terror:シラオニヒメ(2)
世界は終わった。
わたしだけが未来に残された。
死から逃げ出したわたしだけが、再び終末を迎えようとするこの世界で生きている。
隣人を愛することは不要になった。
人の行く先は、一人だけになることを求めたはずだった。
だから、向こう側の世界を覗いても、そこに在るのは一人だけのはずだった。
だけど、わたしは他者を求める。
孤独を嫌う。
痛みを自分に置き換え、その悲しみを自分に重ね、そして、不安に涙を流す。
わたしは未成熟だ。
わたしは臆病者だ。
わたしは、どうしようもなく、欠陥している。
世界が滅んでも、わたしは生を求めた。
向こう側の景色から自分を腐敗させるものを取り除き、残酷なだけの生に執着した。
死を望んだ。
なんども、なんども、自分の破壊を試みた。
それを臆病さが止めた。
過ごした無為の時間の末、わたしは海底に逃れた、かつて無能とさげずまれ、追い立てられた人たちの子供たちと出会う。
わたしは彼らに委ねた。
知る全てを渡し、指示に倣い、彼らの顔色をうかがった。
愛おしかったから。
わたしは他者を求め、愛している。
他者の瞳の中に確認して、初めて自己を実感できる。
彼らに見捨てられることを恐れている。
そんなことになるのならば、殺して貰う方がマシだ。
死への渇望と自傷はイコールにならない。それを踏み越えることは、人を踏み越えることと同義だ。
時間は解決してはくれない、素質だけがそれを可能にする。
わたしにその素質は、無い。
わたしは、殺される日を目指して、今日を生きている。
「よいしょ、うんしょ」
苦労の末に引っ張り出してきた棺体を押す。
とても疲れた。
「うん、よし! あとは、二人をいれてあげなくっちゃ」
ぐいっと、額を腕で拭う。
汗は掻いてないけど、そういうのは気分の問題。
かがんで、まずは一人目。
「きみは不思議だったよね」
このブルースフィアは若い子がいっぱいだった。
若い子がいっぱいだと、それだけでとてもわくわくしてくる。きっと、いろんな気持ちで毎日が一杯だったんだろうなって、想像する。
もしも、いっしょに過ごせる時間が合ったらと考える。
好きな人とか、大好きな友達とか。
そうやって、歩き回っていたら、きみに見つかったんだよね。
なんでそんなにあっちこっち走って回るのさ?
「わたしは、楽しいからだよ、って答えた」
きみは、驚いた目をして、それを教えてくれないか、なんて。
くすりと、笑ってしまう。
「きみは、わたしの言うことをなんだって聞いてくれたよね」
あそこにいる二人はきっとお互いが好きでって妄想。それから、あっちは遊びの約束をしていて、むこうは、ちょっぴり内緒でオトナな話をしてるのって。
きみは、そうなのか、なんて、信じて、そんなことが分かるわたしをすごいって言ってくれた。わたしは調子に乗ってきみを引き連れて歩き回った。
そして、時間が来て、わたしは、全てを破壊するために歌った。
時計が鳴ったら、わたしは歌う。そういう約束をして、このブルースフィアに送り込まれた。そして、わたしにはそれに逆らう意思さえ無かった。
刻み込まれた孤独は、わたしの臆病さばかりを増長させたから。
校庭を、廊下を、階段を、歌って歩いたわたしは屋上に辿り着いた。きみは、従いてきていた。そして、覚醒したきみは、その力で、わたしを知ろうとしていた。
「びっくりしたんだよ。だって、いままでに、たったの一人だって、そんな人はいなかったんだもの」
きみだけがその力で、他者を理解しようとしていた。
だから、影響された。
目覚めた大量のモルフの、同種捕食の衝動。
きみは原初に刻まれた強い衝動の直撃によって、自分の記憶にある人間を殺害対象にしてしまい、それが集まっているクラスに戻って殺戮をした。
「落ち着いたきみは、泣いていたね」
