水と火と土の上級精霊
虹色の空間。
巡り廻る色彩が落ち着きなく、一瞬一瞬で全ての配色が変化していく。
「な、何だここ……」
「一枚の空間という壁を越えた先の空間。多分アルちゃんもきたことないわよ」
華月の意識が横に居る何かを認識した。人の形をしたそれは、ドラゴンたちとはまた違った美を持っていた。
「あ……すげぇ美人だ」
「あら、嬉しいことを言ってくれるわね」
華月の意識が何かに包まれる。この感覚には覚えがある。これは――。
「ろ、ロミニアさん……?」
「そうよ? ああ、あの仮の器じゃここまではっきりと形を取らなかったわね。
さて、同朋・ミルドリィス」
「……騒がしいな。私は静かな平穏が好きなんだ」
華月の前にもう一つ、ロミニアと同じような気配を持ち、それ以上の存在感を持ったモノが現れた。だが、華月の意識が認識したそれの姿は、まるで少女のような大きさだった。
「ほら、カヅキくん? お目当ての水の上級精霊よ」
「お目通り願えて光栄です。私はダークネス・ドラゴンがアルヴェルラ=ダ=ダルクの竜騎士見習い、瀬木 華月と申します」
「ふん? 一応の礼儀は弁えてるな、坊。ヴェルラ嬢の竜騎士見習いといったか? 我が名はミルドリィス。
して、何用だ? わざわざロミニアがこっちに連れてくるほど重要な用件か?」
「一人前の竜騎士となる為、上級精霊から精霊石を譲り享けてくる様、主より申し付かっています。つきましては、ミルドリィス様よりご享受願えれば、と」
「……ふん。ロミニア?」
「私で間に合うんなら、私はあげちゃうわよ」
「……運が良いな、坊。私、水の上級精霊・ミルドリィスはお前を試さない。無条件で精霊石をやろう」
華月の意識体をロミニアと少し違うものが包む。
「享け取れ、これが精霊石だ。向こうに戻れば石となる」
華月の意識体に何かが浸透してくる。物凄い圧力と勢いで。
「抗うな、享け入れろ。我が一部だ。お前を濾過器とし、結晶化する。それがお前だけの精霊石となる」
自分の裡へと入り込んでくるミルドリィスの一部。アルヴェルラの血を享けた時とは違った異物感が全身から隈なく感じられる。それもやけに冷たく、透徹していく。
それが末端から中を進んで、自分の鳩尾あたりに集中していくのも解る。
だが、華月は苦悶の声を上げようとしなかった。
「ふん、竜血を享ける事に比べれば大した事でも無いか。一つも喚かないとは」
「……こちらから無理を言ってお願いしたこと、です。
それに、力を分けてくれる方の一部を、苦悶の声で迎えては失礼でしょう。もう、そのような礼を欠く行為を、私はしないと決めているのです」
「……なんだか無性に虐めたくなるな」
「あら、ミルドリィス? 意地悪しちゃ駄目よ?」
「解っている。コレはヴェルラ嬢のモノだろう? 私が手を出すのはここまでだ」
華月の鳩尾で、ミルドリィスの一部が凝結する。
「精製を経た。水の精霊石、確かに与えたぞ」
「感謝します」
華月から意識を逸らし、冷たく告げる。
「用が済んだらさっさと去れ。ロミニア」
「はいは~い。カヅキくん、帰るわよ~」
「いずれ、改めてお礼に――」
「来なくていい。我が一部は常にお前と共に在る。わざわざ来る必要は無い」
ミルドリィスが明後日の方を見たまま、華月たちに向かって腕を振る。巻き起こった圧力に押され、華月とロミニアは現実に吹き飛ばされた。
湖畔で目を覚ました華月は、戻って早々に咳き込んでいた。
「ゲホッ!」
すると、親指の爪程度の大きさの蒼い結晶体が出てきた。
「こ、これ……?」
「それが精霊石よ。
やっぱりミルドリィスの精霊石は鮮やかに蒼いわね~。私のはちょっと濁るのよねぇ」
「う……そ、そうですか……」
華月は湖の水で精霊石を洗ってから収納布に収め、ポーチに仕舞う。
「あの、他の精霊にはどうすれば会えますか?」
「他って、水以外の五属性の精霊?」
「はい」
「そうねぇ……火と土の精霊はドワーフの洞窟の最下層でなら顕現してくれるし、樹の精霊はセフィールの中でなら顕現してくれるはずよ。光と闇の精霊は……ちょっと変わってるから、私には教えられないわ」
ちょっと変わっているという一言が気になったが、あえて追求せず、次の目標へ向かう事にする。次は――。
「解りました。次はドワーフの洞窟へ向かいます」
「そう? じゃぁ、そこの転移門を使うと早いわよ~。ノーブル・ダルクの近くに設えてある転移門に繋がっていて、そこからは――」
「もしかして、ドワーフやエルフの所に一瞬だったり?」
「そうよ? あら、知らなかった?」
「……はい」
ちょっとだけ、涙が滲みそうになった華月だった。
転移門の使い方も教えてもらい、華月は昨日も訪れたドワーフの洞窟を歩いていた。
(とは言え、ヒカリゴケっぽいコレがあるから歩けるんだよなぁ)
さすがに華月の眼は光源が無ければ何も見えない。完全な闇の中で動けるほどの万能性は有していない。
(え~っと、昨日の道だとそろそろヴィシュルの鍛冶場に着くはず……)
「だーっ!! 上手くいかない!」
やけくそに金属を叩いているような音と、絶叫が響いてきた。声はヴィシュルのもののようだった。
「第一段階の抽出に間違いは無い……第二段階の粗精製も大丈夫……最終段階の錬成に失敗があるっていうの……?」
一際大きく金属を打ち鳴らす音、そして床に幾つもの金属が落ちる音が聞こえる。どうやら鍛錬中の金属を叩き砕いたようだ。
華月は気にせず鍛冶場に入る。
「ヴィシュル、ちょっといいか?」
「うぇっ!? か、カヅキさん?
