ピンク髪の女
ヴィオレッタが王子に色々言われてしまいます
「本当に、何のお話をなさっているのか分からないのですけれど」
ヴィオレッタがそう答えると、レオンハルトの眉がぴくりと動いた。
「まだとぼけるつもりか?」
「とぼけてなどおりません。ですから、具体的に何をしたとおっしゃっているのです?」
「ロザリアに聞けば分かる」
「本人がいらっしゃるのですから、その方が早いですわね」
ヴィオレッタはレオンハルトの後ろにいるロザリアへ視線を向けた。
「ロザリアさん」
「は、はい……」
「わたくしがあなたに何をしたというのですか?」
「…………」
ロザリアは答えない。
「言ってくださらなければ分かりませんわ」
「ヴィオレッタ!」
レオンハルトが間に入った。
「その威圧的な態度をやめろ!」
「威圧?」
ヴィオレッタは思わず自分の姿を確認した。
腕を組んでもいない。
睨んでもいない。
声を荒らげた覚えもない。
質問しただけだ。
「普通に尋ねただけなのですけれど」
「お前には普通でも、ロザリアは怖がっている」
「でしたら、もっと優しく尋ねればよろしいのですか?」
ヴィオレッタは少し考える。
そして表情を和らげた。
「ロザリアさん。わたくしが何をしてしまったのか、教えていただける?」
「…………」
「これでよろしいでしょうか?」
「そういう問題ではない!」
では、どういう問題なのだろう。
本当に分からない。
「殿下。わたくしは話し合おうとしております」
「話し合い?」
「ええ。わたくしが彼女に何かしてしまったのでしたら、その内容を聞かなければ謝罪もできませんでしょう?」
「覚えてすらいないというのか?」
「ですから、何をです?」
会話が進まない。
ヴィオレッタは小さく息を吐いた。
すると――
「私が悪いんです!」
突然、ロザリアが声を上げた。
「ロザリア?」
「私が……殿下とお話ししたり、一緒にいるから……ヴィオレッタ様を不快にさせてしまったんです」
「…………」
ヴィオレッタはロザリアを見る。
「それで?」
「え?」
「それと、わたくしがあなたへ嫌がらせをしたというお話に、どのような関係がありますの?」
「そ、それは……」
「ヴィオレッタ!」
「殿下は少し黙っていていただけます?」
「なっ……」
先ほどからレオンハルトが口を挟むせいで、本人から何も聞けない。
「今はロザリアさんに尋ねております」
「俺に黙れと言うのか?」
「そう申し上げました、話が一向に進みません」
レオンハルトの顔が引きつった。
しかしヴィオレッタは気にせず、ロザリアを見る。
「わたくしがあなたへ嫌がらせをしたというのであれば、その内容を教えてくださいませ」
「……本のこと」
「本?」
「この前、廊下で……私が借りていた本を見て、怒りましたよね?」
「怒っておりません」
「でも、ページを折るなって……」
「学院の本なのですから当然なのではありませんか?」
「…………」
「それが嫌がらせなのですか?」
「それだけじゃありません……」
「では、他には?」
「廊下ですれ違った時に、私を睨みました」
「睨むような事はしておりません」
「私にはそう見えました!」
「そう言われましても……」
ヴィオレッタは困った。
目が合っただけではないだろうか。
「他には?」
「私が殿下とお話ししている時、怖い顔でこちらを見ていました」
「それは……」
覚えがある。
レオンハルトがロザリアの腰へ手を回していた時だ。
婚約者がいる男性が、学院で他の女性の腰を抱いている。
さすがにどうなのだろうと思って見ていた。
「殿下の行動を見ていただけですわ」
「俺?」
「ええ」
ヴィオレッタはレオンハルトを見る。
「婚約者の目の前で、他の女性の腰を抱いていらっしゃいましたので」
「ロザリアが転びそうになったから支えただけだ」
「その後もしばらく手を離していらっしゃいませんでしたけれど」
「…………」
「それに先日は、ロザリアさんの髪へ触れていらっしゃいましたわね」
「髪に葉がついていた」
「随分と長い時間をかけて取る葉ですこと」
「何が言いたい?」
「別に何も」
ヴィオレッタは肩を竦める。
「殿下がお好きになさることですから」
「だったら睨む必要もないだろう!」
「睨んではおりません」
また同じところへ戻ってきた。
もういい。
「お話はそれだけですか?」
「待て」
「まだ何か?」
「ロザリアに近づくな」
「…………」
ヴィオレッタは瞬きをした。
「最初からわたくしから近づいたことなどありませんけれど」
「ならば好都合だ。今後も関わるな」
「分かりました」
「それから――」
「まだありますの?」
「妹への態度も改めろ」
ヴィオレッタの表情が変わった。
「エレオノーラですか?なぜ妹が出てくるのですか?」
「ああ、あの子の交友関係も制限しているそうだな」
「誰から聞いたのです?」
「学院中で噂になっている」
「…………」
ヴィオレッタは額へ手を当てた。
何の話かと思えば。
「雨の日のことでしたら、濡れて帰ろうとしていたので止めただけですわ」
「本人が出かけたいと言っていたにもかかわらず?」
「先月同じような事をして風邪を引いたばかりでしたから」
「過保護にも程がある」
「妹を心配して何が悪いのです?」
「お前はそうやって、自分が正しいと思ったことを他人へ押しつける」
「…………」
「ロザリアにも。妹にも」
ヴィオレッタはしばらくレオンハルトを見つめた。
何を言っても無駄な気がしてきた。
「そうですか」
「なんだ、その態度は」
