Prologue 4
『こちらは地球機構救助隊。ただいまエリア27に到着した』
その通信から一日も経たないうちに彼らは地球機構のコード権限を使用してあっさりと隔壁を解除し、バリケードをその屈強な身体で撤去してしまった。
総勢三十人近くで構成される彼らは全員がモスグリーンの特装服を着ていた。
肩から掛けたレーザーガンが、威力調整によって容易く人の命を奪うことも出来ることを実感させられたのは、数人の衣服に赤いシミが散見されたからだった。
戦闘してきたのだ。
孔世ユウヤのように、このエリアで突然人を襲うようになった人間を、彼らはその殺傷能力を遺憾なく発揮し、返り討ちにしてこれほど早く泳葬場まで辿り着いたのだ。
あれほど救助を心待ちにしていたはずのコミュニティ全体が生唾を飲んで静まりかえったのも仕方の無いことだろう。
きちんと消毒はしてきたのだろうか。
彼らはプロだから病気を持ち込むなんてヘマはしないだろうけれど、見た目は不衛生なものだから心配になる。
籐派セラも震えていた。
ルイの服の裾を掴んで脅えていた。
毎朝ランドリーパイプから配給される真新しいのと変わらないぱりっとしたシャツの裾が残念ながらくしゃくしゃになってしまった。
歪みそうになる顔を賢明に唇を噛んで我慢したルイは小さく呟く。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」
後で再配給ボタンを押しに行こう。トイレで適当に服に水をぶっかけてしまえば理由認証だって問題ない。
そんなことを考えながら、救助隊を観察していると、リーダーと思しき長髪の男と目が合った。
彼は、さっきからコミュニティの面々を見渡しては、隣の隊員になにか書き込ませていた。まるで職場見学で行った製造エリアで品質のチェックをしていた監視員みたいだと思った。
男は思案顔をすると、ふと、隊の後方に向かって声を上げた。
「モモッ!」
声に応じて現れたのは、少女だった。
薄紅――桜色の長い髪を流す少女だった。
彼女だけは特装服なんて着ていなかった。
チェックのスカートに白いシャツを第二ボタンまで開けている。
まるでルイ達の着ているスクールユニフォームをラフにしたような恰好をしていた。
ただし、背負っていたのは、スクールバッグなんかよりもよっぽど物騒なものだった。
長大の刀だ。
一六〇センチはあるだろう少女の身の丈ほどもある刀身。
古典文学にも稀に見ない、あからさまで、野蛮で、直接的な凶器を少女は平然と背中に吊っていたのである。
長髪の男に仕草で示された少女が、こちらを向いた。
「ああ……」
その赤い色の目で一瞥されて、ルイは感嘆を吐いた。
その意味するところを、たったの一瞬で理解してしまったからだ。そして、それを受け入れることさえ納得できた。
だって、その瞳の赤色は鋭利で、ともすれば破滅的なほどに煌めいていたのだから。
「そうね、でもいまは無理」
モスグリーンに囲まれている少女の声がよく聞こえた。
ルイがきっと聞きたいと思ったからだろう。
長髪の男は眉尻を少しだけ上げたかと思うと、なにかを部下に書き込ませた。
「ルイくん?」
籐派セラだ。
「……綺麗な人だね」
ルイの見ている先に気付いていたらしい。
確かに綺麗だ。震えるくらいに綺麗だ。
髪の艶も、何処か達観しているように見えて激しい熱を灯している瞳も、分厚い筋肉を纏っているわけでもないのに、頭から足先まで鉄心でも入っているのでは疑いたくなる立ち姿も。
ああ、なるほど、確かに彼女にならと思う。
彼女は鮮烈だ。
「怖いくらい、キレイだよ」
膝から落ちた。
顔からも指先からも血が引いていた。
恐怖で、それでいて、歓喜だった。
理解した。
このために生きてきた。
凪色ルイはきっと、彼女を待ち続けていたのだ。
「ルイくん!」
籐派セラが呼んでいる。
だからルイは答えた。
「大丈夫だよ。たぶん、きっと……安心しただけだから」
「……そっか、これで助かるんだもんね」
籐派セラがそう言ったのをきっかけに、周囲から次々と緊張が解けていった。救助隊の暴力はここに避難している難民の味方であると、ようやくに飲み下せたらしい。
これで元に戻るのだろう。
また、カリキュラムを進行させる日常に戻ることができるのだろう、と。
ィインッッ
ノイズが劈いた。
まるでみんながほっと息を吐くのを狙ったかのようなタイミングだった。
『あ、アアー、人間諸君助かったと思いますか? 束の間を安心で満たしていますか?』
なあんて耳障りな声だろう。まるでわざわざ自分が人間とは違うものだと主張したい言い方だ。
もちろん間違えるわけがない。
孔世ユウヤだ。
あの日に鬼ごっこを宣言した一人で、ルイを含めた者達にそんなつもりはなかったのに、一方的に食人祭を始めたあの病気持ちだ。
たしか、優秀だった彼は一般居住区にある放送室の緊急用コードを持っていたのでは無かったか?
