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知らぬが仏と課題開始



 またもひた走ってドワーフの住処であるとある死火山の麓に居た。


「……ここが、入り口なのか?」


 華月の目の前には、ヒュコォォ。と、不気味な空気の流れる音を立てる洞穴があった。


「確か、罠が仕掛けられてるんだったな」


 探知能力や察知能力を全開にして、華月は一歩を踏み出した。


「……え?」


 バコン。と、軽快な音と共に足元が消失した。


「初っ端から落とし穴かよっ!?」


 華月の体が自由落下を始める。


「くっそ! 何所にも届かねぇ!!」


 華月が落ちていく穴は五メートル四方の正方形をしていた。どこにも手も足も届かないし捕まれない。


 自由落下の時間はそう長くないはずだ。ならば、華月が取る手段はそう多くない。


(流身系、纏身系の同時使用!)


 肉体の内外を魔力が奔り、包み込む。


 夜目を最大限に使用し、底を見通す。


(保ってくれよ!)


 体勢を変え、見えた底にぶつかる前に両足で着地する。


 底から更に下にいってしまうような衝撃に耐え、華月の両足はそこに在った。しっかり底をぶち抜く感じに脛の半ばまで埋まっているが。


「し、死なずに済んだ……」


 へたり込んで、ほっと一息。


 しかしまさか、最初の一歩目から落とし穴に嵌るとは思ってもいなかった。しかもその落とし穴が深い事。


「リフェルアのヤツ……何が『入り口に隠されてる梯子を使えば直ぐ』だよ……」


「おい、そこの! 動くんじゃねぇぞ!!」


「動かないで!!」


 華月は、周辺から合計10対の眼に取り囲まれていた。


「……こちらはダークネス・ドラゴンの竜騎士見習い、瀬木 華月だ。フェリシアの代理でヴィシュル=アーズへ荷物を届けにきた」


「え? カヅキさんですか!?」


 夜目の利いている華月は、声の方に顔を向ける。そこには、大きな金鎚――仕事道具でも在るヴィシュルの戦鎚――を構えたヴィシュル本人が立っていた。


「よぉ。頼まれてた薬草二種、水と樹液を持ってきたよ」


 埋まっていた足を引っこ抜き、ヴィシュルの方へ歩くと――。


「動くなっつってんだろ!」


 戦鎚が振り下ろされた。


 華月は何の苦も無く、それを片手で受け止める。


「今回は、貴方に用は無いんだ。


 ヴィシュル。動くなって事らしいから、こっちに来てくれるか?」


「あ、はい」


 寄ってきたヴィシュルに、収納布を渡し、水と樹液は取り出してもらった。四枚だけ収納布を返してもらう。


「これで用は済んだな。帰り道を教えてくれるか?」


「あ、えっと……。


 頭領、いい加減にしてください。カヅキさんは私の『お客さん』です!」


「……ちっ」


「みんなも、お騒がせしました。仕事に戻ってください」


 周囲を取り囲んでいたドワーフたちが散っていく。ドレンも華月に一瞥くれて去っていった。


「物々しい歓迎になっちゃってご免なさい」


「いや、別に構わないけどさ」


「ちょっと一緒に来てもらえますか? カヅキさんが居ないと困ることがあるんです」


「解った」


 ヴィシュルの後に続いてドワーフの住処の奥へと進んでいく。


 上がったり下がったりしながら目的地に着いた。


 そこはこじんまりした鍛冶場だった。


「ここは?」


「私個人の鍛冶場です。中級鍛冶師になると自分で鍛冶場を構えるんです。


 それで、ですね……」


 ヴィシュルは圧縮容器をテーブルに置くと、金床の上に置いてあったものを華月に差し出す。それは銀一色の剣だった。


