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悪役令嬢

ヴィオレッタ登場です

 ルシオンが王宮を去ってから数日。


 王都にある王立学院では、いつもと変わらない一日が始まっていた。


「ごきげんよう、ヴィオレッタ様」


「ええ、ごきげんよう」


 廊下を歩くヴィオレッタへ、すれ違う令嬢たちが頭を下げる。


 ヴィオレッタはその一人一人へ挨拶を返しながら、教室へ向かっていた。


 公爵家の長女。


 第一王子レオンハルトの婚約者。


 そして学院でも常に上位の成績を維持している優等生。


 それがヴィオレッタだった。


「…………」


 ただ、一つだけ気になることがある。


 先ほどから妙に視線を感じるのだ。


 ヴィオレッタが振り返る。


「何か?」


「い、いいえ!」


「なんでもありません!」


 二人の令嬢が慌てて立ち去っていった。


「……?」


 最近、こういうことが増えた。


 自分を見るなり会話をやめる。


 目が合えば逸らされる。


 理由は分からない。


「まあ、いいですわ」


 考えても仕方がない。


 ヴィオレッタはそのまま教室へ向かった。


 昼休み。


 食堂へ向かおうと廊下を歩いていると、前方から数人の女子生徒がやってくる。


 その中心にいたのは、鮮やかなピンク色の髪をした少女だった。


 ロザリア。


 最近レオンハルトと一緒にいるところを頻繁に目撃されている女子生徒だ。


「ごきげんよう、ヴィオレッタ様」


 ロザリアが微笑む。


「ええ、ごきげんよう」


 ヴィオレッタはそのまま通り過ぎようとした。


 しかし――


「あっ」


 ロザリアの手から、一冊の本が落ちた。


 ヴィオレッタの足元へ転がってくる。


「落としましたわよ」


「あ……」


 ヴィオレッタは本を拾い上げる。


 表紙を見る。


「これは……」


 図書館の蔵書だった。


 しかもページの一部が折れている。


「ロザリアさん」


「は、はい」


「学院の本は皆が使うものです。ページを折ってはいけませんわ」


「ご、ごめんなさい……」


「わたくしに謝っても仕方ありません。次から気をつけてくださいませ」


 折れた部分を丁寧に戻し、ロザリアへ本を渡す。


「それと、返却期限が昨日になっていますわね」


「え?」


「裏に記載されています」


「あ、本当だ……」


「今日中に返しておいた方がよろしいですわ。次に借りたい方が困りますもの」


「……はい」


「では」


 ヴィオレッタはそれだけ告げて立ち去った。


 注意したのは少々細かかったかもしれない。


 だが学院の物なのだから、大切に扱うのは当然だ。


 そう考えていた。


 ヴィオレッタの姿が廊下の向こうへ消える。


 すると、ロザリアの友人が口を開いた。


「ロザリア、大丈夫?」


「うん……」


「ヴィオレッタ様、ちょっと怖かったね」


「そんなこと……」


 ロザリアが俯《うつむ》く。


「ううん。私が悪いの。図書館の本なのにページを折っちゃって……あんなに怒らせちゃった」


「怒ってたよね、あれ」


「返却期限まで確認するなんて……」


「ロザリアがレオンハルト様と仲がいいからじゃない?」


「え?」


 ロザリアが顔を上げる。


「だってヴィオレッタ様、レオンハルト様の婚約者でしょ?」


「でも私と殿下は、ただお話ししているだけだよ?」


「ヴィオレッタ様からしたら面白くないんじゃない?」


「そんな……」


 ロザリアは困ったように微笑んだ。


 そして小さな声で言った。


「私、ヴィオレッタ様に嫌われちゃったのかな……」


 その日の午後には、


『ヴィオレッタがロザリアを廊下で叱りつけた』


 という話になった。


 翌日には、


『レオンハルトと親しくしているロザリアへ、ヴィオレッタが嫉妬して嫌がらせをした』


 に変わっていた。


 さらに数日後。


「待ちなさい」


 学院の中庭で、ヴィオレッタが一人の男子生徒を呼び止めた。


「な、なんでしょうか」


「それを見せていただけないかしら」


 ヴィオレッタが男子生徒の手元を見る。


 そこには一枚の紙が握られていた。


「これは?」


「その……次の魔法史試験の予想問題です」


「予想問題?」


「はい」


 ヴィオレッタが紙を見る。


 眉を寄せた。


「これ、予想問題ではありませんわね」


「え?」


「前年度の試験問題を一部変更したものです。今年の担当教師は昨年と同じですから、出題内容が酷似する可能性があります」


「でも、みんな使ってますよ?」


「誰から購入しましたの?」


「上級生です」


「いくらで?」


「銀貨二枚……」


 ヴィオレッタはため息をついた。


「返してきなさい」


「え?」


「これは勉強ではありませんわ。少なくとも、学院で認められた教材ではありませんわ」


「でも……」


「試験で良い点を取ることより、理解することの方が重要でしょう?」


 ヴィオレッタは紙を返す。


「必要でしたら、放課後にわたくしが教えてさしあげます。魔法史なら不得意ではありませんから」


「え?」


「分からないところをまとめておきなさい」


「は、はい!」


 男子生徒は頭を下げて走っていった。


