↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/18

見知らぬ天井

ヴィオレッタの体バッキバキですw

 翌朝。


 ヴィオレッタは目を覚ますと、しばらく天井を見つめていた。


「…………」


 見覚えのない天井。


 いや。


 見覚えはある。


 昨日、自分たちで作った天井だ。


「そっか……」


 身体を起こす。


 ベッドはまだない。


 床に敷いた毛布の上で眠ったせいか、身体のあちこちが痛かった。


「いたた……」


 公爵家にいた頃なら、目を覚ませば使用人がやってきた。


 着替えが用意され。


 朝食が用意され。


 今日の予定を確認する。


 だが今は誰も来ない。


 当然だ。


 ここには使用人などいない。


「…………」


 ヴィオレッタは立ち上がった。


「自分でやらないとね」


 そう呟いて部屋を出る。


 すると。


「おはよう、ヴィオレッタ」


「おはよう」


 居間では、すでにルシオンが起きていた。


 テーブルの上に何かを並べている。


「何してるの?」


「朝ごはん」


「あなたが?」


「うん」


「料理できるの?」


「簡単なものなら」


「へえ……」


 元王子が料理。


 昨日までなら違和感しかなかっただろう。


 だが、この場所ではそんなことを言っていられない。


「手伝う?」


「お願い」


「何をすればいい?」


「これ切って」


 野菜と包丁を渡された。


「分かった」


 ヴィオレッタは野菜をまな板に置く。


 包丁を握る。


「…………」


 そして止まった。


「どうしたの?」


「別に」


「切らないの?」


「今から切るところよ」


「うん」


「…………」


 野菜を見る。


 包丁を見る。


 もう一度、野菜を見る。


「ヴィオレッタ」


「何?」


「もしかして料理したことない?」


「…………」


「ないんだ」


「まだ何も言ってないでしょ!」


「顔に書いてある」


「失礼ね!」


 料理くらい。


 食材を切って、火を通せばいい。


 知識としては分かっている。


 実際にやったことがないだけだ。


「見てなさい」


 ヴィオレッタは包丁を構えた。


「待って」


「何よ」


「なんで剣みたいに持ってるの?」


「これで合ってるでしょ?」


「違うと思う」


「じゃあどう持つのよ!」


「貸して」


 ルシオンに包丁の持ち方を教わる。


「指はこう」


「……近いんだけど」


「切ったら危ないだろ」


「それは分かってる」


「じゃあ動かないで」


「分かったから!」


 何とか野菜を切る。


 形は揃っていない。


 大きいもの。


 小さいもの。


 なぜか妙に細長いもの。


「…………」


「初めてならこんなものじゃない?」


「慰めないで」


「慰めてないよ」


「余計に腹が立つ!」


 その声で起きたのか。


 リゼットとミネットも部屋から出てきた。


「おはようございます!」


「おはようございます」


「おはよう」


 ヴィオレッタが答える。


 ミネットがまな板を見る。


「ヴィオレッタ様が切られたのですか?」


「そうよ」


「…………」


「何?」


「いえ」


「今、何か言いたそうな顔したわよね?」


「気のせいです」


「ミネットまで!」


 リゼットは野菜を一つ摘《つま》んだ。


「大きさが全部違いますね!」


「言わなくていいの!」


 朝から騒がしい。


 それなのに。


 嫌ではなかった。


 四人で朝食を済ませる。


「それで」


 ヴィオレッタは食器を置いた。


「今日は何をするの?」


「家の続きかな」


「まだ何か作るの?」


「家具がほとんどないから」


 確かに。


 テーブルと椅子はある。


 しかしヴィオレッタの部屋には毛布しかない。


 他の部屋も最低限の家具だけだ。


「ベッドも作りたいし、棚も欲しい。あと食料を保存する場所も必要だね」


「食料?」


「うん」


 ルシオンが部屋の隅を指差した。


 そこには袋や木箱が積まれている。


「今あるのは、王都から持ってきた分と途中の村で買った分」


「どのくらい持つの?」


「さあ」


「さあ?」


「まだ計算してない」


「…………」


 ヴィオレッタはルシオンを見る。


 次にリゼット。


 最後にミネット。


「ミネット」


「はい」


「食料の残量は?」


「現在の消費量でしたら、保存食を含めて二十日ほどです」


「よかった。ちゃんと把握してる人がいた」


「私が管理していますので」


「でしょうね」


「俺もだいたい分かってたよ」


