




