 ヴィオレッタとしては、それだけの事だった。


 ところが。


 少し離れた場所に、ロザリアがいた。


「今の見た?」


「うん」


 友人が頷く。


「ヴィオレッタ様、あの子から紙を取り上げようとしてた?」


「どうだろう……」


 ロザリアが不安そうな表情を浮かべる。


「でも、あの方って自分より成績が良くなりそうな人を嫌うって聞いたことがあるの」


「本当?」


「噂だけどね。私も信じたくないんだけど……」


 その日のうちに、


『ヴィオレッタは自分より良い成績を取りそうな生徒から教材を取り上げている』


 という噂が生まれた。


 さらに別の日。


「エレオノーラ」


「お姉ちゃん?」


 学院の玄関で、ヴィオレッタが妹を呼び止める。


 エレオノーラが振り返った。


 姉とはまた違った雰囲気を持つ、凛とした美少女だ。


「その格好で帰るつもり?」


「え?」


「外を見なさい」


 雨が降っていた。


「傘持ってないんだ」


「だから迎えの馬車が来るまで待ちなさい。この雨の中帰ったら風邪を引いてしまいます」


「でも、今日は友達とお店に――」


「駄目です」


「えー」


「駄目なものは駄目です。約束しているのでしたら、事情を説明して後日にしてもらいなさい」


「これくらいの雨なら平気だよ」


「そう言ってあなたは先月も風邪を引いたでしょう?」


「もう治ったって」


「だからといって、また濡れて帰る理由にはなりません」


 エレオノーラが頬を膨らませる。


「お姉ちゃんって、本当に心配性だよね」


「あなたが無茶をするからでしょう」


「はいはい。分かった」


「返事は一度」


「はーい」


「エレオノーラ?」


「はい」


 ヴィオレッタは満足そうに頷いた。


「よろしい」


 姉妹にとっては、いつものやり取りだった。


 だが――


 少し離れた場所から見ていた生徒たちには違って見えた。


「今の見た?」


「ヴィオレッタ様、エレオノーラ様に怒ってたよね?」


「友達と出かけるのを禁止してた」


「厳しすぎない?」


「エレオノーラ様、かわいそう……」


 そして当然。


 そこにもロザリアがいた。


「やっぱり……本当だったんだ」


 ロザリアが悲しそうに呟く。


「何が?」


「ヴィオレッタ様が、妹さんにもすごく厳しいっていう噂」


「聞いたことある」


「私、ただの噂だと思ってたのに……」


 その言葉を聞いた生徒たちは、顔を見合わせた。


 数日後には、


『ヴィオレッタは妹の交友関係まで支配している』


 という噂になった。


 さらに、


『気に入らない友人とは会わせてもらえないらしい』


 となり。


 いつの間にか、


『エレオノーラは姉に怯えて逆らえない』


 にまで変わった。


 もちろん。


 当のエレオノーラ本人は、そんな噂が流れていることすら知らない。


 そしてヴィオレッタもまた――


「最近、なぜ皆さんわたくしを見ると逃げるのでしょう?」


 本気で分かっていなかった。


 放課後。


 ヴィオレッタは学院を出て、迎えの馬車へ向かっていた。


「ヴィオレッタ」


 聞き覚えのある声に足を止める。


 振り返る。


「レオンハルト殿下」


 そこにいたのは婚約者である第一王子レオンハルト。


 そして、その隣には――


 ロザリアがいた。


 ずいぶん近い。


「少し話がある」


「構いませんが」


 ヴィオレッタは二人を見る。


「ロザリアさんもご一緒ですの?」


「彼女にも関係する話だ」


「わたくしに?」


 ロザリアがレオンハルトの後ろへ半歩隠れる。


 その仕草を見て、ヴィオレッタは眉を寄せた。


「なぜ隠れますの?」


「ご、ごめんなさい……」


「謝る必要はありませんけれど」


「ヴィオレッタ」


 レオンハルトの声が低くなる。


「ロザリアを怖がらせるな」


「…………はい?」


 何を言っているのだろう。


 ヴィオレッタには本当に分からなかった。


「俺の耳にも入っている」


「何がですの?」


「お前がロザリアへ嫌がらせをしているという話だ」


「…………」


 ヴィオレッタはしばらく黙った。


 そしてロザリアを見る。


「はい?わたくしが?」


 ロザリアは答えない。


 ただ不安そうにレオンハルトの服の袖を掴んだ。


 その様子を見たレオンハルトの表情が険しくなる。


「とぼけるつもりか?」


「いえ」


 ヴィオレッタは少し考えた。


 だが――


「本当に、何のお話をなさっているのか分からないのですけれど」


 それが彼女の正直な答えだった。


 この時のヴィオレッタはまだ知らない。


 自分が何気なく発した言葉。


 妹を心配して注意したこと。


 学院の規則を守るよう指摘したこと。


 その一つ一つが悪意をもって切り取られ――


 学院中で『悪役令嬢ヴィオレッタ』という人物が、少しずつ作り上げられていることを。

読んで頂きありがとうございます!


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よろしくお願い致します。

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