都合のいい偶然
果物と野菜が……
「ただいまー!」
魔境の草原に、ルシオンの声が響いた。
家の前で作業をしていたリゼットが顔を上げる。
「おかえりなさい!」
そのまま馬車まで駆けてきた。
「遅かったですね。何かありました?」
「いや、買い物してたら時間かかって」
「買い物ですか?」
「いっぱい買ったよ」
「いっぱい?」
リゼットが馬車の後ろへ回り、荷台を覗き込む。
「…………」
大量の食料。
種や苗、果実の木。
農具。
糸に布。
食器、調理器具。
保存用の瓶。
その他にも様々な生活用品が積まれている。
そして。
「コケッ」
「…………」
「コッコッ」
リゼットが何度か瞬きをした。
「鶏?」
「鶏」
「飼うんですか!?」
「そのために買ってきたのよ」
ヴィオレッタが馬車から降りる。
「これから卵を産んでもらうの」
「おお……!」
なぜかリゼットが目を輝かせた。
荷台に顔を近づけ、鶏をじっと見つめる。
「可愛いですね!」
「食べないでよ?」
「食べませんよ!?」
「ルシオンは肉にもなるのかって聞いてたから」
「それは食料として聞いただけだって」
ルシオンも馬車から降りる。
ミネットはすでに荷物を運び始めていた。
「話している暇があるのでしたら手伝ってください」
「はーい」
「分かったわ」
四人で荷物を家へ運び始める。
しかし、すぐに問題が発生した。
「…………」
ヴィオレッタが家の中を見回す。
「置く場所がないわね」
「ないね」
「どうするんですか?」
リゼットが食料の袋を抱えたまま尋ねる。
現在の家は四人が暮らせる程度の大きさしかない。
そこへ大量の物資を持ち帰ったのだ。
当然、収納場所が足りない。
「だから保存庫が必要だって言ったでしょ」
「今から作る?」
「今日はもう暗くなるわよ」
「じゃあ明日だね」
「とりあえず今日は、腐りにくいものを家の中に入れましょう。食料を優先して、農具は雨に濡れない場所にまとめる。布は絶対に中ね」
「鶏は?」
ルシオンが尋ねる。
「…………」
四人が一斉に鶏を見る。
「コケ?」
まだ鶏小屋がない。
「今日だけ何とか囲いを作りましょう」
「じゃあ俺が作る」
「私も手伝います!」
リゼットが勢いよく手を挙げる。
「壊さないでよ?」
「ヴィオレッタ、最近私に厳しくないですか!?」
「今までの実績を考えて」
「うっ……」
「薪を割ったら土台の丸太まで割るし、畑を耕したら土を撒き散らして大きな穴を開けるし」
「でも今日は大丈夫です!」
「根拠は?」
「気をつけます!」
「根拠になってないわ」
そんなやり取りをしながら、日が沈むまでに簡単な囲いだけを作った。
翌朝。
「まず鶏小屋を作るわよ」
朝食を終えるなり、ヴィオレッタが宣言した。
「保存庫が先じゃないの?」
「食料は数日なら家の中でも管理できる。でも鶏をずっとあの囲いに入れておくわけにはいかないでしょ、生き物なんだから」
「なるほど」
場所を決めると、ルシオンとリゼットが森へ木材を取りに向かった。
ヴィオレッタから必要以上に切ってくるなと念を押されたにもかかわらず、戻ってきた二人の後ろには大量の木材が積まれていた。
「ルシオン」
「何?」
「私、何て言った?」
「必要以上に切るなって」
「これは?」
「余ったら保存庫に使えるかなって」
「…………」
「駄目?」
ヴィオレッタは木材を見る。
確かに無駄にはならない。
「……まあいいわ。次から先に相談して」
「はい」
四人で作業を始める。
ルシオンが木材を加工し、ミネットが寸法を測り、ヴィオレッタが配置を確認する。
そしてリゼットが杭を持った。
「ここに打てばいいんですよね?」
「待って!」
「はい?」
「力は控えめにね」
「分かりました!」
コン。
杭がほんの少しだけ地面へ入った。
「…………」
「…………」
「弱すぎました」
「極端なのよ!」
今度は少し力を強める。
コンッ!
