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罪人の王冠  作者: ZeroOne
5/5

休息にも金がかかる

【試練5】


【目的:休んでください】


【制限時間:24:00:00】


(……冗談か?)


 次の瞬間、俺たちは暗い夜の街へと移動していた。


 辺りを照らしているのは、街灯やランプから漏れるぼんやりとした黄色い光だけだ。


(……丸一日?)


「休んでください!」


「は?」


 教官が笑顔を浮かべる。


「前の試練では、皆さんずいぶん休むのがお好きだったようですから」


「お前、本当に……いや、もういい。俺は行く」


 俺は背を向け、目についた店の並ぶ方へ歩き出した。


 葵もついてくる。


「やっと休ませてもらえるんだ。よかったぁ……」


 彼女は大きく伸びをした。


「ずっとシャワー浴びたかったんだよね」


「どこで浴びるつもりだ? 宿か? だったら金取られるぞ」


「まさか。宿泊費まで私たちから取ったりしないでしょ?」


 適当に目についた宿へ入る。


【宿泊料金:銅貨2枚】


「……そう」


 野宿したくないというだけでも金を払わなければならないらしい。


 だが、それ以上に妙なことがあった。


 通りには試練から来た俺たち以外、誰一人としていなかった。


 夜だからと言われれば、それまでだ。


 だが、この宿に入っても、人間の代わりに出迎えたのはシステムだった。


(従業員がいない)


 右を見る。


 左を見る。


(なら、払う相手もいないな)


 俺は何食わぬ顔で階段へ向かった。


 ゴンッ。


 額が何か硬いものにぶつかった。


「……」


【先に宿泊料金をお支払いください】


(だよな)


「大丈夫!?」


 葵が駆け寄ってきた。


「試練中はそんなに心配してなかっただろ」


「そんな暇なかったの。ごめん」


「別にいい」


「冷たいなぁ」


「俺は部屋取るけど、お前は?」


「一部屋を二人で使えばいいんじゃない? その方が安いし」


「お前、それどう聞こえるか分かって言ってる?」


「でも、こんな状況なんだし仕方ないでしょ」


「……」


「で、誰が払う?」


「私が払うよ」


 葵が目の前に浮かんだウィンドウを押した。


「優しいな。まあ、この金は俺たちが生き残るための金でもあるんだけど」


「貸しだからね。危なくなったら守ってよ」


「分かった。寝てる間に何かするなよ」


 俺は部屋へ向かう。


「俺は寝る。お前はまだ街を見るのか?」


「私は先にシャワー浴びようかな。黒川も浴びた方がいいよ」


「ああ、そういや忘れてた。じゃあ俺もお前の後に入る」


「え……う、うん」


 しばらくして、葵がシャワーから戻ってきた。


 入れ替わるように俺も浴室へ入る。


 シャワーは一つだけ。


 宿全体で一つ。


 まあいい。


 設備自体はごく普通だった。


 今までの出来事を洗い流すように、俺はかなり長い時間シャワーを浴びた。


 身体を拭き、服を着て部屋へ戻る。


 ベッドには水瀬が横になっていた。


 部屋にあるのは一つのベッド、一脚の椅子、それから小さな棚だけ。


 以上。


 銅貨二枚なら妥当なところか。


 俺は水瀬を見る。


 ベッドを見る。


 もう一度、水瀬を見る。


「毛布くれ。俺は床で寝る」


「ん」


 葵が毛布を渡してきた。


「おやすみ、黒川」


「おやすみ」


 俺は毛布を敷いて横になると、そのまま一瞬で眠りに落ちた。


     ◇


【残り時間:16:14:34】


 目を覚ました。


 窓の外を見る。


 まだ夜だった。


 俺は八時間ほど眠ったはずだ。


 それなのに、外の景色は何一つ変わっていない。


 相変わらずの深い闇。


(ここ、朝ってあるのか?)


