表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/54

魔族の用事とエルフへの依頼



 城から出ようとすると、出入り口にヴァーナティスが佇んでいた。


「失礼ですが、其方の魔族の完全自由を許すわけには参りませんので、僭越ながら私が監視役として同行させていただきます」


「ああ、好きにしてくれ。俺は構わない。寧ろ、放置されては居心地が悪い」


 弓弦葉は鷹揚に答えた。


「カヅキ様も、構いませんね?」


「……え? あ、先輩が良いって言うなら、俺は別に」


「では、改めまして。


 本日只今より、しばらくの間行動を共にさせていただきます。女皇付侍従四番、ヴァーナティス=ヴィオレットと申します。どうぞ、よろしくお願いいたします」


 スカートを両手で持ち上げ、一礼。


「それで、これからどちらへ?」


「アーズの鍛冶場だ。所用があってな」


「左様ですか。では、ヴェネスド山までは私が先導いたします。転移門を使用しましょう」


「頼む」


 ヴァーナティスはささっと場を纏めると、踵を返して歩き出した。二人も後について歩き出す。


「……先輩、失踪したって聞いてたんですが、この世界に来てたんですね」


「向こうでは失踪扱いか。


 華月、お前がこの世界に来る前まででいい。俺が失踪してからどのくらい経っていた?」


「半年ぐらいですよ。先輩だって、そんなに老けてはいないし、あんまり長い時間こっちに居る訳じゃないんでしょう?」


「……老けていない、か……」


 華月に言葉に苦笑する弓弦葉。どことなく、老成した雰囲気がある。


「華月、俺は昔の俺と変わっていないか?」


「え? 見た目とか、喋りとか、そりゃ変ってますけど……」


「俺がこの世界に来てから、何年の月日が流れたと思う?」


 華月には弓弦葉の質問の意図が解らなかった。


「向こうと同じで、半年ぐらいじゃないんですか?」


「だったら、良かったんだがな……。


 俺がこの世界に迷い込んで、この世界の時間で六百年が過ぎた」


「……え? そんな……」


「向こうとは、流れ方が違うんだろうな」


「いや、だったら、なんで先輩、歳取って無いんですか?」


「取っているさ。


 魔族として、な」


 弓弦葉がそこまで答えた時、三人は転移門へ着いた。


「お話は、一旦そこまでにしていてください。


 転移門を起動します」


 ヴァーナティスが転移門の柱を指でなぞって紋様を印す。


 転移門は印された紋様により転移先を変える。今回はヴェネスド山の麓へ移動する紋様だ。


「さ、行きましょう。


 カヅキ様、最初に。ユヅルハ様、その後に。私は最後に」


「ああ」


「解りました」


 指示された順番で転移門をくぐり、一気にヴェネスド山の麓に移動する。


「ふぅ、懐かしいな」


「先輩、ここに来たことが?」


「ああ……百年ぐらい昔にな。ダーラス頭領には世話になった」


「ドレン頭領の先代ですね。彼は実に腕の良い鍛冶師でした」


 話を聞いていたヴァーナティスが補足する。どこか昔を懐かしむような顔で。


「過去形ということは、もう亡くなったのか?」


「はい。今からですと、八十五年ほど前になりますね」


「智華と琉獅華を打って貰ってから、そう間を置かずに亡くなられていたか」


「最後の十数年は一切鎚を握りませんでした。もしかすると、貴方の双刀が最後の作品かもしれませんね」


 喋りながらも淀み無く進んでいくヴァーナティス。その身のこなしは見事で、ただ歩いているだけだというのに、テレジア同様に長年体術を収めてきていることが窺えた。


「まぁ、その辺りはどうでもいいことですね。


 当代はドレン殿です。先代に跡目を譲られた彼に出来ない事は、アーズの誰にも出来ません」