……っ! あ、きっ、聞こえ、ました?」
引き攣った笑顔でさっきの独り言などが聞こえたのか確認するヴィシュル。確かにアレを誰かに聞かれれば恥ずかしいだろう。
「まぁ、聞かなかった事にする。
それで、忙しそうにしているところ、勝手な頼みで悪いんだが……」
「どうしたんですか?」
「火と土の精霊に会いたいんだ。最下層のどこに行けばいいのか教えてくれないか?」
「その格好で、ですか?」
「ああ。全身ずぶ濡れなのはさっきまで水の上級精霊に会ってたからだ。上級精霊から精霊石を享けてこいって主の指示でな」
「もしかして、あの湖に投げ込まれたんですか?」
「よく解るな。その通りだ」
尤も、二人の認識には大きなズレがある。華月は大遠投され、湖に叩き込まれた。だが、ヴィシュルは湖の近くから普通に投げ込まれたと思っている。この違いは大きい。
「それで、ここに来たという事は、水の精霊石は享けられたんですね?」
「ああ。次は火と土の上級精霊にから精霊石を享けようと思ってな」
「……案内するのは構いませんよ。丁度、上手く行かなくて腐っていたところですし、気分転換がてらにそれぞれの精霊の顕現所にお連れします」
ことり。と、小さい金槌(相槌)を置いて立ち上がって伸びをするヴィシュル。
「じゃ、地下十五階層のここから、最下層の地下三十六層まで降りましょう」
「随分下にあるんじゃないか?」
「大丈夫です。十階層毎に直通の縦穴が隠されているんですよ」
出入り口と同じようなものらしい。外部からの侵入者除けのために隠されて作られているという話だ。通路を歩きながらヴィシュルが教えてくれる。
「そもそも、この鍛冶場とか生活空間自体が隠し部屋なんですけどね。普通に入ると迷宮構造ですから」
外敵が入り込む事はほぼ無い闇黒竜族の治めるドラグ・ダルクだが、この地に移り住んだアーズ一族とセフィール一族はあえて住処にこういった構造を付帯した。
「まぁ、住処を追われたが故の防衛策と思ってください。
さ、一気に降りていきますよ」
行き止まりだと思った岩肌をヴィシュルが押すと、滑らかに壁が動き、下へ降りる縦穴が現れた。
「螺旋階段か」
「出入り口と同じに作ると、この中では面倒ですから」
そして先ず五階層分降り、また少し移動して十階層分降る。同じくしてドン詰まりまで降る。
「最下層、第三十六階層です」
「……熱いな……」
「溶岩流がすぐ傍を流れてますからね。だからこそ、火の精霊と土の精霊が同時に顕現できる場所があるわけですよ。
あ、溶岩流には落ちないでくださいね。回収できませんから」
「き、気を付けるよ」
そんな事を言っていると、溶岩流の脇を通る道に出た。
「ぐ……、あ、アツっ!」
「大げさですよぉ、このくらいで~」
汗がにじみ始めた華月に対し、余裕綽々のヴィシュル。この時、摂氏55℃だった。
「まぁ、少し我慢してくださいね」
「ん~……? ああ、大丈夫だ。もう慣れた」
「へっ!? あ、竜騎士の適応能力……。に、しても、ちょっと早すぎません?」
「まぁ、深く気にしちゃダメだな」
溶岩流の脇を通り抜け、更に一段下がる。そこは大きな熔岩溜があり、中心の小島に一本橋が掛かっているような凄まじい場所だった。
「あの中心部が火と土の精霊が顕現できる場所です。ただ、出てきてくれるかは保証できませんが」
「まぁ、なるようになるだろ」
華月は軽い足取りで一本橋を渡っていく。ほんの数十㎝下で、溶岩が煮えたぎりボコボコと音を立てているにも拘らず。
そして中心部に辿りつく。
知覚域を展開し、近くに何かの存在が無いか探りを入れる。
(魔力を持ってはいるだろうけど、それよりも精霊は存在を感じた方が早い)
二度に渡りロミニアに接し、上級精霊であるミルドリィスの一部を享け入れたからこそ真に理解した、精霊の本質。
精霊とは、物質の器を持たず、存在のそのものをこの世界に固定している、一種の高次生命。他の種族が昇華し、次の段階へ移った時の姿だ。この世界を創り上げた神は、そんな先の事まで見通して生命を創り上げたらしい。
(俺の頭の知識と、体感と、想像力が合っているなら、応えてくれるだろ?