ちょうどいい深さまで杭が入った。
「できました!」
「そう。それくらい!」
「なるほど!」
その後も何度か危ない場面はあったものの、昼を過ぎる頃には小さな鶏小屋が完成した。
鶏を移すと、リゼットが嬉しそうに中を覗き込む。
「気に入ってくれましたかね?」
「鶏に聞いてみたら?」
「分かりました!」
「冗談よ」
「コケッ!」
「今、気に入ったって言いました!」
「絶対分かってないでしょ」
ヴィオレッタが笑う。
その時だった。
「あ!」
リゼットが小屋の隅を指差す。
「卵です!」
「もう産んだの?」
「みたいですね」
リゼットが大切そうに卵を持ち上げる。
「今日の夕食に使う?」
「駄目です!」
「なんで?」
「初めての卵ですよ!?」
「卵は食べるものじゃない?」
「記念です!」
「腐るわよ」
「…………」
リゼットが卵を見る。
「じゃあ……食べます」
「すごく悲しそう」
「大切に食べます」
午後は保存庫作りに取りかかった。
「できれば地面を少し掘り下げたいわね。地面より低くすれば温度が安定しやすいから」
「じゃあ掘ろう」
「リゼットは掘らないで」
「どうして!?」
「保存庫が地下迷宮になるから」
「なりませんよ!」
「畑で穴を作った実績があるでしょ!」
「一回だけです!」
「一回あれば十分よ!」
「では私が掘ります」
ミネットが道具を取る。
「ミネットまで!?」
「姉さんには木材の加工をお願いします」
「……分かりました」
地面を掘り、木材で補強し、棚を作る。
一日ですべてを完成させることはできなかったものの、保存庫らしい形は見え始めた。
「今日はここまでにしましょう」
夕方。
ヴィオレッタが腰を伸ばす。
「疲れた……」
「まだ一つ残っています」
ミネットが指差した先には、町から買ってきた果樹の苗木が並んでいた。
「あ」
ルシオンが声を上げる。
「忘れてた」
「誰が買いたいと言ったのでしたか?」
「俺です」
「では植えましょう」
「はい」
四人で苗木を運び、家から少し離れた場所へ植えていく。
「この辺りでいい?」
「もう少し間隔を空けて。大きくなった時に枝がぶつかるから」
「これくらい?」
「そうね」
ヴィオレッタの指示を聞きながら、ルシオンが土を被せる。
まだ細く、小さな苗木だった。
植え終えたルシオンが一本を眺める。
「これ、本当に果物できるの?」
「育てばね」
「いつ?」
「種類にもよるけど、すぐには無理よ」
「どのくらい?」
「何年かは覚悟した方がいいんじゃない?」
「何年か……」
ルシオンが露骨に残念そうな顔をする。
「そんな顔しないの。果樹ってそういうものでしょ」
「もっと早く食べられると思ってた」
「何のために苗木を買ったと思ってたのよ」
「植えたら割とすぐにできるのかと」
「そんなわけないでしょ」
「残念」
ルシオンは本当に残念そうに苗木を見つめた。
その夜。
ルシオンはベッドへ入ろうとして、窓の外を見た。
昼間植えた苗木の姿は暗くて見えない。
それでも。
何年か。
ヴィオレッタはそう言っていた。
「長いな……」
果物が食べたい。
せっかく自分たちで植えたのだ。
できることなら、もっと早く食べてみたい。
「早く実がなりますように」
誰に祈ったわけでもない。
ただ純粋に。
早く食べたい。
そう心から願って。
ルシオンは眠りについた。
翌朝。
「ルシオン!」
「ん……?」
「起きて!」
身体を揺さぶられ、ルシオンが目を開ける。
目の前にはヴィオレッタがいた。
「おはよう」
「いいから来て!」
「何?」
「果樹の木が!」
「果物ができた!?」
「なんで寝起きでそれが出てくるのよ!?」
「そんなわけないか」
ルシオンは急いで着替え、外へ出る。
リゼットとミネットも、昨日植えた果樹の前に立っていた。
「…………?」
ルシオンもそちらを見る。
「…………え?」
昨日植えたばかりの苗木。
それが明らかに大きくなっていた。
枝が伸び、葉が増えている。
そして。
枝の先には、小さな実がいくつもついていた。
「…………」
「…………」
ルシオンが目を擦りヴィオレッタを見る。
「昨日、植えた時あんな大きかった?それに実なんて初めからあったっけ?」
「あるわけないでしょ!」
「だよね」
「昨日植えたばかりなのよ!?」
「だよね」
「なんで実がついてるのよ!」
「えっ魔境だから?」
「便利な言葉みたいに使わないで!」
ミネットが苗木の周囲を調べる。
「土に異常は見当たりませんよね」
「じゃあ、どうして?」