「今『さあ』って言ったじゃない」


「二十日くらいかなって」


「絶対今知ったでしょ」


「…………」


「目を逸らさないで」


 ヴィオレッタはため息をつく。


「他は?」


「他?」


「生活に必要なもの。食料以外に何があって、何が足りないの?」


「えっと……」


 ルシオンが考え始める。


「ミネット」


「はい」


 ヴィオレッタは最初からミネットを見ることにした。


「日用品は一月程度。油や蝋燭《ろうそく》はそれより少ないですね。調味料も追加が必要です。工具類については当面問題ありません」


「水は?」


「川があります」


「そのまま飲んでるの?」


「煮沸しています」


「畑は?」


「ありません」


「家畜は?」


「いません」


「保存庫は?」


「簡易的なものだけです」


「薪は?」


「姉さんが集めています」


「任せてください!」


 リゼットが胸を張った。


「じゃあ、まず――」


 そこまで言って。


 ヴィオレッタが止まる。


 三人がこちらを見ていた。


「……何?」


「いや」


 ルシオンが笑う。


「なんか急に生き生きしてるなと思って」


「…………」


「昨日と全然違う」


「悪い?」


「全然」


 ヴィオレッタは少しだけ視線を逸らした。


「こういうことは……得意なの」


 公爵家では領地経営について学んだ。


 税収。


 食料備蓄。


 物流。


 人口。


 災害への備え。


 王妃教育ではさらに国全体の行政や経済も学んだ。


 料理はできない。


 丸太も運べない。


 魔獣だって倒せない。


 それでも。


 自分にできることはある。


「紙と筆記具ある?」


「あります」


 ミネットがすぐに持ってくる。


 ヴィオレッタはテーブルへ紙を広げた。


「まず、この場所で長く暮らすつもりなら、買ってきた食料だけに頼るのは駄目」


「どうして?」


「買い出しに行くたびに何日かかると思ってるの?」


「確かに」


「それに冬になったら?」


「…………」


「何も考えてなかったの?」


「家を作るので忙しくて」


「よくそれで住もうと思ったわね!」


 ヴィオレッタは頭を抱えた。


「まず畑を作る」


 紙へ書き込む。


「それから保存庫。できれば地下がいいわね。気温が安定するから」


「なるほど」


「川があるなら水は確保できる。でも毎回汲みに行くのは面倒でしょ?」


「まあね」


「家の近くまで水を引けない?」


 ルシオンが川を見る。


「水路を作るってこと?」


「そう。畑にも使える」


「できると思う」


「なら候補に入れる。それから――」


 ヴィオレッタの手が止まらない。


 リゼットが紙を覗き込む。


「すごい量ですね」


「まだ最低限よ」


「これで?」


「住むって、家を建てれば終わりじゃないの」


 食料。


 水。


 保存。


 燃料。


 衛生。


 衣服。


 薬。


 防衛。


 必要なものを書き出していく。


「それから森で採れるものも調べたい」


「昨日、薬草を見つけていましたね」


「ええ。食べられる植物もあるかもしれない。それに、魔獣の素材だって使えるでしょう?」


「魔獣がもっている魔石も合わせて売却も可能ですね」


 ミネットが答える。


「近隣の村まで運べば、それなりの金額になるかと」


「なら収入源にもできる」


「収入源?」


 ルシオンが尋ねる。


 ヴィオレッタが顔を上げる。


「当たり前でしょ。今持ってるお金がなくなったらどうするの?」


「…………」


「まさか、それも考えてない?」


「多少は持ってるよ」


「いくら?」


「えっと……」


「ミネット」


「こちらです」


 ミネットが小さな帳面を差し出した。


「なんで全部ミネットが管理してるのよ」


「ルシオン様に任せるより安全ですので」


「納得した」


「二人とも酷くない?」


 帳面を確認する。


 王都を出る際に持っていた金。


 馬車。


 工具。


 食料。


 旅費。


 家を作るために購入した物資。


 かなり減っている。


「このまま何も収入がなければ、いずれなくなるわね」


「その時は魔獣を売ればいいんじゃない?」


「簡単に言うけど」


「いっぱい住んでるよ」


「魔境を財布みたいに言わないで」


「でも実際、素材は高く売れると思います」


 ミネットが冷静に補足した。


「先日倒した狼型の魔獣も、素材を持ち帰れば相応の値段になるでしょう、魔石もいい値段になるはずです」


「じゃあ使えるものは使いましょう」


「了解しました」


 ヴィオレッタはさらに書き込む。


「優先順位を決めるわよ」


 一番上。


 そこへ大きく書いた。


 ――食料。


