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野菜が育ちすぎました

果物も野菜も一気に育ちました

「もう採っていいんじゃない?」


 朝食を終えたルシオンは、畑の前でしゃがみ込んでいた。


 昨日の朝。


 まだ小さな実がなり始めたばかりだった野菜は、さらに成長していた。


 葉は青々と茂り、実も昨日より明らかに大きい。


 普通なら収穫まで、まだかなり時間がかかるはずだった。


「待ちなさい」


 後ろからヴィオレッタに止められる。


「なんで?」


「なんでって……一晩でおかしな成長をした野菜なのよ?」


「でも普通の野菜に見えるよ」


「見た目だけでは分からないでしょ」


「じゃあどうする?」


「調べるの」


 ヴィオレッタがミネットを見る。


 ミネットはすでに畑の端にしゃがみ込み、野菜を観察していた。


「見た限りでは異常はありません」


「食べられる?」


「鑑定してみます」


 ミネットが一つの野菜へ手を伸ばす。


 しばらくして、小さく頷いた。


「毒性はありません。一般的な野菜と同じようです」


「よし」


「待って」


 立ち上がろうとしたルシオンを、またヴィオレッタが止める。


「今度は何?」


「一般的な野菜と同じなら、どうしてこんなに早く育ったの?」


「それは昨日も考えたじゃん」


「結論出てないでしょ!」


「魔境だから」


「それで全部済ませるのやめなさい!」


 ヴィオレッタの声が畑に響く。


 リゼットは少し離れたところで笑っていた。


「でも、食べても問題ないなら収穫してもいいんじゃないですか?」


「リゼットまで……」


「せっかく育ったんですから、鑑定も問題ないのでしょう?」


「まあ、それはそうだけど」


 ヴィオレッタも畑を見る。


 原因は分からない。


 それでも、育ってしまったものを放置する理由もなかった。


「分かったわ。ただし全部は採らない。まず少しだけ収穫して食べてみましょう」


「じゃあ俺が採る」


「私も!」


 ルシオンとリゼットが畑へ入る。


 数日前まで何もなかった畑から、自分たちで育てた野菜を採っていく。


「これ大きいよ」


「こっちはもっと大きいですよ!」


「勝負する?」


「何の勝負よ」


 ヴィオレッタが呆れる。


 それでも、自分も畑へ入った。


 手頃な大きさに育った野菜へ手を伸ばす。


「…………」


「どうしたの?」


「別に」


 ヴィオレッタは野菜を一つ収穫する。


「自分で育てたものを収穫するのって、変な感じね」


「嫌?」


「逆よ」


 土のついた野菜を見ながら、少し笑う。


「思っていたより嬉しいものなのね」


 公爵家にいた頃。


 食卓に並ぶ野菜が、どこで誰によって育てられたものなのか考えたことなどなかった。


 料理人が用意した料理を食べる。


 それが当たり前だった。


 今は違う。


 自分で土を耕し。


 種を植え。


 水を与えた。


 成長速度だけは、まったく理解できないことになっているが。


「ヴィオレッタ」


「何?」


「それ、俺が採ろうと思ってたやつ」


「知らないわよ」


「大きかったのに」


「早い者勝ちね」


「さっき勝負じゃないって言ってなかった?」


「気が変わったの」


「ずるい」


 そんなことを言い合いながら、籠《かご》に野菜を入れていった。


 しばらくして。


「このくらいでいいんじゃない?」


 ヴィオレッタが振り返る。


「そうですね」


 ミネットが答える。


「最初の試食としては十分かと」


「じゃあ戻ろう」


 ルシオンが籠を持ち上げようとする。


「私が持ちます!」


 リゼットが先に持ち上げた。


「俺でも持てるよ」


「大丈夫です!」


「いや、そうじゃなくて」


「リゼットに任せておけばいいじゃない」


「最近俺、荷物持たせてもらえなくない?」


「気のせいです」


「絶対気のせいじゃないよね?」


 そのまま家へ戻り、収穫した野菜を洗う。


 調理を担当したのはヴィオレッタとミネットだった。


 ルシオンも手伝おうとしたが。


「そこに座ってて」


「なんで?」


「この前、野菜の皮と一緒に中身まで半分くらい削ったでしょ」


「あれは皮が厚かったから」


「そんな野菜じゃなかったわよ」


「じゃあ俺、火を見る」


「それならお願い」


 ようやく仕事をもらえた。


 鍋を火にかける。


 複雑な料理にはしなかった。


 野菜そのものの味を確かめるため、簡単なスープと焼き野菜にする。


 しばらくすると、いい香りが家の中に広がった。


「お腹減ってきた」


「さっき朝ご飯を食べたでしょ」


「働いたから」


「畑から野菜採ってきただけじゃない」


「働いた」


「はいはい」


 出来上がった料理を四人で囲む。


「では」


 ミネットが全員を見る。


「いただきましょうか」


「いただきます」


 ルシオンが真っ先に焼いた野菜を口へ運んだ。


「…………」


「どう?」


 ヴィオレッタが少し警戒しながら尋ねる。


 ルシオンはもう一口食べた。


「おいしい」


「普通に?」


「普通よりおいしいかも」


「本当に?」


「食べてみれば?」


 ヴィオレッタも口へ運ぶ。


「…………」


 噛む。


 もう一度味を確かめる。


「……おいしい」


「でしょ?」


「なんであなたが得意そうなのよ」