泳葬場に備えられた十四のスピーカーから、耳障りな声は続けた。
『まずは賞賛だ。さすが地球機構から派遣されてきただけのことはある。考え無しに君たちを襲ったみんなは全滅したというのに、そちらにはたいした損害はない』
まるきり上から目線だ。
病気持ちは隅っこで縮こまっていれば良いのに、随分と主張したがりだ。劣等意識を拗らせたのだろうか?
カリキュラムを上手くやれないヤツほど、何かにつけて煩くなる。
『ボクらは結託することにしたよ。君たちに対抗するため、ボクは彼らを統率することにした。勝負しよう。君らは居住区のステーションを目指すんだろう? ボクらはそれを全力で邪魔するよ』
そらみろ、みんなあまりの厚かましさとイタさに顔を引き攣らせている。
周囲を見渡して、ルイは奥歯を噛んだ。
そろそろ黙ってくれないだろうか。
放送コードはあんな奴じゃなくて、籐派セラにこそ与えられるのが相応しい。その権限があったのなら、きっとルイはすぐにでもヤツからコードを取り上げて籐派セラに与えただろう。
『さあ、手始めだ! 救援隊諸君、君らの後ろには武力の無い人間、退けないよねえ!』
「ゲートを下ろせ! 今すぐにだ!」
長髪の男が叫ぶ。
グワンッ!
鈍い音が空間を席巻した。
みんなまるで耳じゃなくて眼球でその音を拾おうとするかのように向いて、そちらを凝視していた。
モスグリーンに鉄の棒が突き立ち、天井に伸びた先端からは血が吹き出した。
ブルースフィア内で最もポピュラーな、軽くて、それでいて丈夫な建材が、細く、鋭利に加工され、救助隊のフルフェイスを貫いたのだ。
シャッターの向こうからは決勝ゴールを決めたみたいに若い咆哮が立ち上がって、続けとばかりに次々とシャッターの狭間から建材が飛来する。
『さあ、どうだ! 犠牲者は出たかい? 緊張感をもってボクらと争えるかい?』
つまりは、あの病気持ちはこう言いたいらしい。
「はじまり、か」
「はじまり、ね」
『始めよう!』
言いたいことは分かった。
それに対しての、ルイの答は分かりきっていた。
「耳障りだ」
「うるさいわね」
少年は眇めて仰ぎ、一方で少女は片手を背中に吊った長大に伸ばしていた。
不快な哄笑は一瞬でノイズの向こう側へ消えた。
ぎゅわあんと、捩れるような音が全てのスピーカー劈くと同時に、桜色の少女がシャッターの向こうへと弾丸じみて、姿勢低く跳躍していた。
数秒、本当だ、一分経っていないはずだ。
まもなく、少女はシャッターの隙間から桜色に赤の斑点を散らして戻ってきた。
シャツはきっと特別なものなのだろう。血が浸透しないで流れ落ちている。
断末魔らしき悲鳴が何度か上がっていたが、いまはとても静かなものだ。
彼女は、シャッターを通り抜け様、真っ赤な瞳で、ルイを切りつけそうなほどに一睨みしてきた。
その赤い目こそが始まりの徴だ。
ここまでが退屈なプロローグだったということだ。