「まずは畑」


「今日作る?」


「できるの?」


「土地ならいっぱいあるし」


「そうじゃなくて、耕す道具とか」


「あるよ」


「じゃあやりましょう」


 ヴィオレッタは立ち上がった。


「待ってください」


 ミネットが止める。


「何?」


「ヴィオレッタ様」


「その『様』、やめてくれない?」


「……はい?」


「もう公爵令嬢じゃないんだから」


「しかし」


「一緒に住んでるのに、一人だけ様付けって変でしょ」


「…………」


 ミネットが少し困ったようにルシオンを見る。


「俺はいいと思うよ」


「ルシオン様には聞いていません」


「はい」


 ヴィオレッタが笑う。


「ヴィオレッタでいいわ」


「では……ヴィオレッタ」


「うん」


「私のこともミネットで構いません」


「最初からそのつもりだったけど」


「そうですか」


「私もリゼットで!」


「分かった、リゼット」


「はい!」


 ヴィオレッタは二人を見る。


 少しだけ。


 距離が近くなった気がした。


「じゃあ畑を作りましょう」


「おー!」


 リゼットだけが妙に元気よく拳を上げた。


 家の近く。


 日当たりがよく、川からもそれほど離れていない場所を選ぶ。


「この辺りがいいと思う」


 ヴィオレッタが地面を確認する。


「まず土を――」


「私がやります!」


 リゼットが鍬《くわ》を持つ。


「待って。畑は力任せにやればいいわけじゃ――」


「えいっ!」


 ドゴンッ!


「…………」


 土が盛大に吹き飛んだ。


 ヴィオレッタの髪へ土が降りかかる。


「…………」


「…………」


 全員が黙った。


 地面には。


 畑というより、小さな穴ができていた。


「リゼット」


「はい!」


「もう少し優しく」


「分かりました!」


「本当に分かった?」


「もちろんです!」


 二度目。


 ドゴンッ!


「…………」


 また土が飛んだ。


「姉さん」


 ミネットが額を押さえる。


「畑を作るのであって、敵を倒すのではありません」


「難しいね」


「どこが!?」


 ヴィオレッタは髪についた土を払いながら声を上げた。


「貸して!」


 鍬を受け取る。


「こういうのは――」


 持ち上げる。


「…………重っ」


「大丈夫?」


「大丈夫よ!」


 振り下ろす。


 ガッ。


 地面へ僅かに刺さった。


「…………」


 もう一度。


 ガッ。


「…………」


 全然進まない。


「ヴィオレッタ」


「何?」


「代わろうか?」


「まだ始めたばかり!」


 再び振り下ろす。


 数分後。


「はぁ……はぁ……」


「代わろうか?」


「……お願い」


「うん」


 ルシオンが鍬を受け取った。


「笑わないでよ」


「笑ってないって」


「絶対笑ってる」


「でも昨日まで公爵令嬢だった人が、今日は畑を耕してるんだよ?」


「自分でも信じられないわよ!」


 ヴィオレッタは近くの木陰へ座った。


 息を整えながら、三人を見る。


 リゼットが力加減を教わり。


 ミネットが畑の範囲を測り。


 ルシオンが土を耕している。


「…………」


 おかしな生活だ。


 数日前まで。


 自分は第一王子の婚約者だった。


 未来の王妃として学院へ通い、公爵家の屋敷で暮らしていた。


 それが今では。


 魔境の真ん中で畑を作っている。


「……ふふっ」


 思わず笑った。


「どうしたの?」


 ルシオンが振り返る。


「何でもない」


「そう?」


「ただ……」


 ヴィオレッタは草原を眺める。


「悪くないなって思っただけ」


「畑作りが?」


「この生活が」


 ルシオンが笑った。


「俺も気に入ってる」


「そうでしょうね。こんな場所に家まで建てたんだから」


「いいところだろ?」


「魔獣さえいなければね」


「そのうち慣れるよ」


「慣れたくないわよ」


 そんなことを話しながら。


 四人で小さな畑を作った。


 まだ何も植えられていない。


 人が見れば、ただ土を耕しただけの小さな土地だろう。


 けれど。


 それは、この場所で暮らしていくための最初の一歩だった。


 家ができた。


 畑ができた。


 次は何を作ろう。


 この時の四人は、まだ知らない。


 自分たちが何気なく始めたこの開拓が。


 やがて、多くの人々が暮らす町の始まりになることを。

いつも読んで頂きありがとうございます!


面白いと思って頂けたらコメント、評価や⭐︎を頂けると、とても喜びます。


よろしくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。