「ここは一般的な土地よりも魔力が濃いですから、それが植物の成長へ影響した可能性はあります。ただ、一晩でここまで成長するという話は聞いたことがありません」
「じゃあ分からないってこと?」
「現状では」
「まあ、育ったならいいんじゃない?」
「よくないわよ。おかしいでしょ」
ヴィオレッタが呆れたところで。
ルシオンは、ふと畑へ目を向けた。
「そういえばさ」
「何?」
「なんで野菜はまだなんだろう」
「…………は?」
「果物は育ったのに」
少し離れた畑では、以前植えた野菜が普通に育っている。
もちろん一晩で実がなるような異常な成長などしていない。
「当たり前でしょ。むしろ果樹の方がおかしいのよ」
「同じ土地なのに?」
「……確かにそうですね」
ミネットが畑を見る。
「魔境の魔力が原因であれば、果樹だけに影響が出た理由は分かりません」
「種類の違いじゃない?」
「可能性はありますが……」
ミネットも断言できないらしい。
ルシオンは果樹を見る。
次に畑を見る。
「野菜も早く育てばいいのに」
「そんな都合よくいかないわよ」
「そう……だよねー」
それ以上答えは出なかった。
その日の夜。
ルシオンは眠る前に昼間のことを思い出していた。
「なんで果物だけなんだろ」
考えても分からない。
魔境の魔力。
土。
植物の種類。
それとも単なる偶然。
「まあ、いいか」
明日もやることはたくさんある。
保存庫を完成させたいし、畑も広げたい。
ルシオンは布団に入る。
そして目を閉じる前に。
「野菜も早く育ちますように」
せっかくなら。
自分たちで育てた野菜も早く食べてみたい。
そう思いながら眠りについた。
翌朝。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
四人が畑の前に並んでいた。
誰も喋らない。
昨日までは、まだ育っている途中だった野菜。
その葉が一晩で大きくなっていた。
土の中からは、小さな実が顔を覗かせている。
別の野菜にも、まだ食べられる大きさではないものの、確かに実がなり始めていた。
「…………」
ヴィオレッタがルシオンを見る。
「何?」
「昨日、野菜も早く育てばいいって言ってたわよね?」
「言ったね」
「そのあと、何かした?」
「何もしてないよ」
「本当に?」
「寝る前に、野菜も早く育ちますようにって祈ったくらい」
「…………」
ヴィオレッタが黙る。
ミネットも黙る。
リゼットも黙る。
ルシオンも。
三人の顔を見てから黙った。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
風が吹く。
大きく育った野菜の葉が揺れた。
最初に口を開いたのはリゼットだった。
「……魔境だからですかね?」
「昨日まで普通だったのよ?」
「では……偶然?」
「二日続けて?」
「…………」
再び沈黙。
ミネットが果樹を見る。
畑を見る。
最後にルシオンを見る。
「ルシオン様」
「何?」
「もう一度、何かに祈ってみますか?」
「何を?」
「そうですね……」
ミネットが辺りを見回す。
「例えば、あの石を丸くしたい、とか」
「あ、それなら前にやった」
「え?」
「泉ができた時に試したんだよ。石を丸くしようと思ったけど、何も起きなかった」
「…………」
「だから俺が何かしてるわけじゃないと思う」
「……そうなりますね」
ヴィオレッタが腕を組む。
「でも、それなら果樹と野菜は何なのよ」
「魔境?」
「だから便利な言葉にしないで!」
「じゃあ偶然」
「もっと無理があるわよ!」
「でも他に分からないし」
「それは……そうだけど」
ヴィオレッタも答えを出せない。
リゼットが野菜を覗き込む。
「でも、これって悪いことなんですか?」
「え?」
「早く育ったんですよね?」
「今のところはね」
「だったら食べ物が早くできるってことですよね?」
「まあ……そうなるわね」
「じゃあ、いいんじゃないですか?」
「…………」
ヴィオレッタが黙る。
ミネットも少し考えてから。
「原因の確認は必要ですが、確かに現時点で実害はありません」
「でしょ?」
ルシオンが頷く。
「じゃあ、まあいいか」
「あなたが一番考えなさいよ!」
「考えても分からないし」
「それはそうだけど!」
結局。
果樹が一晩で実をつけ始めた理由も。
野菜が突然成長した理由も。
分からないまま。
四人が出した結論は――
「まあ、いいか、魔境だし」
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