「ああ、今はあのドレンが頭領か。まぁ、そう難しい事を頼みに来たわけではない」


 そう言って両手でそれぞれの刀の柄を撫でる。


「さて。では、ここから先はカヅキ様にお任せします」


 三人の前に、大きな洞窟があった。




 いつもの手順で内部に入った三人は、華月の先導でドレンの鍛冶場に向かった。


 鍛冶場に入ると華月を一瞥したドレンが不機嫌そうに鼻を鳴らす。


「……何の用だ? あ?」


「用事があるのは俺じゃない。先輩だ」


「は?」


「久しいな、ドレン」


「あ……ユヅル、ハ……さん?」


 華月の後ろから弓弦葉が現れる。ドレンは思いがけない相手との再会に、言葉を詰まらせる。


「お前に――。アーズ流鍛冶師の頭領に依頼がある。受けてくれるか?」


「……相手がユヅルハさんでも、内容によるな。俺は――」


「『半端な仕事は受けないし、やらない』 だったな、ダーラス頭領の教え。


 依頼は、こいつらの手入れだ」


 弓弦葉は軽く笑うと、腰に佩いていた双刀を鞘ごと引き抜き、ドレンの前に差し出す。


「……そいつぁ、『智華ともか』と『琉獅華りゅしか』か……。


 ちっ……。断るわけにゃ、いかねぇな。


 ああ、受けた。引き受けた」


 後ろ頭を掻きながら、面倒臭そうに言った。


「お前らも久しぶりだな。俺を斬ってくれんなよ」


 ドレンは双刀に語りかけると、両手でそれぞれの鯉口を切り、鍔に指を引っ掛けて鞘を床に落とす。


 カラカラと乾いた音を立てて鞘が転がる。


「鞘は作り直しだな。音が歪んでやがる。


 ちゃんと血糊とか処理してから戻してなかったな?」


「……時々、な」


「この手の鞘は一品物だって知ってたろ?」


「そう言われると返す言葉がないな」


 弓弦葉の顔が少し硬くなる。


「まぁ、どの道寿命も近いから、作り直すつもりだったけどよ。ケイスラー材は火入れから百年ぐらいで砕け始める。表面は上薬で誤魔化しても、中はどうしようもねぇ」


 説明しながら刀をくるんと器用に取り回し、半回転。素手で刀身を掴む。普通なら両手に裂傷を負う所だが、ドレンは傷一つ負っていない。


 床と水平にし、切り刃を見る。


「大きな欠けや綻び、歪もパッと見はねぇな。不朽金属製の武具とやりあったりは?」


「希少金属製の武具は両断したりした。不朽金属製のものは無いな」


「……何を切ったんだ?」


「聖剣ライト・オブ・セントリー」


「……因縁のアレか。ま、あの程度のモンに親父の打ったこいつ等が負ける訳はねぇか」


 そのまましばらく刀身を点検する。


「よろしく頼む。俺には消耗部品の交換も出来ないからな」


「ああ。迂闊に弄りやがったら、むしろ許さねぇぞ」


 今度はテーブルに置いて両方の目釘を抜くと、刀身と柄を分離し、それぞれ点検を始めた。


「最長で一週間だ。それまで好きにしててくれ」


「解った」


「それと、小僧。しばらくここに来るんじゃねぇぞ」


「は? それは――」


「数日後からしばらく、ヴィシュルは極限の集中を余儀なくされんだよ。邪魔すんじゃねぇって言ってんだ。


 ついでにフィーリアスの野郎にロッキンの皮と四号デルラン糸の一メートル六十本束を俺の名前で頼んどけ。こいつ等の取り敢えずの交換品だ。柄がイカレかけてんだよ」


 華月の方を一切見ずに、言い放つ。


「解った。依頼するだけでいいんだな?」


「ああ。そろそろ定期の物品交換時期だからな。その時に纏めてやりとりする。


 ユヅルハさん、支払いは?」


「金か宝石でいいか?」


「そっちの方が有り難い。下手な通貨なんざ出されても困るからな」


「先輩、この後どうします? 俺はセフィールの方に行きますけど」


「同行しよう。俺の用事はこれだけだからな。