「俺が早く育ってほしいって祈ったから?」


「…………」


「冗談だよ」


「今、その冗談ちょっと怖いからやめて」


 ヴィオレッタはもう一口食べる。


 味は確かにいい。


 苦味も青臭さも少なく、瑞々《みずみず》しい。


 リゼットはすでに気に入ったらしく、勢いよく食べている。


「おいしいです!」


「姉さん、まだ全員分ありますから」


「分かってます!」


「その割には食べる速度が速いですが」


「ミネットも早く食べないとなくなりますよ?」


「なくなるほど食べないでください」


 ルシオンはスープも飲んでみる。


「こっちもおいしい」


「本当ね」


 ヴィオレッタも頷いた。


「これなら普通に食料として使えそう」


「買いに行かなくてよくなる?」


「全部ではないけど、かなり減らせると思う。野菜を自分たちで作れるだけでも違うわ」


「じゃあもっと畑を広げよう」


「待ちなさい」


「なんで?」


「今ある畑を見てから言って」


 食事を終えた四人は、もう一度畑へ向かった。


 収穫したのは一部だけ。


 当然ながら、まだ大量の野菜が残っている。


「…………」


 ルシオンが畑を見る。


「多いね」


「多いわよ」


「四人で食べられる?」


「無理」


「保存すれば?」


「それにも限界があるわ」


 ヴィオレッタは畑の端まで歩いていく。


 今の畑は、決して巨大ではない。


 本来なら四人が生活するために少しずつ育てていく予定だった。


 しかし、この速度で成長するとなれば話が変わる。


「もし、これからも同じ速度で育つなら……」


 ヴィオレッタが考える。


「私たち四人だけなら、今の広さでも十分すぎるかもしれない」


「畑広げなくていいの?」


「むしろ広げたら食べきれなくなるわよ」


「売れば?」


 ルシオンが何気なく言った。


 ヴィオレッタが振り返る。


「野菜を?」


「うん。余ったら町で売ればいいじゃん」


「…………」


「駄目?」


「駄目ではないけど」


 ヴィオレッタが考え込む。


 魔獣素材を売ったことで、当面の生活資金は手に入った。


 だが、それだけではいつか尽きる。


 定期的な収入は必要だ。


 野菜を継続的に収穫できるなら、売るという選択肢は確かにある。


「問題は、この成長速度ね」


「早い方がたくさん売れるよ?」


「そういう問題じゃないの。昨日まで育ってなかった野菜を大量に持っていったら、どうやって作ったのか聞かれるでしょう?」


「ああ」


「それに、原因が分からないものを他人に売るのは嫌よ。私たちが食べて問題がないことも、もう少し確認したい」


「なるほど」


「しばらくは自分たちで食べましょう。余った分は保存方法を考える。それでも余るようなら、その時に売ることを考えればいいわ」


「分かった」


 ルシオンは素直に頷いた。


 するとリゼットが畑を見ながら尋ねる。


「でも、このまま毎日育ったらどうするんですか?」


「…………」


 ヴィオレッタが止まった。


「毎日?」


「はい」


「…………」


 全員が畑を見る。


 今日収穫しても。


 また明日、同じように育ったら。


「さすがに毎日はないんじゃない?」


 ルシオンが言う。


「そうよね」


 ヴィオレッタも頷く。


「いくら魔境でも、そんなこと……」


 そこで言葉を止めた。


 魔境だから果樹が一晩で実をつけた。


 魔境だから野菜も急成長した。


 そういうことにしたばかりである。


「……何?」


「何でもないわ」


「変なの」


 ヴィオレッタは少し考えたあと、畑から家の方へ視線を移した。


「とにかく、今日は保存庫を完成させましょう」


「そうだね」


「それと、収穫した野菜を保存する棚も増やした方がいいわね」


「また作るもの増えた」


「誰のせいよ」


「魔境?」


「畑のせい!」


 ヴィオレッタが即座に訂正する。


「それから果樹も確認するわよ。あっちまで同じ勢いで育ったら、本当に保存する場所がなくなるんだから」


「果物いっぱい食べられるね」


「あなたは少し危機感を持ちなさい!」


 ルシオンは笑いながら家へ向かった。


 その後ろをヴィオレッタたちも追う。


 保存庫を完成させれば、次は何を作ろう。


 鶏も増やせるかもしれない。


 いずれは山羊も飼いたい。


 果物が熟したら何を作ろうか。


 そんなことを考えながら歩いているルシオンの横へ、ヴィオレッタが並ぶ。


「何笑ってるの?」


「いや」


 ルシオンは家と畑を振り返った。


「最初は家一軒しかなかったのに、色々増えてきたなと思って」


「まだ鶏小屋と畑くらいでしょ」


「これからもっと増えるよ」


「まず保存庫を完成させてから言いなさい」


「はいはい」


「返事は一回」


「はい」


 ヴィオレッタは満足そうに頷くと、先に歩いていく。


 その向こうでは、リゼットとミネットが保存庫へ向かっていた。


「ルシオン、早く!」


「今行くよ」


 ルシオンも三人を追いかける。


 原因不明の急成長については、結局まだ何も分かっていない。


 それでも今は、目の前に増えていく仕事の方がずっと忙しかった。

いつも読んで頂きありがとうございます!


面白いと思って頂けたらコメント、評価や⭐︎を頂けると、とても喜びます。


よろしくお願い致します。

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