Other 3-2
『エリックくん?』
「ああ、いえ、失礼しました」
考えに没頭しすぎていたようだ。
『良いんだよ、今回は本当に大変だった。現地に出動して働いてくれる君たちはまさしく英雄だ。感謝をしてやまない。私のこの気持ちをどうやったってきっと伝えきれやしないよ。ああ誤解しないでくれ、もちろん、きみの共感能力を疑ってるわけじゃないんだ。それくらい、私が感謝をしているということを伝えたいだけなんだよ?』
「ええ、分かっています」
こういうやりとりがキライだから、お偉い様からの通信は出たくないのだ。
地球機構は所属する個人を尊重する。
装備や安全性の関係で隊員服は推奨されているが、長髪を注意されたことはない。それどころか、良いヘアースタイルだね、だなんて言われる。
重大な危機に直面している彼らは『人類の仲間』に飢えている。そして、自分が『人』として相応しいと認められたがっている。だから、他者に理解がある姿勢を保ち、『仲間』という言葉を使いたがる。
それが卑屈に見えて、窮屈に思うことは、もしかしたら人類の一員として不適格なのかもしれない。
なんにしても、疲れているのは事実だろう。
『エリックくん、心配事があるなら言ってくれ! 私はどんな形でも大事な仲間である君の役に立ちたいんだから!』
こんないつも通りの上司のセリフに、つい本音で答えてしまったのだから。
「……オレたちには、これしかやり方がないんですか?」
『シナリオ』の実行による、住民の選抜。
地上探索の際に発見した『WHITE』と呼ばれる特異固体。
アレは無自覚状態の物理外知覚を覚醒させるために能力を調整された、過去世界の遺産だ。
アレを利用し、地球機構が抑制したモルフの本質を引きずり出しパニックを引き起こす。
それから、隔壁による誘導や、必要ならば音声ガイドをすることで、現地民にはコミュニティを作らせ、危機による共感能力が最大限に発露される状況を意図的に作り出す。
一定期間を維持できたコミュニティは救助し、個人データ履歴などを参考に『楽園』の住民に相応しいかを選別する。
全ては地球機構による自作自演だ。
計画の中では間違いなく犠牲が出ている。それに、潜在的な危険を秘めているとは言え、モルフの本質をわざわざ引っ張り出して始末することが、唯一の方法だというのか。
平穏を破壊しておいて、何も知らない、助けられた彼らの心からの『ありがとう』に頷いてやる。
こんなことをしなければ、人類は生き延びられないというのか。
『エリックくん、もちろん君の気持ちは分かるよ。でもね、君にも分かって欲しい、私たちも同じ悩みを何度も繰り返した。潜在的なモルフや特異固体は着実に増加している。それに最初からこんなやり方をしていたわけじゃない。知っているだろう? 『エリア7』。モルフや特異固体と判断された者を集めて、人と隔離しつつ彼らの生命も守る計画の試験を行った場所だ」
モルフは特異固体に対してその共食い衝動を起こさない。
その特性に着目した計画だった。
成功すれば、いまのやり方ではなく、時間と手間がかかってもブルースフィアごとの棲み分けを行えるはずだった。
その計画は、――破綻した
『生命の保護はおろか、より恐ろしい存在が生まれてしまった』
『BLOOD』、固体名は、モモ。
エリア7で生まれた悪魔。
確認されている唯一の『モルフ』と『特異固体』のハイブリッド。
エリア7に集められた全てのモルフと特異固体は覚醒したモモによって死滅した。
その異能力はすさまじく、生命の危機によるストレスで能力を覚醒させた特異固体複数を相手に、単独で殺傷している。
幸いだったのは、モルフが特異固体に対して共食い衝動を発揮しないように、モモは人に対して共食い衝動を発揮しなかったことだろう。
モモは、人を同種として認知しない。
特異固体の特徴である物理世界への不感が原因だと予想されている。
モモの確認により、楽園計画は大幅にスケジュールを見直すことになった。
もしも、モモのように強力な能力を持つ存在が再び生まれ、その存在の共食い対象に人類が含まれていたとしたら?
そして、海底で単独で生命を維持できるほどの力を持っていたとしたら、そのときは、人類に逃げ場はない。
絶滅と言う名のナイフが既に喉元に食い込んでいることを地球機構は思い知ったのだ。
本当に死の間際になってからしか、死に物狂いにはなれない。
地球機構は、倫理と博愛の仮面を捨てた。
『シナリオ』は計画された。
地球機構は、作戦による救助隊の生還率を上げるために、モモを起用することを思いついた。
エリア7とともに沈めるべきだとモモを警戒、いや、畏怖する声は大きかったが、『シナリオ』の性質上、遭遇する覚醒特異固体による救助隊の惨殺が、その声を黙殺した。
別次元を知覚する特異固体の脅威は、文字通り、次元が違う。
モモを起用しなければ引き金を引く回数はもっと多かっただろう。あるいは、とっくに死んで、少なくなっていたか。
モモを用いた作戦の実行はすでに何度目かになる、モモは意思を侵害するような指示でなければ従順だ。
それが、油断だった。
モモがこちらを別の生物として認識しているように、こちらもモモをそう心得ることを忘れてはならなかった。
そうしていたら、きっと泳葬場から籐派セラだけを行かせなかった。自分だけでも同行しただろう。籐派セラが重態に陥る事態を防げていたかもしれない。
「そう、ですね。新しい世界に脅威は持ち込めない、一体でも持ち込めば、今までの全部が無駄になる」
ああ、気が緩んでいた。
こんな中身のない質問は、必要ない。
もうすぐ作戦は終わる、障害は残っていない。
休んだら、次のブルースフィアを沈めに行かなければならない。
『シナリオ』を忠実に実行するのだ。
迷いを口に出すなど愚かしい行為だ。
『その通りだよ、エリックくん。残酷なことは分かっている。全ては新世界に語り継ぐことはできない、ブルースフィアとともに葬られなければならない。それでもね、私たちは人類の未来にとって重要な礎となる活動をしていることに間違いは無いんだ』
「ええ、その通りです」
罪は海底に、新しい世界は無垢なままに拓かれるべきだ。
もちろんその世界に、自分はいない。それはとっくに決めていることだ。
一つでも多くの命を救い、最期はこの海底に罪の一つとして沈む、だから、誰よりも引き金を引く。
『いつも感謝しているよ、エリックくん。帰ったら長めの休みを取ると良い。私たちは助け合える仲間なんだ。一人で頑張ることはないんだから』
「ええ、検討してみます」
嘘だ。
休んでいる暇なんて無い。沈めなくちゃならないブルースフィアはまだある。
奪われる命がいくつも残っている。
『君が無事に帰ってくるのを待っているからね』
「ありがとうございます」
NO SIGNAL
かけ直されないように急いで端末をオフにした。
嘘っぱちで、見栄っ張りで、張りぼて。
ろくでもない世界。
そんな世界を、生まれ変わらせることができるのなら。
「報われるってさ、信じても良いだろうよ」
銃を手放せない夜は、まだ終わらない。




