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四人ではじめる魔境生活

みんなでお家を作ります

「それで、私は何をすればいいの?」


 魔境へ来た翌朝。


 ヴィオレッタは建築途中の家の前に立っていた。


 昨日までとは違い、動きやすい服に着替えている。


 もちろん、そんな服を持って魔境へ来たわけではない。


 ミネットから借りたものだ。


「まずは家を完成させたいかな」


 ルシオンが答える。


「それは見れば分かるわ」


 ヴィオレッタは目の前の家を見上げた。


 一応、家らしい形にはなっている。


 壁も大部分は完成している。


 しかし屋根は半分ほどしかない。


「昨日から気になってたんだけど」


「何?」


「あなたたち、今までどこで寝てたの?」


「馬車」


「…………」


「最初の何日かは野宿だったけど」


「…………」


「どうしたの?」


「私、ここに住むって言ったわよね?」


「言ったね」


「家、完成してないじゃない」


「だから今作ってるんだよ」


「…………」


 ヴィオレッタは額を押さえた。


「つまり私は、住む家も完成していない場所に誘われたの?」


「そうなるかな」


「どうして昨日言わなかったのよ!」


「聞かれなかったから」


「普通は言うの!」


 朝から声を上げてしまった。


「まあまあ」


 リゼットが笑いながら近づいてくる。


「今日中には屋根まで完成させますから!」


「本当に?」


「はい!」


 そう答えたリゼットは、地面に置かれていた丸太を一本持ち上げた。


 片手で。


「…………うそ」


 ヴィオレッタは目を疑った。


 自分の胴体より太い。


 どう考えても一人で持つものではない。


「リゼット」


「はい?」


「それ、重くないの?」


「少しだけ」


「少し……」


 リゼットはそのまま丸太を肩へ担《かつ》ぎ、家の方へ歩いていく。


「ルシオン」


「何?」


「あの子、いつもあんな感じなの?」


「うん」


「そう……」


 昨日、この魔境で普通に暮らしている時点で分かっていた。


 どうやらこの三人に、自分の常識を当てはめてはいけないらしい。


「姉さんに力仕事を任せれば、かなり早く進むと思います」


 ミネットが建築用の図面を持ってやってきた。


「問題はこちらですね」


「何?」


「部屋です」


 図面を地面へ広げる。


 ヴィオレッタも覗《のぞ》き込んだ。


「ルシオン様の部屋。姉さんの部屋。私の部屋。それから居間と台所、物置」


「…………」


「ヴィオレッタ様の部屋がありません」


「でしょうね」


 三人で住むつもりで作っていたのだから当然だ。


「別に私は居間でも――」


「駄目です」


 ミネットが即答した。


「でも」


「女性を居間で寝かせるわけにはいきません」


「あなたたちも女性でしょう?」


「それとこれとは別です」


「そうなの?」


「そうですよ」


 ヴィオレッタには違いが分からない。


「じゃあ」


 ルシオンが図面を覗き込む。


「部屋を増やそう」


「簡単に言うわね」


「一部屋増やすだけだろ?」


「今から?」


「うん」


「もう壁を作ってるのに?」


「増やせばいいじゃん」


「…………」


 ヴィオレッタは昨日の言葉を思い出した。


 帰る場所がないなら作ればいい。


 どうやらルシオンという人間は、何でもこの調子らしい。


「ルシオン様」


 ミネットが図面を指差す。


「一部屋追加するのでしたら、こちら側を延長するのがよいかと思います」


「できそう?」


「問題ありません。ただ、木材が足りなくなる可能性があります」


「じゃあ取ってくるよ」


「お待ちください」


「何?」


「森へ一人で入るおつもりですか?」


「木を取りに行くだけだよ」


「ここは魔境です」


「知ってる」


「昨日知ったばかりでしょう」


「でも今は知ってるよ」


「そういう問題ではありません」


 ミネットが深いため息をついた。


「私が同行します」


「大丈夫だって」


「同行します」


「はい」


 ヴィオレッタはそのやり取りを見て、思わず笑った。


「ルシオンって、ミネットには弱いのね」


「弱いっていうか、こういう時は何を言っても無駄なんだよ」


「ルシオン様が無警戒すぎるのです」


「俺だって剣くらい使えるよ」


「魔獣の強さと剣の腕は別問題です」


「はいはい」


