さぁ買い出しです
素材を売却です
金貨四十三枚。
予想を遥かに上回る金額で魔獣素材を売却した三人は、そのまま冒険者ギルドを後にした。
「さて」
外へ出たヴィオレッタが振り返る。
「買い物するわよ」
「帰らないの?」
「何のためにお金を作ったと思ってるの?」
「お金がないから?」
「そうよ。だから必要な物を買うの」
「でも、さっき無駄遣い禁止って」
「必要な物を買うのは無駄遣いじゃないでしょ」
「なるほど」
ルシオンが納得する。
ミネットはすでに帳面を開いていた。
「ヴィオレッタ、何から購入しますか?」
「まず食料ね。保存の利くものを優先しましょう。塩、小麦、豆類、それから干し肉。畑で育てるための種も欲しいわ」
「承知しました」
「工具も追加したい。それと布、糸、食器、調理器具……」
「待って」
ルシオンが口を挟んだ。
「何?」
「多くない?」
「これでも最低限よ」
「最低限?」
「あなた、今までどうやって暮らすつもりだったの?」
「家を建てて、食べ物を用意して……」
「その食べ物をどうやって保存するの?」
「…………」
「服が破れたら?」
「…………」
「鍋が壊れたら?」
「…………」
「冬になったら?」
「…………」
ルシオンがミネットを見る。
「ミネット」
「私に助けを求めないでください」
「まだ何も言ってないよ」
「顔に書いてあります」
ヴィオレッタがため息をつく。
「本当に、よく三人だけで生活を始めようと思ったわね」
「何とかなってたよ?」
「何とかなっていたんじゃなくて、ミネットが何とかしてたんじゃない?」
「…………」
ルシオンがミネットを見る。
「否定してよ」
「ヴィオレッタの認識で、おおむね間違いありません」
「ミネット!?」
ヴィオレッタがぷっと吹き出した。
「とにかく行きましょう。日が暮れるまでに終わらせるわよ」
三人は町の商業区へ向かった。
最初に訪れたのは食料品を扱う店だった。
「いらっしゃい」
店内には小麦や豆、塩、乾燥させた野菜などが並んでいる。
ヴィオレッタは店へ入るなり、一つずつ値段を確認していった。
「この小麦、一袋いくら?」
「銀貨十二枚だ」
「五袋なら?」
「銀貨六十枚だな」
「まとめて買うのに?」
「…………」
店主がヴィオレッタを見る。
「銀貨五十八枚」
「五十五枚」
「お嬢ちゃん、そりゃ無理だ」
「じゃあ四袋にするわ。豆と塩も別の店で探す」
「待った待った。分かったよ。五十六枚」
「五十五枚」
「……五十五枚」
「ありがとう」
あっさり交渉を終える。
ルシオンは横で目を丸くしていた。
「値段って変わるの?」
「場合によるわよ」
「書いてある値段で買うものじゃないの?」
「大量に買うなら交渉くらいするでしょ」
「知らなかった」
「あなた本当に元王子?」
「元王子だから知らないんじゃない?」
「……それもそうね」
妙に説得力があった。
ヴィオレッタは小麦だけではなく、豆や塩、干し肉もまとめて購入していく。
ただ安い物を選んでいるわけではない。
保存期間。
品質。
必要量。
運搬できる重量。
それらを確認してから購入量を決めていた。
次に向かったのは農具や種を扱う店。
「何を育てる?」
ルシオンが並んだ種を見る。
「まず失敗しにくいものがいいわね」
ヴィオレッタは袋を確認する。
「芋類と豆。それから葉物を少し。小麦も試したいけど、最初から広げすぎるのはやめましょう」
「果物は?」
「果物?」
「食べたい」
「理由が完全に自分じゃない」
「駄目?」
「駄目とは言ってないけど、実がなるまで時間がかかるわよ」
「じゃあ植えておけばいいじゃん」
「簡単に言うわね……」
ヴィオレッタは少し考えた。
「まあ、長く住むなら悪くないか」
果樹の苗もいくつか購入する。
「長く住むんだ?」
ルシオンが何気なく聞いた。
ヴィオレッタの手が止まった。
「…………」
数日前まで。
自分には帰る場所がないと思っていた。
未来のことなど考えられなかった。
それなのに今は。
何年も先に実をつける木を買おうとしている。
「そうね」
ヴィオレッタは小さく笑った。
「長く住むつもりみたい」
「じゃあいっぱい植えよう」
「だから増やしすぎないの」
「はい」
次は生活用品。
布に糸。
食器、鍋。
保存用の瓶。
必要な物を次々と馬車へ積み込んでいく。
気づけば荷台の半分以上が埋まっていた。
「買ったね」
「まだよ」
「まだあるの?」
「家畜を見に行く」
「家畜?」
「昨日言ったでしょ」
「あれ本気だったの?」
「必要なんだから本気に決まってるでしょ」
三人は家畜を扱う商人のもとへ向かった。
様々な家畜がいる。
「牛!」
ルシオンが真っ先に反応した。
「高いから駄目」
「まだ何も言ってない」
「顔に書いてある」
「ミネットと同じこと言うようになったね」
「あなたが分かりやすいのよ」
ヴィオレッタは鶏の前で立ち止まった。