俺は求める! 火と、土の精霊よ!!)
知覚域内だけで響く華月の呼び掛け。
大きくはないが、芯が在る真摯な叫びは、確かに何かに届いた。
溶岩から立ち昇る熱気が密度を増し、陽炎となり、次第に紅い人影となった。
華月の傍らの地面が隆起し、人型に固まっていく。
精霊の顕現の瞬間だ。
「火の精霊、ヴェルセア。顕参」
「土の精霊、ガトレア。此処に在り」
やはり女性型だった二体の精霊は、名乗りを上げる。
「「我等に何用か?」」
「お初にお目に掛かります。私は瀬木 華月と申す、ダークネス・ドラゴンが女皇、アルヴェルラ=ダ=ダルクが竜騎士見習いです。主の命により、上級精霊の方々より精霊石を享ける様にと申し付かっています。
どうか、火と土の上級精霊にお目通り願えないでしょうか?」
深く一礼し、華月はただ願った。
「「……」」
それに対し、ヴェルセアとガトレアは互いに顔を見合わせ、何か悩んでいるようだった。
「カヅキと言ったな、幾つか聞こう。我等の前にどの精霊に会った?」
「は、水の精霊、ロミニアとミルドリィスに」
「……精霊石はミルドリィスからか?」
「は」
華月がそこまで答えると、ヴェルゼア、ガトレアは互いに顔(?)を見合わせる。
「そうか。だから我等が呼び出されたのだな」
「ミルドリィスの仕業か。味な真似をしてくれる」
「……?」
華月が首を傾げたくなったとき、脇から声が聞こえてきた。
「カヅキさん、この精霊たちは中級じゃなくて上級の火精霊と土精霊ですよ」
「え?」
「存在の輝きが違います。本当なら上級の精霊はこっちには顕現しないのに」
何時の間にか華月の横にヴィシュルが居た。
「やれやれ、ロミニアに甘いのは相変わらずか」
「仕方ない。呼ばれてしまった以上、我等が試すしかない」
「「竜騎士見習い、我等の力を享けられるか、その身で示せ」」
精霊たちが言うが早いか、華月の両足が盛り上がった地面に呑まれる。
次は、溶岩から高熱だけが抜け出し、その熱が華月を包み込んだ。
次第に足から下半身、腹部と、熱と土・岩が競り上がってくる。
「そのまま放置すれば、お前は溶岩が一部となるぞ」
「さぁ、我等の力、見事享けてみせろ」
しかし、華月は反応せず、そのまま頭まで呑み込まれてしまった。
「カッ!? カヅキさん!!」
「……無理だったか」
「仕方な――」
ガトレアが諦めの言葉を吐こうとしたとき、人型になった土と熱気の塊が、音も無く崩れ、先ほどと寸分違わぬ華月が居た。
「……ゲホッ!」
一度咳き込むと、紅と黄金の精霊石を自分の掌に吐き出した。
「御二方の力、確かに享け取りました」
「「我等、常に汝と供に」」
ヴェルゼアとガトレアは顕現を解き、元の空間へ戻ったようだ。現身が崩れる。
「……ふぅ、これで半分か……。
ヴィシュル、案内有難うな」
「い、一瞬死んだのかと思いましたよ……」
「竜騎士はある意味不死だろ? 精霊の力を享けるには、全身から取り込むのが一番みたいだったから、覆われるのを待ったんだ。
無事、目標の半分を達成できた。後半分だ」
華月は手にした二つの精霊石を仕舞い、ついでのようにヴィシュルに尋ねた。
「ところで、ヴェネディクト鉱石ってここで手に入る物だったりする?」