 ベッドでは水瀬が呑気に眠っていた。


 俺は一人で外へ出て、店を見て回ることにした。


 少し歩くと、『明るい夜』という名前の鍛冶屋が目に入った。


 妙に気になる名前だ。


 中へ入ると、壁に飾られていた一本の剣が真っ先に目に入った。


 刀身そのものが淡く光っている。


【剣『エシャフォー』】


【価格:金貨10枚】


【チュートリアル】


【通貨換算】


【銅貨100枚=銀貨1枚】


【銀貨100枚=金貨1枚】


(初級剣術と同じ値段か。今の俺じゃ買えないが、覚えておいて損はない)


【所持金を大幅に上回る商品への購買意欲を検知しました】


【ローンをご利用になりますか?】


【金利:1日7000%】


「……」


 俺はウィンドウを閉じた。


【あなたは呪われています。あなたは死にます】


【試練5】


【レベル:4】


【……】


【所持金:銅貨55枚】


(五十五枚か。結構貯めたな)


 別の場所へ視線を向ける。


 隅に置かれた籠には、変わった形の剣が何本も乱雑に突っ込まれていた。


 その中に一本だけ、光ってもいなければ派手な装飾もないものがある。


 いや。


 どう見ても普通の剣だった。


【不良品の剣】


【価格:銅貨20枚】


 俺は今使っている剣を確認する。


 ゴブリン戦から何度も酷使したせいで、刃にはいくつもの欠けができていた。


 一箇所には小さな亀裂まで入っている。


(あと二、三回あんな試練が続けば、柄だけになりそうだな)


(今の剣が折れた時の予備は必要だ。買うか)


【『不良品の剣』を購入しました】


【代金を徴収します……】


【残高:銅貨35枚】


 剣を手に取る。


 意外にも、手にはよく馴染んだ。


(不良品でも、一発殴っただけで折れたりはするなよ)


 俺はしばらく他の武器も眺めてから、鍛冶屋を出た。


 通りを見渡す。


 そこで、また一つ妙なことに気づいた。


 食べ物を売る店が一つもない。


 丸一日戦い続けて、その後八時間眠った。


 なのに俺は一度も腹が減っていない。


(俺たちは本当に死んでるから、もう食う必要がないのか?)


 他の店も回ってみる。


 ある露店では奇妙な植物の根や、見るからに呪われていそうな品が並んでいた。


 別の店には、重そうな鎧が高値で売られている。


「黒川!」


 聞き慣れた声がした。


「よう、水瀬。腹減ってるか?」


「ううん」


「最後に飯食ったのいつだ?」


「……」


 彼女の笑顔が消えた。


「死ぬ前」


「そうか。俺もだ」


 少しだけ沈黙する。


「たぶん、死んだから腹が減らなくなったんだろ。この街に食い物を売ってる店が一軒もないのも、その証拠だ」


「うん……そうかもね」


「近くに訓練場があった。ちょっと付き合わないか?」


 さっき見つけた広場の方を指さす。


「もちろん!」


 俺たちは訓練場へ向かった。


 水瀬が弓を構え、俺は剣を抜く。


「撃ってみろ。俺が避ける」


 水瀬は矢を取ろうとして――手を止めた。


「本気?」


「何が?」


「これ、本物の矢だよ」


「見れば分かる」


「当たったら、痛いだけじゃ済まないよ?」


「なら当てるな」


「……黒川」


「嫌なら逆にするぞ」


 数秒、俺を見つめる。


 やがて彼女はため息をつき、矢を一本取り出した。


「自分で言ったんだからね」


「ああ」


 俺は十五メートルほど距離を取った。


 水瀬が弦を引き絞る。


「準備いい?」


「来い」


 矢が放たれた。


 一歩横へ。


 矢は肩のすぐ横を通過し、後ろの木壁へ突き刺さる。


「お」


「何?」


「外すの、もっと難しいと思ってた」


「お前、喧嘩売ってんのか?」


 水瀬は笑いながら次の矢を取り出した。


 俺は重心を低くする。


 喧嘩には一つ、単純な鉄則がある。


 武器を見るな。


 拳でも。


 ナイフでも。


 鉄パイプでも。


 武器そのものが顔の前まで来てから反応したんじゃ遅い。


 見るのは人間だ。


 肩。


 脚。


 どこへ体重を乗せたか。


 そして、相手が未熟なら視線。


 大抵の奴は、自分がこれから攻撃する場所を見てしまう。


 水瀬が弓を上げた。


 弦が張る。


 指が動く。


 俺は右へ。


 矢が左を通り抜ける。


 次。


 しゃがむ。


 外れ。


「やるね」


「喋るな」


「怖い?」


「お前が?」


 次の矢はほとんど間を置かずに飛んできた。


 俺は一歩下がる。


(速くしてきたな)


 水瀬が再び弦を引く。


 手。


 肩。


 弓の向き。


 放つ。


 左。


 俺は右へ動いた。


 ――その瞬間、間違えたと気づいた。


 矢はまさに右へ飛んできている。


 俺は咄嗟に剣を振った。


 ガンッ!