きみの他者を理解しようとする意思は、わたしの意思と共感し、わたしの感性をきみは共有した。
きみは、もういいやって言った。
そんなきみが、わたしを知ろうとしてくれたきみが泣いていたから、わたしは、言ったんだ。
じゃあ、ちょうだい、なんて。
でも、それだと、君のなかの悲しみが残ったままになるから、言い直した。
取り替えっこをしましょって。
『鬼』はわたしだった。
破壊したのはわたしだった。
きみは、ただ、それに巻き込まれただけだった。
きみは、もしかしたら、なにかを変えられる一人だったのに。
わたしは、きみの涙を愛おしんだ。
そして、それでも他者を知りたがるきみを受け入れた。
わたしの知識を手に入れたきみがなにをするのか、同じように、わたしにもきみが分かったから、わたしは、続けて言った。
いまから、きみが鬼だよって。
これが、わたしがきみを肯定してあげることを伝えられる、たった一つの言葉だった。
君がなにをしても、その罪を最後にはわたしが持って行くから。
君が喰らうものになったとしても。
「そして、この子が、きみの友だちだね」
二人目を、棺の中へ。
血が乾いたせいでパリパリに固まっていた髪を梳いて直す。
一人だけさ、友達がいたんだ。
きみは、言っていたね。
頬を掻いて、照れくさそうにさ、言ってくれた。
彼はきっとボクのことをトモダチだと思っちゃいない。だけど、同じものを見て、同じことを思った、たったの一人だったんだ。だから、ボクにとってはたった一人だけの友達。
「うらやましいな。こんなに想ってくれる人が、きみにはずうっといたんだよ」
前髪を梳いて、その額に触れる。
不安、怒り、悲しみ、そして、流した涙。
「うん、全部わたしの中に残ったよ」
たったの十七年の二人の人生。
そこに詰め込まれた希薄すぎる、精一杯だった二人の想いはすべて、わたしが向こう側から掬い上げた。
わたしが死を迎えるそのときまで、二人の想いは消えない。
仰いだ。
ガラス板の向こう側の闇、小さな光。
まるで、地上から見上げた夜空。
二人が憧れた、美しさ。
この小さな地球に、もうじきに、終わりが訪れる。
「ねえ、なにしてるの?」
振り向く。
ラフに着崩した学生のような服装。
背中に吊った長大の刀。
桜色の髪に、切れ長の瞳の少女。
この世界で、わたしを殺してくれるかもしれない、たった一人だけの女の子。
「友だちをね、見送ってるの」
「そう……」
かつかつ。
恐ろしい足音が、背中に近づいてくる。
二人の棺に蓋をする。
これで、このブルースフィアが沈むとき、二人は憧れた海に揺蕩う光になる。
ぎいっ、チッ
刃が、首筋に筋を刻んだ。
再生した肉がそれを圧し、すぐに、出血は乾いた。
「ねえ、わたしはあなたも殺したいの」
「わたしはね、それでも、生きていたいの」
小さな地球が沈む度に繰り返したやりとり。
欠陥品のわたしの力は薄弱だ、歌による世界の揺らぎを頼らなければ、他者に影響出来ない。
他者を求めて靴を舐めるわたしと、純粋な殺意の奴隷であるこの子。
力の差は歴然で、わたしは、きっとこの子に出会ったときに殺されていたはずだった。
でも、
それでも、
わたしは、死を怖れて、涙を流す。
「わたしはね、死ぬことがね、怖いの、生きていたいの」
そこに希望なんてなくても。
わたしは、このちっぽけな生に執着する。
「その涙が、わたしにあなたを殺させない」
刃を引いて、恐ろしいわたしと同じ色の瞳で睥睨し、桜色の髪の彼女は、背を向けた。
向こう側では、わたし達を運ぶ隊長が、次へ運ぶために待っている。
わたしは泣いた。
自分のために流した涙だった。
生きた、生き残った。
全てを台無しにして、不幸をばらまいて、わたしはわたしの今日を生きたことに安堵し、泣いた。
「っ……ぁ、ん……」
声を押し殺し、震える手で、心に残した同胞が入った棺箱を抱いて、わたしは瞬間を生き足掻く。