「最初は鶏がいいと思う」
「どうして?」
「卵が取れる。餌も比較的用意しやすい。それに牛ほど場所も取らない」
「肉にもなる?」
「なるけど、いきなり食べること考えないで」
「食料として聞いただけなのに」
数羽の鶏を購入することになった。
さらに。
「山羊も一頭欲しいわね」
「山羊?」
「乳が取れるから」
「じゃあ買おう」
「ちょっと待って。値段を――」
「これください」
「ルシオン!」
「え?」
「私が今まで値段を確認してたの見てなかった!?」
商人が笑う。
「仲がいいねえ」
「違います!」
ヴィオレッタが即答した。
「そんな全力で否定しなくても」
「あなたが勝手に買おうとするからでしょ!」
結局、山羊については値段と飼育方法を確認した結果、今回は見送ることになった。
「欲しかったな」
「飼育環境を作ってからよ」
「じゃあ作れば買える?」
「そうね」
「帰ったら作ろう」
「行動が早いのよ」
だが。
ヴィオレッタの表情は楽しそうだった。
最後に三人は大工道具を扱う店へ向かった。
「これも欲しい」
「必要?」
「家を大きくするなら」
「また大きくするの?」
「だって、物が増えたら置く場所がいるだろ?」
「…………」
ヴィオレッタは馬車を見る。
大量の食料。
種や苗。
生活用品。
農具。
そして鶏。
「確かに」
「でしょ?」
「保存庫も作らないといけないし……鶏小屋も必要ね」
「じゃあ木材もいる」
「木材なら森にいくらでもあるでしょ」
「じゃあ問題ない」
「問題だらけよ」
そう言いながらも。
ヴィオレッタはもう頭の中で配置を考えていた。
家の位置。
畑と泉の場所。
保存庫。
鶏小屋。
これから植える果樹。
少しずつ。
本当に少しずつだが。
何もなかった草原に、生活の形が生まれ始めている。
「ヴィオレッタ」
ミネットが呼ぶ。
「何?」
「こちらを」
帳面を見せられる。
今日使った金額。
残金。
今後必要になるであろう費用。
「思ったより残ったわね」
「ヴィオレッタがかなり値切りましたので」
「必要な交渉をしただけよ」
「さすが元公爵令嬢」
ルシオンが感心する。
「公爵令嬢は普通こんなところで値切らないと思うけど」
「そうなの?」
「王妃教育で領地経営や商取引について学んでいたから知識があるだけ」
そこでヴィオレッタは言葉を止めた。
王妃教育。
かつては。
レオンハルトの妻になるために学んだものだった。
礼儀。
政治。
法律。
経済。
領地経営。
商取引。
あの頃は、それが自分の未来に必要なのだと思っていた。
「…………」
「どうしたの?」
「別に」
ヴィオレッタは帳面を閉じる。
「ただ、無駄じゃなかったんだなって思っただけ」
「何が?」
「今まで勉強してきたこと」
婚約を破棄された時。
すべて無駄になったと思った。
王妃になることもない。
公爵令嬢ですらなくなった。
なら。
今まで積み重ねてきたものに何の意味があったのかと。
けれど。
「役に立ってるじゃん」
ルシオンが当たり前のように言った。
「…………」
「俺だけだったら、たぶん金貨四十三枚持って帰って終わってたよ」
「それはそれでどうなの?」
「必要になったらまた町に来ればいいかなって」
「やっぱり私がいてよかったわね」
「うん。すごく助かってる」
「…………」
あまりにも素直に言われて。
ヴィオレッタは一瞬黙った。
「そう」
それだけ答えて、馬車へ向かう。
「ヴィオレッタ?」
「何?」
「なんで先に行くの?」
「日が暮れるでしょ。早く帰るわよ」
「まだ夕方前だけど」
「いいから!」
少しだけ歩く速度が速い。
ミネットは二人を見て、小さく笑った。
帰りの馬車は、来た時よりずっと重かった。
魔獣素材がなくなった代わりに。
これからの生活に必要な物が大量に積まれている。
「帰ったら忙しいわよ」
ヴィオレッタが言う。
「まず荷物を整理して、保存場所を作る。畑も広げる。鶏小屋も作らないと」
「果樹も植える」
「それもね」
「山羊小屋も」
「まだ買ってないでしょ」
「先に作っておけば買えるんだろ?」
「…………」
「違う?」
「違わないけど」
ヴィオレッタは苦笑する。
「本当に作る気?」
「もちろん」
「じゃあ私も配置を考える」
「お願い」
ルシオンは前方を見る。
その先にあるのは。
誰も住みたがらない魔境。
自分たち以外には、ただ危険なだけの土地。
けれど今の四人にとっては違う。
帰る家がある。
畑がある。
泉がある。
そして今日からは、鶏までいる。
「早く帰ろうか」
「そうね」
ヴィオレッタも自然に答えた。
「みんなが待ってるし」
その言葉を口にしてから。
ヴィオレッタは少しだけ笑った。
いつの間にか。
あの魔境を指して。
当たり前のように『帰る』と言うようになっていた。
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