「刀身と握りだけですけど、頼まれていた形の試作品です。バランスは取ってありますけど、ちょっと実際に持って振ってもらえますか?」


「ああ、成る程ね」


 握りを掴み、持ち上げ、二、三回振ってみる。特に違和感も無く、実にスムーズに振れる。


「……」


「どうですか?」


「悪くないんじゃないかな? 本格的な武器を持ったのは初めてだけど、特に扱いづらいとか、そういう感じはしないな」


 華月がそれなりの速度で振り抜くと、小気味いい風切り音がした。


「うん。あの形だけのヤツより断然いい」

「良かった。形状の作りこみは成功ですね。じゃぁ、残りの部品も付けちゃいますね」


 華月から試作品を返されると、ヴィシュルはぱぱっと準備してあったナックルガードとグリップを取り付け、塚尻に留め具を付けると鞘に収めて華月にもう一度、差し出す。


「これは、現段階で私が扱える最硬度の金属で出来ています。ですが、とても竜や竜騎士の全力に耐えられる代物じゃありません。言わば間に合わせの急造品です。


 必ず、私が、カヅキさんの為だけの剣を作りますから、それまで待っていてください」

 確固たる決意を秘めた真っ直ぐな目をするヴィシュルに、華月は真摯に答えた。


「ああ、待ってる。俺も、それまでには一人前の竜騎士に成ってやる。ヴィシュルが作る剣、リフェルアが作る儀礼正装に恥じない騎士に」


「じゃぁ、約束です」


「ああ。約束だ」


 ヴィシュルが華月の右手を取る。華月もそれに答える。


「にしても、良く短い時間でこれを準備できたな?」


「あ、私、他の人より打つのだけは早いんです。他の人の……約三倍ですね。細く見えますけど、結構力持ちなんですよ」


 力瘤を作って笑うヴィシュル。小さい体躯と性別に似合わない、素晴らしい筋肉だ。


「人間のままだったら、ヴィシュルに殴られただけで死ねたかもしれないな」


「カヅキさんが細いんですよ」


 それは否定できない。華月のほうが身長が高いが、明らかに細身だ。


「竜騎士は体型がそんなに変わらないらしいからなぁ。もうちょっと筋肉質なほうが見栄えたんだろうけど」


「まぁ、そんな見かけでも私より膂力がありますからね。さすが竜騎士ですよ。普通、あの入り口の上から落ちたらドワーフだって大怪我するんですから」


 笑っているヴィシュルが気になることを言った。


「ちょっと待った。


 俺が落ちたのは、落とし穴じゃないのか?」


「え? 梯子から手を滑らせたんじゃないんですか? あれがここへの直通路ですよ。リフェルアさんに教わったから使ったと思ってたんですけど」


「いや、聞いてた。それを探そうと一歩踏み出したら、突然口が開いて落ちたんだ」


「……もしかして、ギアが壊れた? ……カヅキさん、手伝ってください!」


「え? あ、ああ!」


 ヴィシュルが道具箱を抱えて走り出した。華月も剣を左の腰のベルトに通してヴィシュルの後を追う。


 来た道を戻り、今度は梯子を使って上まで一気に登り上がる。


 すると、蓋が開きっぱなしになっていた。


「あ~、やっぱり……ギアが一個壊れてる……。だから蓋は円形にしようって言ったのに……。後で作り直さないと。


 カヅキさん、この蓋をこの位置で固定しててくれます?」


「解った」


 ヴィシュルに言われた角度で蓋を保持する。ヴィシュルは命綱を結んでから穴に半身を乗り出してギアの交換修理をし始めた。


 ものの五分程度で修理は終わった。


「済みませんでした。ここ、壊れてたみたいです」


「だから俺は落ちたのか」


「はい。二枚の扉で、本当は片方が上に上がって、片方が下に下がるんですけど、跳ね上げるためのギアが一個砕けてたみたいで。不朽金属で作ればいいのに、頭領が手抜きするから……。