「返事は一度です」


「はい」


「ふふっ」


 ヴィオレッタがまた笑う。


 昨日まで。


 笑うことなど、もうないと思っていた。


 それなのに。


 ここへ来てから何度笑っただろう。


「では行ってきます」


「私も行く」


 ヴィオレッタが言うと、三人の視線が集まった。


「ヴィオレッタも?」


「私もここで暮らすんでしょう?」


「そうだけど」


「だったら、この辺りのことくらい知っておきたいわ。それに、ずっと何もせず見ているのも嫌」


「分かった」


「ルシオン様」


 ミネットが何か言おうとする。


「ミネットがいるから大丈夫だろ?」


「…………」


「俺もいるし」


「ルシオン様は護衛対象です」


「俺、そんなに信用ない?」


「ありません」


「即答……」


 結局。


 ルシオン、ヴィオレッタ、ミネットの三人で森へ入ることになった。


 リゼットは家に残って作業を続ける。


「気をつけてくださいねー!」


 巨大な丸太を抱えたまま、リゼットが手を振っている。


「リゼットもね」


「はい!」


 森へ入る。


 昨日。


 ヴィオレッタが一人で歩いた場所。


「…………」


 改めて考えると、よく無事だったものだ。


 死んでも構わないと思っていたから気にならなかった。


 だが生きるつもりで歩いてみると、木々の奥から聞こえる音の一つ一つが気になる。


「昨日、本当に一人でここを歩いたのですか?」


 ミネットが尋ねる。


「うん」


「魔獣とは遭遇しませんでした?」


「見なかったと思う」


「運がよかったですね」


「やっぱり危なかった?」


「とっても」


「…………」


 やはりそうだったらしい。


「この周辺には、通常であれば討伐隊が編成されるような魔獣も生息しています」


「そんなに?」


「はい」


「それなのに、よく住もうと思ったわね」


 ヴィオレッタがルシオンを見る。


「人がいないところがよかったから」


「理由がおかしいのよ」


「そう?」


「普通は、人がいない理由を考えるでしょう?」


「ミネットにも言われた」


「でしょうね」


 その時だった。


 ミネットの足が止まった。


「二人とも、止まってください」


「何?」


「静かに」


 空気が変わる。


 ミネットが腰の武器へ手を伸ばした。


 ヴィオレッタも周囲を見る。


 ガサッ。


 前方の茂みが揺れた。


「ルシオン様、ヴィオレッタ様。私の後ろへ」


 低い唸《うな》り声。


 茂みの奥から姿を現したのは、巨大な猪型の魔獣だった。


「…………」


 ヴィオレッタは息を呑む。


 普通の猪とは大きさが違う。


 馬よりも大きい。


 口元から伸びた二本の牙は、ヴィオレッタの腕ほどもある。


「これ……」


「下がってください」


 ミネットが前へ出る。


 魔獣が地面を蹴った。


 巨体からは想像できない速度で突進してくる。


「ミネット!」


 ヴィオレッタが叫ぶ。


 だが。


 ミネットは避けるどころか、魔獣へ向かって走った。


「えっ!?」


 衝突する直前。


 僅かに身体をずらす。


 巨大な牙がミネットの横を通り過ぎた。


 その瞬間、細い刃が魔獣の首筋へ突き刺さる。


「ギィィッ!」


 魔獣が暴れる。


 ミネットはすぐに距離を取った。


 魔獣が振り返る。


 再び突進しようとして――


 足が崩れた。


 そのまま地面へ倒れる。


「…………」


 ヴィオレッタは言葉を失った。


「––––終わりました」


 ミネットが刃についた血を振り払い拭う。


「……終わったの?」


「はい」


「今の大きい魔獣を?」


「急所を狙いましたので」


「…………」


 ヴィオレッタはルシオンを見る。


「何?」


「あなた、こんな人たちを護衛にしてたの?」


「うん」


「そりゃ魔境でも平気でしょうね……」


 少し納得した。


「でも、ちょうどよかったね」


 ルシオンが倒れた魔獣を見る。


「何が?」


「肉」


「…………」


 ヴィオレッタがルシオンを見る。


「食べるの?」


「猪みたいな魔獣なら食べられるんじゃない?」


「食用可能な種類です」


 ミネットが答えた。


「ほら」


「ほら、じゃないわよ」


「夕飯にしよう」


「あなた、順応するの早すぎない?」


「住んでるからね」


 ヴィオレッタはもう何度目か分からないため息をついた。


