Reason 13
「こいつは、どういうことだ」
モモが壊してしまい、枠だけになってしまった入り口に、長髪の男が立っていた。
地球機構救助隊の隊長だ。
どうしてここにいるのだろう。
あの男が泳葬場のシャッターの向こうからルイをにらみ付けて来たのを確かに見たはずなのに。
隊長は眉を寄せて、モモと孔世ユウヤが荒らして散らかした特別教室の惨状を見回し、それから、デスクの間から出た籐派セラの足と血溜まりに視線を固定すると、目を大きく開いた。
「そこに寝ているのは誰だ。なにが起きた」
「わたしはねていたいっていったわ。だけどこのヒトがでていったのよ?」
「籐派、セラなのか?」
次には、隊長は駆け出し、デスクを乱暴に掴んで放り投げた。
「――ッ!」
隊長の行動は素早かった。
血溜まりに膝を突くと、ウエストポーチを外して、中からボトルを取り出した。
見たことがある。
応急処置用の医療ジェルだ。
患部に吸着させて使用する。
ジェルは傷口の殺菌と、治癒の促進、出血をジェル内に留める効果を持っている。
血管の破損により滞った血流は、ジェルを介して再開され、多量出血による重症化、死亡のリスクを軽減することが出来る。
隊長は自分の手を真っ赤に汚して、喉を貫かれたままの籐派セラの頭を持ち上げて、ジェルを使って処置を始めた。
ルイにはマネできそうにない。
もう病気になってしまったけれど、やっぱりあんなふうに積極的に汚れに行ったりしたくはない。
「籐派セラ、しっかりしろ、死ぬな、しっかりしろ!」
青いジェルは瞬く間に籐派セラの血を取り込み、暗い赤色に変色していく。
隊長はジェルのボトルを握り潰しながら籐派セラの名前を何度も叫んでいた。たしか、重傷者に名前を呼びかけることには効果があるのだったか。
でも、もうルイには関係ない。
病気のルイが苦手な大声を出さなきゃいけない理由はもうない。社会のための努力はもうルイがしなきゃならないことじゃない。
ジェルは籐派セラの傷を被えたみたいだが、喉を貫く棒の内部で出血は続いている。
そのことに隊長も気づいているようだ、眉を寄せて、歯を噛みしめている。困っているか怒っているときの顔。シチュエーションから考えて困っている。
「頑張るんだ、籐派セラ」
隊長は籐派セラの頭を片手で支えたまま、籐派セラの腕と胴体を挟み込むように、馬乗りの姿勢になった。
「頑張るんだぞ、籐派セラ、聞こえているな! 頑張るんだぞ!」
さっきよりも大きな声で呼びかけ、隊長は籐派セラの喉を貫く棒に手を掛ける。
籐派セラの口からごぼごぼと血の塊が溢れて、隊長が抑えている指先が床を掻き毟っていた。足の方はビクビクと動く程度で大きくは動かなかった。
「頑張れ、頑張れ!」
ジェルが剥がれないように、徐々に、棒を引き抜いていく。
ようやく先端部にさしかかると、隊長はポーチに籐派セラの頭を乗せ、少し動かすたびにジェルを籐派セラの喉にあいた穴に流し込んだ。
「頑張るんだ、籐派セラ、君は助かる、オレが助ける、だから君も頑張るんだ」
隊長は汗を浮かべてさっきよりも静かな声で籐派セラへ語りかけていた。
「頼む」、「頼む」と、棒を全て引き抜いてしまうまで籐派セラにお願いをし続けていた。
隊長は棒を引き抜いた後も、籐派セラの上から退いて、薬品やテーピング、器具を使って何かしらの処置を続けていた。
血溜まりが広がってきたから、ルイは何度が後退さり、もう籐派セラには手が届かない。
モモはずっと同じ姿勢で籐派セラをのぞき込んでいたが、とうとう諦めたみたいで、目を閉じて立ち上がった。
「ダメね、わたしの感性にこのヒトはさわってくれない。これじゃあ、あの子を変えられないわ」
ぴちょり
ブーツが糸を引く。
それはモモが足を持ち上げる度に千切れて、赤い靴跡に沈んだ。
ぴちょり、ぴちょり
歩足の濡れ音。
「モモ、約束はどうした?」
「わたしはわたしのできるだけをやったわ」
「じゃあ、どうしてこうなった」
「しらないわ。そのヒトがでていって、あの子のトモダチといっしょにいたの。あの子のトモダチはもうどこかへいっちゃった」
「――テメェはッ!!」
隊長が振り返るが、もう、モモは特別教室から出ていった後だった。
赤い足跡だけが、隊長の見つめる先にポツポツと残っていた。
「……ぃ、く」
「籐派セラ!」
声とも呼べない程度だ。
それから詰まったノズルみたいな音を立てて、籐派セラは口からジェルが混じった血を僅かに垂らした。
「喋るな、辛いだろうが、咽せるのも我慢しろ、呼吸も出来るだけ抑えろ、すぐに治療する。それまで、耐えろ、生き延びろ!」
隊長がまくし立てるが、籐派セラは小さく口を動かし続けていた。
「……ぅ、く……」
「籐派セラ!」
せっかく隊長が手当をしたのに、籐派セラはそれを台無しにしたいみたいだ。
籐派セラの指先が僅かに動く。
隊長の顔はその指の動こうとする先を追い、ルイを見つけた。
目を大きく開いている、口を開いたまま閉じない。
驚いているのだろうか。
次には、目元が歪み、口が外側に広がった。
これは分かる、泣き出すときの顔、悲しいときの顔。
でも、それだけ、彼がどんなことに、不幸を感じたのかをルイは理解しない。
「る、ぃ……」
こっぽ、籐派セラの口から再び液体が漏れ出た。
「籐派セラ!」
隊長は彼女を抱き締めた。
もう、隊長の体は彼女の血でまみれている。
モスグリーンの隊員服は赤黒く染まり、てらてらと光っていて、顔も彼女の口から出た液体で濡れてしまっていた。それでも彼は籐派セラを不潔だと突き放したりしなかった。
それはルイには出来ないことだった。
彼は、ルイを見ていた、今回はにらんではいない。
だから、言ってくれなくちゃ、分からないんだ。
ルイには分からないのだ。
ああ、それよりも、また、籐派セラの血が迫ってきた。
また少し、後ろへと下がらないと。
ルイが退けたら、隊長は再び口をぽかんと開いて、そのあと、いつかと同じように強くにらみ付けてきた。
「……ただの、一瞬でも、テメェらを信じようとしたオレが、間違っていた」
ぎりりと、歯ぎしりをして、隊長は口を閉ざした。
ただ、にらむことだけは止めてくれなかった。ルイをにらんだまま籐派セラを横抱きにして、ルイをにらんだまま立ち上がって、背中を向けるそのギリギリまでルイのことをにらみ続けていた。
隊長も籐派セラも、モモも孔世ユウヤも、みんな出て行ってしまった。
ルイはとうとう一人きりで教室に残されてしまった。




