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Prologue 3



 立てこもってからの生活サイクルに変わりは無い。

 寝て、起きて、シャッターとバリケードと管理モニター室の監視と異常確認作業を引き継いで、時間を潰す。


 とにかく暇だ、退屈だ。

 この暇さが、コミュニケーションを助長しているのかもしれない。

 幸い、このフロアの配給ラインと給水ラインは確保されている。それらは、ブルースフィアの根幹プログラムの一部なのだからそう簡単に弄れるはずもない。もちろん、プラント区画にあるイーストの施設を止められてしまえばいずれは止まるだろうが、今は備蓄で充分にまかなえる。


 そう学生会のメンツは大丈夫だと念押ししていた。

 根幹プログラムには異常発生時、直ちに地球機構へ緊急コールする機能もあった筈だが、そのことには誰も触れなかった。


 暇なこと以外に籠城生活に大きな支障は無かった。

 なにより、『学生会』がいたことが大きい。

 カリキュラムをきちんと進めて、信用を得た彼らはエリア27内の様々な権限を有している。

 例えばシャッターを下ろしたのもそうだし、配給ライン等の使用権限もそうだ。彼らの生体情報さえあればこのエリア27内の様々な上位機能が利用できる。

 

 配給食に含まれる精神を沈静化させる薬品も、この安寧な時間を維持する大きな助けとなっているだろう。

 直情的な性交渉(セックス)や悪意ある誘惑を抑制するために、ブルースフィアで口にすることが出来るほぼ全ての食品にはこの薬品が含まれている。

 そんなことしなくても、他人と粘膜をこすりつけ合うなんて頼まれたってイヤだと、ルイは常々思っていた。


 暇で、退屈だった。

 だからずっとガラス張りの向こうばかりをルイは見ていた。

 カリキュラムから解放された学生達がヘッドフォンをしてモニターを睨んでいたときよりもずっと穏やかな顔で談笑しているのを尻目に、ルイは暗い海原の中に、瞬きを探して目玉あっちこっちに彷徨わせてばかりいた。 

 ダストでもない、魚でもない、光を探して。



 報せは唐突に届いた。


「ルイくん」

「なあに?」

「救助が来るって」

「……そうだね」


 今朝方、学生会が両手を挙げて嬉しそうに話していた。


 助かるんだ、僕らは助かるんだ!


 そう繰り返す姿が滑稽にすら見えたものだから、思わず笑ってしまった。

 いつもキリッと、すました顔をしている彼らが取り乱してはしゃいでいたのだから。

 

 みんなも我慢出来ずに次々に笑顔になって、助かるんだ! なんて、学生会のジョークにすっかりハマっていた。

 こんなにおもしろいのだから、きっと狙ってやったに違いない、やっぱり上に立つ人間というのは同時にエンターテイナーでもなければならないのだなと、感心した。


 このところ、籐派セラはルイの隣に多くなること多い。もとからカリキュラムの進行も優秀で、交友関係も広い人気な彼女がルイと一緒に居るなんてまず起こり得ないことだった。

 彼女の綺麗な声を聞く機会が増えたわけだからルイからすれば喜ぶべきことだ。


 しかしだ、

「……っ!」

 不意に手を触られたり肩に触れてしまうくらい近寄られるのはどうしても慣れない。


「ルイくん、緊張してるよね。だったら、きっと私の気持ちって分かってるんだよね」

「ボクは……」

 そちらこそ、こちらの言いたいことを、察してくれているのだろうか。


 このところ、ルイのトイレは近くて長くなった。

 毎回念入りに手を洗うからだ。無駄に友好的になったコミュニティの人間は、トイレで鏡を見て変な湿疹とか出来ていないか確認するルイに、そんなに緊張するなとか、気持ちは分かるとか、セラさんを大事にしてやれよとか、意味の分からないことを言い始めるし。

 最後のはそう言えば学生会の一人だっただろうか。彼女はとっても綺麗な声をしているんだから大事に決まっている。もちろん、「当たり前だ」と答えたら、なぜだが、個室に篭もってしまった。

 溜まっていたのは分かったが、せめてルイがトイレから出てからにしてくれないだろうか。

 いくら選ばれた人間だからって汚いものは汚いだろう。


「ルイくん、私ね、ううん、きっと私だけじゃなくて、みんなずっと今まで孤独だったんだと思う。話すことって、ずっとカリキュラムのことで、それができない人は自然に何処かへ離れていって。そうやって出来た私達の輪は、本当に繋がっていたのかなって。ここで、生きるために協力しあって初めて思ったんだ」


 つまり、彼女はだれよりも早くこの事態に適応したのだろう。そして、もともとのスフィア内の人口から大きく減少し、数が少なくなったこのコミュニティの全員を自分の精神を安定させるため、もしくは、いざという事態に備えて必要なものだと判断したのだ。

 

 このコミュニティの維持に彼女は学生会よりも貢献しているように思える。

「おはよう」を言い始めたのも籐派セラだった。

 カリキュラムを間に挟まず、お互いの存在を必要としている今のコミュニティの輪は確かに以前のソレより、密接なのかもしれない。

「そうだね、ボクもそう思うよ」


 ルイの肯定を聞いて、籐派セラは満足そうに笑った。

 持論に頷いて貰えれば、自信が湧く、嬉しくなる。


「今の輪の中で、私、初めて気付けたことがあるの。初めて見つけた想いがあるの、ルイくんは? 大切にしたいって絶対になくしたくないって思えたものはある?」

 このコミュニティで得られた無くしたくないもの……、一つだけだろう。


「セラさん」

 呟きに、彼女は「え?」と瞠目した。

 聞こえなかったのだろうか?


 途中で逃げられないように、手を上から押さえられているし、仕方が無い。

 もう一度、今度は詳しく質問に答えた。


「君の声が聞こえなくなるのがすっごくイヤだ、……好きだから」

「……っ」

 間を開けて、彼女はふと唇を震わせて胸を抑える。


 病気だろうか?

 次には、瞳に涙を浮かべたのである。

 本気で病気かもしれない、だとしたらたまったものではない。


 その場から離れようと彼女の手の下から自分の手を抜こうとするが、ぐっと掴まれて阻まれてしまった。

 

 ヒドイヤツだ。

 自分の不利益をルイにまで強要しようとしている。


 手遅れになる前に力尽くで退けようとして、その前に、彼女が咽が震えた。


「私も、だよ。私もなくしたくないって、ずっと一緒に居たいって、そう思っていたよ」


 浮かそうとしていた腰が沈着したのは、その響きがあまりに綺麗だったからだった。


 撃ち抜かれたと思った。

 背骨を直接掴まれて揺さぶられたかのようだった。


 布を掛けて、幾重にも覆って、それでも不安だから箱にもしまって、ずっと抱え続けた大切で、一番。

 そこまでしても、思わず漏れてしまった輝きは、あまりにも――

 

「ルイくんが、好きだよ」


 ――キレイだった。


 この声のためなら、病気になるリスクも仕方ない。そう思わざるを得ない程度には、ルイの感情を揺さぶって動かす声だった。


 その後、コミュニティに湧いた喚声は、放心状態で、何度もリフレインに夢中になっていたルイには聞こえていなかった。



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