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Reason 7



 籐派セラはどっちへ行ってしまったのだろう。


 一本通路だ。

 来た方か、それとも行こうとしていた方向か。

 少しだけ考えて、すぐに首を振った。

 そんなの決まっているじゃ無いか、行こうとしていたほうだ。


 モモにうんざりした彼女は一人でさっさとパイプステーションまで行ってしまうことにしたんだ。

 だけれど彼女はきっと忘れている。

 プロフェッショナルのモモがいなければバッチイ奴らの処理を自分たちでやる羽目になると言うことがきっと頭から抜け落ちている。きちんとした処理方法を知らないルイや籐派セラではすぐに病気を移されてしまうだろうに。


 彼女はもしかしたら自分は何でも出来る人間だと勘違いしてやいないだろうか。

 人類の歴史は共栄の軌跡で、共存することができる社会性こそが人類の証だと、カリキュラムで言っていたではないか。


 籐派セラはもしかしたら不良なのかもしれない。


 ああ、そんなことはもちろん違う。

 首をぶんぶんと振る。

 だって彼女はとても綺麗な声をしているのだ。たしかに少しばかり自己中心的(エゴイスティック)なところがあるかもしれないが、彼女はルイの友達なのだから、不良なんかでは決して無い。


 不良とは久世ユウヤみないなどうしようも無いヤツのことを言うのだ。

 籐派セラはちゃんとルイの友達だ。だから、探しに行くことは正しいことだ。


 しばらく進んだ、突き当たりのドアが開きっぱなしになっていた。

 どうやら本当に籐派セラは一人で先へ行ってしまったらしい。

 

 ため息を漏らしたそのときだった。

         


 My fair lady……


 My fair lady……



 歌が聞こえた。

 とても綺麗な歌声だ。


 ああ、きっと籐派セラだ。

 こんな美声の持ち主をルイは彼女以外には知らない。


 行かなきゃ。

 こんなに綺麗な声なんだから、一番近い場所で聞かなくちゃ勿体ない。

 ドアの向こうへとルイは歩んだ。

 


 ここは一体どこだろう?


 こんなにも素晴らしい場所が、このエリア27にあっただろうか。


 空は群青だ。

 白い薄雲にアクアカラーから始まるグラデーションが、贅沢に視界をいっぱいにしてくれた。

 

 芝の緑がカラカラと擦れ、、萌える緑の命の芳しさが鼻腔に主張をしてくる。

 彼らは背景では無く、そこに息づいていた。

 


 My fair lady……


 My fair lady……



「ああ――」

 瞬きなど出来やしなかった。

 目に染みるとはこういうことか。

 美しさと素晴らしさを一秒だって手放したくないから、この目は生理現象を嫌がって、瞼を開き続けるのだ。 

 


 My fair lady……


 My fair lady……



 何かに手が届く気がした。

 無意識に、まばゆい青空を仰いで、強請るように両手に作った皿を掲げていた。


「ください、どうなっていもいいから、おねがいします」


 無垢な願いを。


 

 『うん、取り替えっこしよ』 



 頭の後ろを撫でつけるような、柔い感覚。


 とても大切な贈り物をいまこそ、この手のなかに。


 

 ――突如として、ユートピアは崩壊した。


「ルイ君ッ!」

「――あっ」

 どうなってしまったというのだろう。


 目の前に籐派セラがいる。

 彼女はいつからそこにいたのだろう。

 あの素敵に思えた青空はどこへ行ってしまったのだろうか。


 見上げたところにあったのは、くだらない電子データを投影するパネル群だけだ。頭の悪い誰かがものを投げつけたのだろう。破損して何も映さない黒だけのパネルがいくつか点在していた。

 そこに群青なんかはありやしない。


「ルイ君、しっかりして、こっち来てっ!」

 籐派セラが声高に名前を呼んでいる。

 ああ、やっぱり彼女の声は素敵だ。叶うのなら歌ってくれないだろうか、さっきと同じように。


 手を掴まれ、引っ張られ、ルイは自分が踏みつけている芝生を見ていた。

 剪定をするドローンは問題なく稼働していたのだろう。

 芝生の高さはきちんと管理されている。

 全ては人工的な装置によって備え付けられ、人工的な処置によって快適に整えられている。


 ルイは籐派セラに手を引かれるがままに自分の足で芝生を踏みにじり続けた。この芝生はエリア27の住人が快適に過ごすために用意された設備だ。もちろん踏みつけたって、なんにも思いやしない。

 そのようにあつらえられたものを、そのように扱うことに過敏になるなんてまともじゃない。


 籐派セラは認証パネルを素早い動作で入力して開いたドアの向こうへとルイを引っ張り込んだ。

 まるでコピー&ペーストを繰り返して造ったみたいな、延々と同じ構造が続く屋内の廊下を見て、この場所がよく見知った建物であることに気づいた。


 教育区フロアの、それもルイが通っていたハイティーン区画だ。

 中間フロアは東側の中庭に通じていたらしかった。

 そう言えば、レクリエーションで教員が窓から指を差して簡単に案内していたような気がするが、すっかり忘れてしまっていた。


 籐派セラがしゃがむから、ルイも仕方なく倣った。

 やましいことなんて何もしていないのにどうしてこんなマネをしなくてはならないのだろう。

 籐派セラは扉の隙間から中庭を覗いていた、ますます泥棒みたいだ。

 はしたないし、注意した方が良いかと思っていたら、籐派セラは「きた」とかすれた声で言った。


 一体何のことだろうと思って、ルイも扉の隙間を覗くと、鋭利に加工した建材を担いだ少年が三人ほど連れだって歩いてきていた。

 彼らは建材をそのあたりに投げると、きゃっきゃと笑いながらサッカーを始めた。


 その景色はエリア27の教育区画のランチブレイクによく見られた光景と同じだった。

 ルイはやらなかったけれど、サッカーやバスケットボールのようなスポーツを用いたコミュニケーションはカリキュラムでも推奨されていた。


 違いがあるとすれば彼らのコミュニケーションはかつてエリア27で行われていたものよりも野蛮だ。

 頭部への衝撃は重大な場合、半身不随といった脳機能への支障を来す恐れがある。だから、サッカーボールは地面を転がすか、相手への配慮をした受け渡しをしなくてはならないルールだ。


 いま、中庭で遊んでいる彼らは平気で思い切りボールを蹴っていた。

 そんなことをしているから顔面をボールが直撃してしまった。

 傍目で見ているだけのルイは思わず息を呑んでしまったが、当てた本人は指を差し、あろうことか、「ドジ」なんて罵って笑っていた。

 当てられた彼も鼻頭を抑えて涙目になって汚い言葉で言い返していたが、彼らはそんなことがあっても思い切りボールを蹴ってサッカーを続けていた。


 きっと病気で頭がバカになってしまったのだ。

 過ちは反省するべきだ、じゃないと同じことを繰り返してしまうから。そんな当たり前で簡単なことさえも彼らは出来なくなってしまったらしい。


 中庭によく響く少年達の笑い声を、嘆かわしく思いながらルイは聞いていた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 管理社会の住人から見たら なるほどそう映りそうですね。 [気になる点] 今の時点では、 ルイたちの常識を棄てる者が 「正常」な側から 少なくとも1人は出る。 それは間違いない ように思え…
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