 邪魔したな、ドレン」


 二人がドレンの鍛冶場から出ると、出入り口の脇で佇んでいたヴァーナティスが顔を向ける。


「用事は済みましたか?」


「ああ。次に行く」


 三人は来た道を引き返し、今度はセフィールの大樹へと向かった。






 さらさらと注文を書き留めると、フィーリアスは華月に微笑みかける。


「はい、確かに承りました。こちらの品はドレン頭領に渡しておきますね」


「宜しくお願いします。


 あ、ところでリフェルアは?」


「……あの子は、ちょっと手が離せない状態でして。何か御用ですか?」


「あ、その……これを――」


 華月はポーチから精霊石を六つ、取り出した。


「ああ、精霊石ですか。


 私でよろしければ、預かりますが?」


「お願いします」


「はい。こちらも確かに預かりました。


 さて。と、すると……残りは闇黒竜の飛翼の一部ですね」


「え!? これで最後じゃないんですか?」


 華月が聞き返すと、フィーリアスは首を傾げる。


「おや? 聞いていませんか……。


 儀礼正装の外套は、主の飛翼の一部を加工して作るのです」


「……ヴェルラの翼を斬って来いと?」


「そうですね」


 さらり。と、フィーリアスが軽い口調でエライ事を言った。


「まぁ、ドラゴンの飛翼を斬れる刃物が手元にあれば。ですがね。こればっかりは自分の武器が仕上がるのを待つしかないのが普通ですが。


 いくら自分の騎士の為とは言え、他の者に翼を斬られるのは竜種の自尊心が許しませんしね。ヴィシュルちゃんがしっかり武器を創り上げてから、アルヴェルラ陛下にお願いしてください」


 いつもの笑顔で締めくくる。


「解りました。その日まで武器の練習をもっとしておきます」


「そうしてください。巧く斬れば、そんなに痛くないらしいですから」


 そういう問題ではない気がして仕方なかった華月だったが、突っ込んでもフィーリアスには簡単に返されてしまうだろうという事が手に取る様に解るので、何も言わなかった。


「それじゃぁ、これで失礼します」


「はい。後の事は任せてください」


 笑顔でひらひらと手を振るフィーリアスに一礼し、華月は退室。


「あのっ、お帰りになるなら出口までご案内させていただきます!」


「ん?」


 華月の脇に、一人のエルフが居た。


「えっと、君は……」


「申し遅れました、フィーリアス=ラ=セフィールが子、リフィル=セフィールです。


 この間はありがとうございました!」


 良く見ればそのエルフはフィーリアス、リフェルアに似ていた。


「フィーリアスさんの子……リフェルアとは――」


「姉弟です。リフェルアは姉、僕は弟になります」


 やけに華月に向ける視線が、眼が輝いている。


 華月は記憶を浚って、どこかで会ったかを思い出そうとしていた。


(……あ、D・ウルフに追われてた一団に居たっけ)


「そうか。それじゃ、悪いけど出口まで連れてってくれるかな」


「はい!」


(……。ってことは、これは尊敬とか憧憬とか、その手の眼差しってことか……。居心地が悪いな)


 そんな眼で見られた経験が無い華月は、リフィルの眼差しが物凄くむず痒く、いたたまれない気分になる。


 リフィルに先導を任せ、華月はその後をついていく。


 弓弦葉とヴァーナティスはセフィールの大樹の外で休憩している。もしかすると昼寝しているかもしれない。




 ゆったり吹き抜けるそよ風を浴びながら、木陰で幹に体重を預け、弓弦葉が座り込んで眼を閉じている。


(こうしていると、あの頃を思い出すな)


 脳裏に過るのは、ある少女達の笑顔。凛々しく澄ました笑顔の金髪の少女、人懐っこく笑う黒髪の少女、何か企む人の悪い笑いを浮かべる茶髪の少女、自信に溢れ、他者を魅了する笑顔の銀髪の少女。