 手首に衝撃が響く。


 弾かれた矢が地面へ転がった。


 俺たちは二人とも動きを止めた。


 剣を見る。


 矢を見る。


「……できた」


「今、矢を弾いた?」


「みたいだな」


「剣術できるの?」


「できない」


「じゃあ今の何?」


 俺は剣を軽く回して握り直した。


「棍棒とそこまで変わらない」


「剣と棍棒は全然違うでしょ」


「強く殴れば、どっちも相手に下がってもらえる」


「武器の扱い方の定義がおかしいよ」


 完全に間違っているわけでもない。


 剣は違う。


 重さも、バランスも違う。


 棍棒より重心が手元に近い。


 鉄パイプみたいに、何も考えず真正面から攻撃を受け止めるわけにもいかない。


 変な角度で振れば、相手の骨に食い込んで抜けなくなることだってある。


 それでも距離は距離だ。


 振りかぶる動きも同じ。


 そして俺の前にいるのは結局、人間だ。


 それなら分かる。


「もう一回」


 水瀬が弓を構えた。


     ◇


 その後の何本かは避けた。


 一本はもう一度剣で弾いた。


 次の一本も弾こうとして――


 失敗した。


 矢尻が肩を掠める。


「――っ!」


 俺は一歩下がった。


「黒川!」


 水瀬は即座に弓を手放した。


 俺が大丈夫だと言うより先に、駆け寄ってくる。


「待って、見せて」


「かすり傷だ」


「私が当てた」


「そのために――」


「見せて!」


「……」


 手をどける。


 肩から細い血の筋が流れていた。


 大した傷じゃない。


 水瀬はそう思っていないらしい。


「ごめん……ちゃんと外すつもりだったのに」


「今ここで肩を掠めてもらった方が、次の試練で胸を貫かれるよりマシだ。訓練は訓練だ」


「……本当に大丈夫?」


「大丈夫だ」


 彼女はまだ納得していない顔で傷を見ていた。


「……分かった」


「次は俺の番」


「撃つの?」


「攻める」


 剣を持ち上げる。


 水瀬がその刃を見る。


「まさか、それで斬る気じゃないよね?」


 俺は剣を返した。


「刃じゃなくて、腹で当てる」


「それでも金属の棒なんだけど」


「ほら。ようやく分かったな」


「そういう意味じゃない!」


 俺は笑った。


「避ければいい」


 水瀬は弓を置いた。


「分かった」


 互いに向かい合う。


 俺は慣れた手つきで柄を握り直した。


 剣は棍棒より難しい。


 だが、ゼロから始めるほどではない。


 昔は喧嘩でも素手の方が好きだった。


 だが、一人が鉄パイプや棍棒を持った瞬間、ルールがまるで変わることも知っている。


 間合いが伸びる。


 一発まともにもらえば、それだけで終わる。


 剣なら、それがさらに極端になるだけだ。


「準備いい?」


「うん」


 一歩踏み込み、右から振る。


 水瀬が飛び退く。


 そのまま剣を返し、左から。


 彼女はしゃがんだ。


 動きを止めず、一歩前へ。


 また後退する。


(遠い)


