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Tears 3


「うあああ!」


 悲鳴を上げて、ルイは逃げ出した。

 ピリリと、頭の奥がシビれた。

 自分の足なのに、言うことを聞かなくなって、転んだ。


「いま、感じているものが分かるかい?」

 孔世ユウヤが来る、ルイは身を捩って、振り返る。


「来ないでっ!」

「ボクらは共感しない。ボクらは六番目の感覚、触れられないし、目に見えない世界を知覚する能力を発達させた代償に、物理世界を把握するために発達した五感は『不要』なものとして、退化したから」


 逃げたいのに、何かに押さえつけられているかのように、足が動かない。

「ボクらは孤独になった。目は瞼を開かなければ真っ暗なままだ。高次知覚能力を持っていても、その扱い方を知らなければ何も情報を得られない。だから、ボクらには知覚能力を得た『代償』だけを負った」


 頭が痛い、さっきから頭の奥がズキズキと痛い。

 ルイにはもう、全てがなにがなんだか、理解できなった。


「ボクらは孤独だった!」

 孔世ユウヤは拳を握り締めて、叫んだ。


「目に映った世界から得られる、人生を豊かにする要素は根こそぎボクらには与えられず、ボクらはあぶれないために必死だった。どうすればまともでいられるかを模索した。右向け右を遅れずにやろうとする努力ばかりをしていた」


 ぷつり

 まるで、何も書いていない紙面に小さな穴が開いたかのようだった。


 頭の奥に、何かを観た。

 

「人を殺すことはダメなことだ。そんな当たり前の意味さえ、実感できなかったんだ」

 

 孔世ユウヤが歩いてくる。

 また痛いことをされる。


 殺されてしまう。


「うわああああああああッッ!!!」


 まるではじけた感覚。

 頭の奥が突き抜ける。


 そして、ついに、ルイは観る。

 全てが一瞬で塗り変わっていく。


 歌を聞いた。



 My fair lady……


 My fair lady……


 

 ああ、なんて悲しい歌声なんだろう。


 まるで、慟哭。


 うっすらと、そんなことを考えた。


 頭のほとんどは孔世ユウヤを排除するために働いていた。

 

 世界は近くにあった。

 激昂に任せて、ルイは孔世ユウヤを殺すために持ってきた武器に手を伸ばした。

 物理世界では数メートル先に転がっていたそれは、簡単に手元に戻ってきていた。


「ルイくん」


 ぐじゅう


 沈む。

 埋まる。


 命を、貫く。


 ルイの足は自由を取り戻していて、手には籐派セラの喉を貫いた棒を握っていて、その棒は孔世ユウヤの心臓を貫いていた。


「あ、ああ」


 今こそ分かる。

 ルイは涙を流す。

 真っ赤な血が、ルイの身体を染める。

 

 命を奪うという、罪の意味を知った。


「ぼく、ぼくは……」


 痛いに決まってる。

 苦しいに決まってる。

 それはあたりまえのことなんだから。


 こみ上げた熱。

 それこそが自分の外側と想いとをこすり合わせる摩擦、『心』だった。


 ルイは無垢な人生に、ようやく、『涙』を流したのだった。


「ねえ、覚えてる?」

 ユウヤが言う。

 指先が揺れ、顔から血の気が引いていく、死を間近にして、ルイに優しい瞳で問いかけてくる。

「もうずっと前だけどさ、泳葬場(ここ)でのこと」

 絶え絶えに、ユウヤが語る。

 「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝りながら、ルイはユウヤの背に手を回して彼を支えた。


「ボクとルイくんは、同じことを考えてた」


 彼の手が、ルイの頬を撫でる。

 新たに自覚した知覚に、彼が触れてくるのを感じた。



 いつかの情景が観えた。

 その日はこのブルースフィアに安置されている遺体が海中に放流される日だった。

 参加者はほとんどは教室などからモニター越しに参加をするが、その日は、ルイのクラスは当番で、直接哀悼を捧げるために泳葬場に集められた。


 ルイは面倒だと思っていた。

 だけど、参加しないとペナルティを与えられるし、仕方が無いから黙って終わるのを待っていた。

 スピーカーから流れる音楽にも、つらつらと長いエライ人の話にも飽き飽きしていた。


 いよいよ、話が終わり、放流が開始される。

 黙祷のサイレンとともに、泳葬場の安置所の外部隔壁が解放され、バイオプラスチックであつらえた棺桶が一斉に深海の闇の向こうへと泳いでいった。


 ルイは、頭上を仰ぎ、棺桶の群れを見つめていた。

 ぽうっと、灯った頼りない光が海流に揺られて、遠ざかっていく。

 こんな式には興味なかったはずなのに、ルイは式が終わって、ほかの学生が教室に戻り始めても、立ち尽くしていた。

 最期の光から、目を放すことが出来なかった。



「黙祷式はさ、亡くなった人を偲んで、悲しむための行事だった。でも、ボクときみにとっては違った、そうだよね?」

 その通りだ。

 あのとき、ルイが光を追いかけた理由はそうではなかった。


 あの光は、


「あの光はさ、ボクらが知った初めてのキレイだった。ボクらは、あの行事の趣旨を無視して、たった二人だけ、同じことを考えていた。あの光になれたらなんて、卑猥なことを考えていたんだ」

