Other 3-1
CALLING CALLING
端末に表示された呼び出し相手のステータスを確認して、つい苦い顔になった。
きっと、そのせいで相手を察したであろう部下が部屋から出て行く。
出来た部下が憎らしい、おかげで通信を無視する理由が無くなってしまったではないか。
シグナルが繰り返す間に、ため息を吐いて、息を吸いながら気持ちを切り替える。
次のコールが鳴り出すと同時に端末をタップした。
「地球機構『APPLE』分隊長013、応答します」
『ご苦労さま、エリックくん。体調はどうかな?』
通話相手は、いつも通り、いつもより少しだけ言葉を変えて、こちらを労ってきた。
「はい、今回はイレギュラーもありましたが、すでに住民候補の保護は完了し、撤退の準備を終了しつつあります」
ブルースフィアエリア27は、じきに沈む。
ここで起こったことは全て地球の深い場所へと葬られる。歴史に地球機構がやったことは記されない。
『イレギュラー!』
通話相手――本部のお偉い様は、『嘆かわしい』と感情豊かに言った。
『そんなことは起こるべきじゃない。そのためにこの地球と人類のために働く同志が犠牲になってしまったのだから! とても嘆かわしいことだ。私たち人類は既に一人一人が貴重な存在だというのに!』
『私はとっても悲しいよ』とお偉い様は感情をアピールする。
地球機構の人間、特にお偉い様はみんなそうだ。自分の感情や共感能力を再確認するようにあらゆる場面でアピールする。
その行動の根元にあるのは恐れだろう。
モルフを抑制する薬もカリキュラムも拒否する彼らは、人類が直面している問題への知識がもたらす恐怖を、自分たちの『人間性』の認識によって安定させようとしている。
自分もその一人であることは自覚している。
モルフを排除したあとに、淡々と作戦を続行しようとしている自分に気付いたとき、愕然とするときがある。
そして、それに気づけたことに安心を覚えるのだ。
自分はちゃんと『人』だ、と。
『だけど、今回は喜ぶべきイレギュラーも発生してくれた。本当に良かった、保護したセラくんの生命維持は成功したと聞いてるよ。私たちが待ち望んだ、私たちの目指す楽園に必要な『希望』は無事なんだろう?』
『イブ』――計画のネクストステージで、もっとも重要とされる存在。
新世界の導き手。
「はい、危険な状態でしたが、ステーションに準備していた治療ツールとスタッフの努力により、現在は籐派セラのバイタルは安定しています」
まさに奇蹟としか言えない回復だった。
あんな粗末な棒で急所を貫かれていたのに、籐派セラの損傷部位はキレイ過ぎた。
破片が血脈に入ることもなく、致命的な血管の損傷も少ない。
それこそ、高次的な意図的干渉が行われたとしか思えない状態だった。
まさかとは思う。そして、そうだとしか考えられない。
籐派セラは生かされたのだろう。
特異固体――地球機構のお偉方は頑なにそう呼ぶところの、物理外知覚能力者がどんな意図を持っていたのかは不明だ。
もしも、憐憫や同情のような、共感を根拠にした行動だというのならば……。
いや、そんなことはあってはならない。
瞬きを二回、これで余計な思考はリセットする。
『良かった、これで『楽園』計画は安心して次の段階に移行出来る。最悪はイブ不在で計画を進めなければならなくなると懸念している同志もいたからね。信じて良かった。彼女の存在はまさしく希望だ。私たちが信じ続けてきたことは正しかったと証明してくれたのだから』
かつての地上で生存競争に『群』という回答を出した人類は、高度な連携を行えるように五感を発達させた。そして、生存競争の勝利を不動にした人類はリモート社会を発展させた。物理世界での原始的なコミュニケーションは機会を失い、人類は新たなる知覚に目覚めることになる。
物理外知覚能力。
古い言葉ではサイコキネシス。
物理世界では情報を五感で収集し、自覚し、意思を持って改変を物理的に行うことで現実に反映される。
物理外知覚能力によって感知される高次世界は異なる。
観測されることで量子が活動を行うことから分かるように、この世界は意思を反映する。
物理外知覚によって観測する高次世界の情報は、より大きく世界に影響する。。
それが恒常化した先にあるのは個人意思による世界への掠奪だ。
物理外知覚能力を発達させた人類はその代償に、物理知覚である五感、他者との共感能力を鈍化させた。
だれとも共感しないがために、彼らは一人一人が暴君だ。
他者を顧みない利己主義者達の意思が、手軽に世界をねじ曲げる世界、辿り突く未来は崩壊だった。
かつての地上世界はそんな滅び方をした。
未覚醒だったの『真の人類』は人類増加の対策として、海中に建造していた『自立完結型海中都市』へと逃れた。
長い時が経ち、小さな地球に名を変えた、逃亡者達の住処は数を増やした。
増加した人口は、生態系に組み込まれた抑制プログラムを作動させ、さらには、地上に捨てて来たはずの『鬼』までもが生まれてしまった。
現状維持は真綿のごとく首を絞める。
だから、人が人の歴史を続けるために、地球機構は決断と選別を計画し、実行した。
現在海中に展開されているブルースフィアから、共感能力の高い人類だけを抽出して、地上で新しい歴史を始める、人類の進化をやり直す計画。
『楽園』計画。
籐派セラにはその計画の最終段階、進むべき進化の順路の導き手の役割を担って貰う。
人類が再び同じ進化の順路を辿り、滅びを繰り返さないために、人類は高次知覚とは異なる進化をする必要がある。
個に執着した進化ではなく、長い歴史をそうしてきたように、群の能力を高めるための進化が必要なのだ。
物理世界内での深い共感能力。
つながり、接触し、伝え合うことで他者と理解しあい、共創していく力。
五感を媒介にした、より深い他者への感応能力。
籐派セラは、コミュニティの指導者の一人として、その片鱗を発現していた。
彼女はまさしく地球機構が求めた進化のネオテニー体だ。
彼女の声は、本来水準に満たないレベルの共感能力しか保持していなかったコミュニティに避難していた住民候補までをも統率していたのだから。
本来進化の形態は多種多様であり、もっとも適応したものが選出されて、他は淘汰されていく。ならば、共感能力を発達させた進化もきっとあるはずだという、藁をも掴むような仮定は立証された。
他者を認めるための進化体を確認したことで、人が他者を必要としていることが証明された。地球機構のお偉方は万々歳だろう。
籐派セラはいまも眠ったままだ。
目覚めた彼女は一体何を思うのだろう。
致命傷を負い、死の間際になっても、あの個別データの履歴とカリキュラムに忍ばせた査定によって特異固体と判断された少年を求めた籐派セラは、彼がいない世界で何を探すのだろう。