「殿下はすでに結論を出していらっしゃるのでしょう?」
「何?」
「わたくしの話を聞く気がないのでしたら、これ以上ここにいる意味はありませんわ」
ヴィオレッタは二人へ背を向ける。
「待て、ヴィオレッタ!」
「失礼いたします」
呼び止める声を無視して歩き出した。
腹が立っていないと言えば嘘になる。
しかし、それ以上に疲れた。
何を言っても信じてもらえない。
それなら話す意味もない。
ヴィオレッタの姿が見えなくなる。
「ロザリア、大丈夫か?」
「はい……」
レオンハルトが心配そうにロザリアを見る。
「怖かっただろう」
「そんな……ヴィオレッタ様は悪くありません」
「あんな女をまだ庇うのか?」
「だって……私が殿下と仲良くしているからいけないんです」
「いや、お前は何も悪くない」
「でも……」
「俺が必ず何とかする」
レオンハルトがロザリアの肩へ手を置く。
「だから安心しろ」
「殿下……」
ロザリアがレオンハルトを見上げる。
「ありがとうございます」
その目には涙が浮かんでいた。
レオンハルトにはそう見えた。
やがてレオンハルトが去る。
ロザリアは一人になった。
「…………」
周囲を確認する。
誰もいない。
すると――
「ふふっ」
先ほどまで怯えていた少女の顔から、表情が消え微笑んだ。
「あぁ、本当に簡単な事……」
ロザリアは自分の髪を指へ巻きつける。
ヴィオレッタが自分を睨んでいないことくらい、最初から分かっている。
本のことだってそうだ。
ただ注意されただけのこと。
それどころか、ヴィオレッタの言っていることの方が正しい。
学院の本を傷つけたのは自分なのだから。
「でも、正しいから何だっていうの?」
ロザリアは小さく笑った。
ヴィオレッタは何でも持っている。
公爵令嬢という身分。
美しい容姿。
学院上位の成績。
そして――
第一王子の婚約者という立場。
「あなただけ、ずるいのよ」
ロザリアは呟く。
「生まれただけで全部持ってるなんて」
レオンハルトと最初に話したのは偶然だった。
だが彼が自分に興味を持っていることには、すぐ気づいた。
なら利用してやればいい。
ヴィオレッタは強気だ。
言葉もはっきりしている。
間違っていると思えば相手が誰であろうと注意する。
だから――
少し言い方を変えるだけでいい。
『注意された』を、
『怒られた』に。
『見られた』を、
『睨まれた』に。
『妹を心配して止めた』を、
『妹の行動を支配している』に。
嘘を一から作る必要なんてない。
本当に起きたことへ、ほんの少し悪意を足してやればいい。
「みんな、勝手に信じてくれるもの」
ロザリアは笑った。
そして翌日。
新しい噂が学院に流れた。
『ヴィオレッタはロザリアを呼び出し、第一王子へ近づくなと脅した』
もちろん、そんな事実はない。
むしろ近づくなと言われたのはヴィオレッタの方だ。
しかし。
「やっぱり嫉妬だったんだ」
「怖い……」
「最近ひどくなってない?」
「妹さんのことも本当なのかな」
噂は広がっていく。
そしてヴィオレッタの知らないところで、もう一つ。
『ヴィオレッタは妹エレオノーラを虐めている』
という話まで生まれ始めていた。
昼休み。
「お姉ちゃん!」
そんな噂など知らないエレオノーラが、いつものように姉のところへやってきた。
「エレオノーラ?」
「一緒にお昼食べよ」
「今日はお友達と食べると言っていませんでした?」
「予定変わった」
「また喧嘩でもしましたの?」
「してないよ」
エレオノーラがヴィオレッタの隣へ座る。
「お姉ちゃん、最近ちょっと元気ないから」
「…………」
「何かあった?」
「何もありませんわ」
「嘘」
「嘘ではありません」
「じゃあこっち見て」
ヴィオレッタが妹を見る。
「これでよろしいかしら?」
「うん。やっぱり何かある」
「なぜですの?」
「お姉ちゃん、嫌なことある時ほど平気な顔するから」
「…………」
困った妹だ。
こういうところだけ妙に鋭い。
「大したことではありませんわ」
「レオンハルト殿下?」
ヴィオレッタの手が止まった。
「…………」
「当たりだ」
「どうして分かりますの?」
「最近ずっとピンク髪のロザリアとか言う女の子と一緒にいるから」
エレオノーラは不満そうに頬を膨らませる。
「あの人、本当にお姉ちゃんの婚約者なの?」
「一応は」
「私は嫌い」
「そのようなことを言ってはいけません」
「だって、お姉ちゃんより他の女の子といる方が楽しそうじゃん」
「…………」
否定できなかった。
「婚約というのは、好き嫌いだけで決まるものではありませんの」
「私は、お姉ちゃんが幸せじゃない結婚なんて嫌だけど」
ヴィオレッタは妹を見る。
エレオノーラは真剣だった。
「ありがとう」
ヴィオレッタは少しだけ笑った。
「ですが、心配はいりませんわ」
「本当に?」
「ええ」
「絶対?」
「ええ、絶対です」
「じゃあ信じる」
エレオノーラが笑う。
ヴィオレッタも微笑んだ。
少なくとも。
妹だけはいつもと変わらない。
それだけで少し心が軽くなった。
だが――
姉妹が仲良く昼食を取っているその頃。
公爵家には、一通の手紙が届いていた。
差出人は王家。
内容は――
第一王子レオンハルトとヴィオレッタの婚約について。
そして学院内で噂されている、ヴィオレッタの数々の問題行動について。
ヴィオレッタ本人への確認は、まだ一度も行われていなかった。
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