 ともあれ、これでしばらくは大丈夫です」


「そっか。じゃぁ、届けるものも渡したし、受け取るものも受け取った。今日のところはこれで引き上げるよ」


「はい。次に剣を渡すときは吃驚させてみせますね」


「楽しみにしてる」


 華月はヴィシュルに別れを告げると、来た時同様に走り去った。


 それを見送ったヴィシュルは、生暖かい眼で遠くを見ながら呟いた。


「……まさか、カヅキさん走ってきたの? ノーブル・ダルクの近くにこことセフィールの所への直通の転移門があるのに……」


 知らぬが仏という内容だった。





 翌日、華月はアルヴェルラの執務室に居た。


 アルヴェルラは仕事の真っ最中だったらしく、資料を見ながら書類に何やら書き込んでいた。


「それで、直接私のところへ来るなんて、どうした?」


「精霊石はどうやって集めればいいか教えてほしいんだ」


 華月の言葉でアルヴェルラは書類を書くのを止め、顔を上げる。


「精霊石か。リフェルアに持ってくるように言われたのか?」


「今すぐって感じじゃないけど、必要になるんだろ?」


「そうだな。先達たちにも六属性の精霊石を集めるよう言われているしな。魔法の使えるカヅキの竜騎士細工の宝飾には必須の素材だ」


 カチッ。と、軽い音を立て、アルヴェルラは手にしていた羽ペンをペン立てに収める。


「精霊石がどういうものかは知識と、リフェルアから聞いているだろうから説明は省く。


 そして、カヅキに望むのは上級精霊からの精霊石の取得だ。今までの訓練などとは勝手が違うだろう。おそらくお前でも苦戦する」


「望むところ。って、粋がっておくよ。で、どうすればいい?」


「テレジア」


 パンッ。と、アルヴェルラが手を打ち鳴らすと、扉の影からテレジアが姿を見せる。


「はい、陛下。


 では、カヅキ。覚悟してください」


 テレジアは華月に軽い足取りで近づくと、首を掴む。


「な、何すん――」


「逝ってきなさい」


 テレジアは華月の足を払い、体が浮いたところで一歩踏み出し、窓の外へアンダースローで投げる。時速200Km/hほどの速度でかっ飛んでいった


「方角、角度、良し。速度も十分。目標地点は水精の湖」


「後はロミニアに任せよう。精霊のことは精霊に任せるのが一番だ。テレジア、ついでに茶を一杯頼む」


「はい、陛下」


 テレジアは言われたとおり茶の準備を始めた。





 水精の湖は今日も静かに水面を光らせていた。


 そこへ――。


「ぉぉぉぉぉおおおおおおお!?」


 入射角度50°、速度160Km/h。ド派手な着水音と同時に湖面に見事な水柱が立った。


「ぶぁっ!? な、何なんだよ!!」


「あらぁ? お客さんかしら?」


 華月の身体に水が纏わりつく。華月には覚えがある。これは水精霊の仕業だ。


「ろ、ロミニアさんか?」


「あらあら、こんにちは。アルちゃんの竜騎士の……アヅキくん?」


 華月の目の前で水が女性の形を取っていく。前回より精巧に、緻密に。


「華月です!」


「そうそう、カヅキくんだったわね。


 一人でここに何しに来たのかしら?」


 纏わりつく水の感じが変わる。答え一つで致命的な事になりそうだ。


「上級精霊たちから精霊石を譲り受けたい。ついてはその方法を教授していただきたく」


「そんな畏まって話さなくていいわよ? 私はそんなに凄い精霊でもないし?」


「あ、はぁ……」


 ロミニアは華月を持ち上げると、陸へと降ろす。


「タメ口でいいわよ。古い精霊はその辺に拘るのが多いけど、私は畏まられるのは嫌いなのよ。


 で、精霊石だったわね。上級精霊じゃないとダメなの?」


「ヴェルラからは上級精霊から精霊石を享けてこいと言われて」


「随分難しい事を要求するわね~、あの子は」


 ロミニアは呆れているのか、体の輪郭が少し甘くなった。


「俺がここに放り込まれたってことは、先ずは水の上級精霊から精霊石を譲ってもらってこいって事だと思うんだけど。水の上級精霊はどこに?」


「ん~……、仕方ないわねぇ。上級精霊は俗世に現れるのを嫌うのよ。位相をズラした特異空間――闇黒竜族の墓所の石版の中みたいなところに引き篭もってるの。


 だから、ちょっと体を置いていってもらうわ」


「え――?」


 次の瞬間、華月の意識はロミニアによって引き抜かれ、此処ではない何処かへ誘われた。





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