 誰かの死を見送るための儀式で、自分の欲望を満たすことに夢中になっていた。

 

 そのときが、ルイとユウヤの分かれ道だったのだろう。

 ルイはあの光への想いを理解したくて、カリキュラムに夢中になった。

 きちんとした人間になれれば、あのキレイに自分も手が届くような気がした。そうして、築き上げたカリキュラムを根拠にした世界に、ルイは閉じこもった。


 ユウヤはあの光に抱いた想いを手に入れたくて、手を伸ばした。

 手を伸ばしたから、周囲と自分のギャップを実感し、感動出来ないことを認めることが怖くて、世界に虚勢を張って孤立した。


「おめでとう、ルイくん」

 孔世ユウヤの手が、ルイの手と繋がる。


 シェイクハンド。


 友情の証。


「ユウヤ……」


 そうか、きみはずっと――。


 二人は同じだった。

 だからきっと、このエリア27でたった二人だけは、わかり合えたはずだったんだ。


 

 My fair lady……


 My fair lady……


 

「うん、きこえるよ」

 ユウヤの血にまみれたルイは、いつかと同じように、ブルースフィアの外に広がる、遙か闇を仰ぐ。


 とても、キレイだ。

 吸い込まれそうな闇に、かつては無価値に思えた漂う漂流物。

 憧れは、こんなにも身近にあった。


 ユウヤの熱を感じながら、ルイは、涙を流す。

「手を伸ばしていたらさ、きみと話だって出来ただろうに」

 ユウヤの手を握り返して、ルイは彼のために、涙を流した。


 

 My fair lady……


 My fair lady……



 彼女の歌声が、頭のなかにきこえてくる。


 とてもキレイで、そして、儚い。

 

「うん、ありがとう」


 もう一人きりじゃない、それを彼女が教えてくれた。


 だから ――


「みつけたわ」


 ―― 結末を始めよう。

 

 振り返る。


 こつこつこつ


重いブーツをならして、桜色の彼女が抜き身の刀を片手に近づいてくる。


「うん、こんどは殺せるみたい。こっちにアンタがいる。殺せっていってくる」


 とん、こめかみを指で突き、モモは、獰猛な笑みとともに、ルイを定めた。


 初めて会ったとき、彼女の強烈な意思はルイが無自覚に構築した高次世界に設けた壁を突破して、同じこと伝えてきた。


 殺す、と。


 ルイにとって彼女の強すぎる思念は、どうしようもないもので、それは、すなわち、この全てを呑み込んでしまう深海と同じものだった。

 だから、彼女に殺されるなら、これ以上なんて無いって思った。

 それこそは、あの日に憧れた光と自分が同じものになるということだから。


 ルイは、ユウヤの身体を出来るだけ、丁寧に横たえてから、モモと向き合った。

「お待たせ、いまはよく分かる。きみがほんとうに恐ろしい存在だって」


 ルイが自覚した知覚が、モモの強烈な意思で塗りつぶされていた。

 混じりっけの無い、純粋すぎる、殺意。


 だからこそ、歪だ。

 人を殺めることは自身を痛めること、ユウヤはそれを自分自身を傷つけながら、ルイを痛めつけることで教えてくれた。


 殺意が純粋なんてあり得ない。

 心を痛めてまで殺人をするというのなら、私欲が入るのが当たり前で、そこに罪は芽生える。

 モモにはただ殺すという目的しか存在していなかった。

 そんな彼女に、どんな罪を与えれば良いのか、分かるはずがなかった。


「しらないわ、そんなの。どうでもいいの、わたしはあんたを殺すだけよ」


 モモが、だっと、地面を蹴った。

 ルイはユウヤを振り返って言った。


「ありがとう」


 つぅ――


 胸の中央に吸い込まれていく銀色の刀身。


 案外、キレイに入っていくものだ。

 それはそういう形状をしているわけだし、そのための道具なのだし、そういうものだろうけど。


 ユウヤには悪いことをしたと思う。

 あんな棒じゃ、きっと、すごく痛かっただろう。


「かっ、はあぁ」


 消えていく。

 熱も、命も、身体から離れていく。

 

 ―― よくがんばったね ――


 ああ、そうか、だから、ユウヤは目覚めさせようとしてくれたんだ。

 彼女に包まれて、ルイは小さく笑んだ。


「ん、おわった」

 赫色の目。

 とってもキレイな、恐ろしい目。


 どんと、蹴られて、身体から刀が抜ける。

 倒れたところは、ユウヤの隣だった。


 彼はとっくにそこにはいない。


 ルイの意識も霞んで――


 ――消えた。


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