功績
【試練4】
【目的:戦ってください】
【制限時間:―】
次の瞬間、俺たちは明るい密室に立っていた。
いるのは俺たち参加者と、教官だけ。
「今回の試練はとても簡単です。皆さんには二人一組になっていただきます」
目の前にウィンドウが現れた。
【護衛対象:水瀬 葵】
背筋に寒気が走る。
(なんでまたこいつなんだよ。……つけ回されてる気分だ)
その本人が俺のところへ駆け寄ってきた。
「また一緒だね。これって運命?」
「パートナーが死亡した場合、その時点で失格となります」
誰かがほっと息を吐いた。
「じゃあ、お互いを守ってればいいってことか?」
「その通りです!」
教官が人差し指を立てる。
「そして、ここからが面白いところです」
【参加者殺害報酬:銅貨10枚】
部屋が静まり返った。
「最初の死者が出た時点で、十分間のカウントダウンが開始されます。時間切れまで生き残れば、試練クリアです」
「……誰も殺さなかったら?」
教官は笑った。
「その場合、試練は永遠に終わりません」
(このクソ野郎……)
「それでは、試練開始です!」
俺は葵の手首を掴んだ。
「えっ!?」
「来い」
「どこに!?」
そのまま教官目掛けて走る。
「ちょ、まさか――」
教官の首目掛けて剣を振り抜いた。
――キィン!
見えない何かに弾かれ、剣が跳ね返される。
「おお~、面白いことを考えますねえ。ですが、やはりルールには従っていただかないと」
教官は親指を立てた。
……いい加減、その仕草が腹立たしい。
(教官は相変わらずその場から動かない。それに、攻撃も通らない)
俺は教官の後ろへ回り、壁に背中を預けた。
葵の手はまだ離していない。
(ここで殺し合えば、次の試練に持ち越せる人数が減るだけだ)
「最初の一人が死んでから十分……」
周囲を見回す。
誰も動いていなかった。
「だったら、誰も殺さなきゃいい」
「いつまでここにいるつもりだ?」
「こいつが飽きるまでだ」
教官を見る。
相変わらず笑っている。
(……それか、誰かが銅貨十枚を欲しくなるまで)
「おい、お前ら! 今のうちに休んどけ! 誰かが死なない限り試練は終わらない。だったら、戦わずに休めるってことだ」
しばらくすると、皆もようやく緊張を解き、次々と床に腰を下ろした。
少しくらい休めるのは、誰にとってもありがたいはずだ。
――休んでいる無防備な人間を狙おうなんて馬鹿が出てこない限りは。
俺は教官に目を向けた。
そこで、ようやく妙なことに気づく。
笑っていない。
初めてだった。
腕を組み、険しい目でこちらを見ている。
いや。
俺を見ていた。
「……ずいぶん頭の回る方がいたものですね」
(なるほど)
思わず口元が緩む。
(気に入らねえってわけか)
だが、何も起こらない。
教官が気に入らないからといって、試練の条件が変わる様子もなかった。
つまり、こいつはシステムを完全に支配しているわけじゃない。
権限そのものが存在するのかは分からない。
だが、少なくとも自由自在ではないらしい。
「ねえ、何歳?」
「二十」
「私は十八」
「聞いてない」
「犬、飼ってた?」
「いや」
「猫は?」
「いない」
「彼女は?」
「どうでもいいだろ」
「じゃあ、いたんだ」
「そんなこと言ってねえ」
「じゃあ、いなかったんだ」
「……」
「なるほど」
「暇なのか?」
「暇だから話しかけてるんだけど」
十分。
二十分。
皆、床に座ったまま、それぞれのパートナーと話していた。
葵も何度か話しかけてきたが、俺はほとんど短く返すだけだった。
だが、時間が経つにつれて、少しずつ空気が張り詰めていく。
皆、十分に休んだ。
つまり――銅貨十枚が、再び魅力的に見え始める頃だ。
俺は立ち上がった。
「葵。もっとこっち来い」
「ん?」
肩を掴んで引き寄せ、葵を壁との狭い隙間に入れる。
「ちょっと……」
「離れすぎると守れねえ」
「……先にそう言ってよ」
葵は少し頬を赤くしたが、離れようとはしなかった。
そのとき。
一人が立ち上がった。
四十歳くらいの、禿げた男。
ここ数分、何度もこっちを見ていた奴だ。
その手には斧が握られていた。
(……来たか)
教官が笑った。
男が駆け出す。
俺じゃない。
葵に向かって。
当然か。
俺ではなく――弓を持った女。
(クソ野郎。一番やりやすそうな相手を選びやがった)
「死ねえええ!」
唾を撒き散らしながら、男が斧を振り上げる。
俺は剣を前に出しながら、葵を後ろへ押しやった。
斧が振り下ろされる。
剣で受ける気はなかった。
腕を狙って斬る。
刃が手首の少し上に食い込んだ。
男の指が開く。
――ガランッ。
斧が石床に落ちた。
一瞬遅れて、絶叫が部屋中に響き渡る。
「ぎゃあああああっ! 俺の腕があああ!」
男が傷口を押さえる。
だが次の瞬間、我を失ったように俺へ飛びかかってきた。
「てめえ……てめえも死ねええ!」
二度目を待つつもりはなかった。
一歩踏み込む。
剣を突き出した。
刃が男の首に食い込む。
そして、システムは何の感情もなく告げた。
【参加者を殺害しました】
【殺害報酬:銅貨10枚】
目の前の文字を見つめる。
(……金のために殺したんじゃねえ)
【罪悪感を検知しました】
【スキル『罪悪感抑制Ⅰ』を使用しますか?】
【使用料金:銅貨5枚】
(使わねえ)
【銅貨10枚を獲得しました】
(……黙れ)
【レベルが上昇しました】
(レベル?)
これまでの試練で蓄積していた疲労が、嘘のように身体から引いていく。
拳を握る。
強い。
明らかに、さっきまでより力がある。
【試練終了まで:09:59】
一分。
二分……。
意外なことに、それ以上の戦いは起こらなかった。
葵が俺の身体に寄り添っている。
こんな狭い場所じゃ、弓使いにできることなんてほとんどない。
結局、頼れるのは自分だけだ。
……だが。
(情を移すな)
こいつだって、いつ死ぬか分からない。
【試練終了まで:00:00】
【試練4 クリア】
【報酬:銅貨15枚】
【功績ランキング】
【1位:佐藤悠真(死亡)】
俺はその名前をもう一度読み直した。
それから、足元に転がる死体を見る。
(……こいつ?)
今回、死んだのは一人だけ。
自分の意思で最初に戦いを始めたのも、こいつだけ。
そして、一位になったのもこいつだった。
殺した俺じゃない。
パートナーを最後まで守った奴らでもない。
俺はゆっくりと教官へ視線を移す。
教官は笑っていた。
(……ここじゃ、これが『功績』になるのか?)
(先に殺そうとした奴が、一番評価される……)
【あなたは呪われています。あなたは死にます】
【試練4】
【レベル:4】
【筋力:17】
【敏捷:17】
【生命力:12】
【魔力:1】
【スキル:―】
【所持金:銅貨55枚】
(全部二ずつ上がったのか)
もう一度、拳を握る。
(……まあいい。これは使える)