 いずれも、もう観る事の叶わない情景。今生きていると言えるのは、たった一人。


 それらを乗り越え、弓弦葉は今、此処に居る。


 眼を開き、周りを見直す。


 深い緑が茂り、生命に充ち満ちている。あらゆる意味で均整のとれた自然環境を残す闇黒竜族の国。


 普段、自分が動きまわる土地とはまさに天地の差がある。


「何を思想に耽っているのですか?」


「いや、大した事じゃない。


 ――此処は、素晴らしい。そう思っていただけだ」


「左様ですか。


 一つ、不躾な質問をしてもよろしいでしょうか」


「内容に依るな。


 聞こう、言ってみてくれ」


 ヴァーナティスが思考の読めない顔で弓弦葉に問う。


「貴方は、本当に『あの』《紅蒼刀》――万人殺しのユヅルハなのですか?」


「……。


 古い、呼び名だな」


 弓弦葉の顔が少し渋くなる。


「ああ、確かに俺は、万人殺しのユヅルハ。魔将軍《紅蒼刀》、常盤 弓弦葉だ。


 復讐心に駆り立てられ、破壊を振り撒く闘争に明け暮れ、無関係の人間を殺し続けた、愚かな魔族の成れの果てだ。既にあらゆる毒気が抜けた、力だけが残った抜け殻だ」


 自虐的な台詞が連なる。


「……。最早、『あの』ユヅルハは居ないという事ですか」


「ああ、居ない。今回の魔王には借りがあるから、働いているだけだ。こんな使い走りみたいな事だがな」


「それを聞いて安心しました。


 貴方が素晴らしいと言った此処が、戦火に巻かれる事は無いでしょうから」


「魔王も無闇に総てを破壊するつもりは無いらしいからな。人類種を始末できればいいらしい」


 何かを感じ取ったらしい弓弦葉が立ち上がる。


「さて、お喋りはここまでだ。華月が帰ってきた」


 出入り口からリフィルに連れられた華月が出てきた。


「お待たせしました」


「いいや、久しぶりにこれだけの自然を感じられた。もう少し長引いていても構わないくらいだ」


「そうですか。


 リフィル、ありがとう。リフェルアによろしく言っておいてくれ」


「はい! それじゃ失礼します」


 リフィルはぺこりと一礼すると大樹の中へ戻って行った。


「これで用事も一段落したんですけど――」


「そうか。


 ……華月はこれからどうするんだ?」


「ノーブル・ダルクに戻って、魔法か剣の練習でもと思ってたんですけど」


「剣の練習なら付き合ってやるぞ。今でこそ二刀流だが、一刀のみの時期もそれなりに長かったからな、お前に合わせてやれる」


 思いもよらない弓弦葉の提案。華月は一瞬躊躇ったが、頼む事にする。


「それじゃ、お願いします」


「ああ。初めは手加減してやる」


「ならば、私は審判と、防御壁を担当しましょう。全力で殺り合ってくださって構いませんよ」


 女皇付侍従の特徴なのだろうか。所々意味が違っている台詞を吐くのは。


「それじゃ、戻りましょうか」


 華月の一言で三名はノーブル・ダルクまで引き返した。




 毎度毎度クレーター状に凹まされたり砕かれたりと散々な扱いをうけている修練場が完璧に修復されていた。


 それどころか、石造りの舞台まで作られており、スケールアップしていた。


「総纒役も奮発しましたね。ここでは産出量の少ないアルテーセ石の岩塊をこんなに使うとは」


 舞台上に跳躍一回で降り立ったヴァーナティスは、右足で舞台を蹴る。硬質な石材らしく、カツンカツンと密度の高い何かを蹴る音が反響する。


「……ふむ、一級品ですね。


 さて、魔法付与は――」


 広げられたヴァーナティスの両手から魔力が放たれると、石造りの舞台が発光し出した。


「――成程。概ね把握しました。


 いつでも始められるようです。始めるなら、位置についてください」


 華月と弓弦葉は視線で合図を交わすと、舞台に登り対峙した。


「今、武器が無いから、先ずは素手でいいか?」


「ええ、そうしましょう」


「では、物理防御力場を展開します。次いで魔力防御力場を展開します。


 ……これで好きに暴れてくれて構いません」


 ヴァーナティスの言葉に、華月と弓弦葉は頷き、構え、両者同時に駆け出した。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