 森を進み、家の建築に使えそうな木を探す。


 その途中。


「この辺り、薬草も多いわね」


 ヴィオレッタが足を止めた。


「分かるの?」


「これくらいは分かるわ」


 足元に生えている植物を指差す。


「これは止血薬に使える薬草。こっちは熱を下げる薬の材料になるもの」


「へえ」


「王妃教育で薬学も勉強したから」


「王妃って大変なんだな」


「本当にね」


 以前なら。


 王妃教育で身につけた知識を褒められれば、誇らしかった。


 今はもう王妃になることはない。


 けれど――


「これ、持って帰りましょう」


「何に使うの?」


「薬を作れるわ。怪我をした時に必要になるでしょう?」


「作れるの?」


「簡単なものなら」


「すごいじゃん」


「…………」


 ヴィオレッタはルシオンを見る。


「何?」


「別に」


 少しだけ嬉しかった。


 王妃にならなくても。


 学んだことは、無駄ではないのかもしれない。


 それから必要な木材を選び、印をつけていく。


 伐採そのものは後でリゼットも連れてくることになった。


 そして家へ戻ると。


「おかえりなさーい!」


 リゼットが笑顔で迎えてくれた。


「ただいま」


「…………」


 ヴィオレッタが足を止める。


「どうしました?」


「今……」


「はい?」


「何でもない」


 自然に出た。


 ただいま。


 昨日まで帰る場所などないと思っていた自分の口から。


「ヴィオレッタ?」


「何でもないって言ってるでしょ」


「そう?」


「ほら、早く家を完成させるわよ」


「おお、やる気だね」


「今日も馬車で寝るなんて嫌だから!」


「そこ?」


「早くちゃんとした家で寝たいの!」


 リゼットが笑う。


 ミネットも小さく息を吐きながら、建築道具を手に取った。


 四人で作業を再開する。


 リゼットが木材を運び。


 ミネットが寸法を確認する。


 ルシオンが柱を組み。


 ヴィオレッタも慣れない手つきで釘を打つ。


「痛っ!」


「大丈夫!?」


「指を叩いただけ」


「代わろうか?」


「いい。自分でやる」


「でも――」


「ルシオン」


「何?」


「笑ったら怒るからね」


「笑ってないよ」


「口元が笑ってる!」


「気のせい」


「こっち見なさい!」


 夕方。


 ようやく屋根が完成した。


「できた……」


 ヴィオレッタが家を見上げる。


 豪華ではない。


 公爵家の屋敷と比べれば、驚くほど小さい。


 自分たちで作ったため、少し歪《ゆが》んでいるところまである。


 それでも。


「家だね」


 ルシオンが隣で言った。


「ええ」


「まだヴィオレッタの部屋は完成してないけど」


「…………」


「今日だけ居間で――」


「完成させるわよ」


「もう夕方だけど?」


「完成させるの」


「はい」


 その夜。


 四人は暗くなるまで作業を続けた。


 そして――


「できた!」


 小さな部屋。


 ベッドもまだない。


 家具もない。


 床に毛布を敷いただけ。


「狭くない?」


 ルシオンが尋ねる。


「公爵家の部屋とは比べものにならないけど」


「やっぱり?」


「でも」


 ヴィオレッタは部屋の中へ入る。


 窓を開ければ、夜の草原が見えた。


 遠くには森。


 空には無数の星。


「嫌いじゃないわ」


「そっか」


「うん」


 ヴィオレッタは振り返る。


「ありがとう、ルシオン」


「どういたしまして」


 扉が閉まる。


 一人になった。


 静かな部屋。


「…………」


 ヴィオレッタは毛布の上へ座った。


 昨日まで。


 すべてを失ったと思っていた。


 でも今日。


 新しい部屋ができた。


 まだ何もない。


 本当に何もない、小さな部屋。


 それでも――


「私の部屋……」


 誰にも聞こえない声で呟く。


 そして。


 ほんの少しだけ笑った。


 失ったものは戻らない。


 だけど、ここからまた作ればいい。


 ルシオンが家を作ったように。


 自分も。


 もう一度――自分の居場所を作っていけばいい。

いつも読んで頂きありがとうございます!


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よろしくお願い致します。

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