 俺は突然止まった。


 次の攻撃を予想していた水瀬も、一瞬止まる。


 その瞬間に距離を詰めた。


「あ――」


 剣が彼女の肩寸前で止まった。


「一本」


「……」


 水瀬は剣を見る。


「剣術できないって言ったよね?」


「できない」


「じゃあ今のは?」


「喧嘩」


「剣を持ってるけど」


「ああ」


「それを剣術って言うんじゃないの!?」


「違う」


 剣を下ろす。


「第三試練で戦ったあの男が相手なら、俺はもう血まみれになってる」


 水瀬が少し黙った。


 あの戦いは彼女も見ていた。


「そんなに強かったの?」


「強い? たぶん違う」


 自分の手を見る。


 筋力十七。


 敏捷十七。


 身体能力だけなら、俺の方が上だった可能性すらある。


「あいつは、剣で何をすればいいのか知ってただけだ」


 それが一番腹立たしかった。


 俺は間合いを理解していた。


 攻撃も読める。


 フェイントだって使える。


 だが、剣と剣がぶつかった瞬間、全部が変わった。


 どの角度で受けるか。


 どこへ刃を流すか。


 大振りではなく、いつ突くべきか。


 どうすれば相手の腕を開かせられるか。


 あいつは知っていた。


 俺は剣を、ただのよく切れる棍棒みたいに扱っていた。


 ゴブリン相手なら、それで十分だった。


 あいつには通用しなかった。


「だから練習してる」


 水瀬が笑った。


「じゃあ、もう一回やろう」


     ◇


 再び始める。


 今度は俺がフェイントを使うことを水瀬も分かっていた。


 一度目は効かない。


 二度目も。


 三度目。


 俺は上から振り下ろすように見せた。


 水瀬が横へ動く。


 途中で軌道を変える。


 だが、彼女は間に合った。


(覚えるの早いな)


 追う。


 一撃。


 一歩。


 もう一撃。


 水瀬は少しずつ訓練場の端へ追い込まれていく。


 俺はわざと右側だけを空けていた。


 彼女もそれに気づく。


 もう一歩。


 水瀬が右へ飛び出した。


(かかった)


 その進路へ踏み込み、逃げ道を塞ぐ。


「えっ――」


 水瀬が慌てて身体をひねった。


 足がもつれ、体勢が崩れる。


 咄嗟に俺は彼女の脇腹を支えた。


 水瀬が止まる。


 俺も止まる。


「……」


「……」


 すぐに手を離した。


「二本」


「今のは無し!」


「なんでだ?」


「剣使ってないじゃん!」


「誰が使うって言った?」


「剣の練習でしょ!」


「生き残るための練習だ」


「ずるい」


「喧嘩に――」


「――ルールはない。分かったから!」


 頬を膨らませる。


 俺は笑った。


「覚えるの早いな」


「じゃあ私も何してもいいんだ?」


「もちろん」


「分かった」


 なぜか、その笑顔が嫌な予感しかしなかった。


「次は二十メートル」


 水瀬が再び弓を持つ。


「ルールは簡単。私が三回当てるより先に、黒川が剣で私に触れたら勝ち」


「腹でな」


「はいはい」


「お前は本物の矢」


「さっき怪我したの見たら、もう嫌なんだけど」


「訓練は俺たちが生き残るために必要だ」


「……分かった」


 彼女は肩の傷を見る。


「せめて頭は狙わないから」


「それでいい」


 二十メートル離れる。


 水瀬が弓を構えた。


 俺は軽く膝を曲げる。


 これは面白い。


 棍棒を持った奴との間合いの詰め方なら知っている。


 ナイフも。


 だが、二十メートル先の弓兵?


 まるで別物だ。


「準備いい?」


「来い」


 射撃。


 水瀬を見る。


 肩。


 腕。


 弦。


 一歩横へ。


 矢が通り過ぎる。


 走る。


 もう二本目を構えている。


 水瀬が俺を追うように弓を動かした。


 俺は大きく右へ踏み込む。


 彼女も追う。


 そして放つ直前、俺は左へ切り返した。


 矢は俺が行くはずだった場所へ飛んだ。


(よし)


 残り十メートル。


 次。


 今度は撃たない。


 俺も待つ。


(撃たないのか?)


 五メートル。


 弦が鳴った。


 もう避けられない。


 剣を振る。


 ガンッ!


 矢が弾かれた。


(あと三メートル)


 一気に踏み込む。


 水瀬が下がりながら次の矢へ手を伸ばす。


 遅い。


 もう弓をまともに構えられる間合いじゃない。


 俺は剣の腹を彼女の腹に軽く当てた。


「俺の勝ち」


「違う」


「は?」


 水瀬が手に持っていた矢で俺の胸を軽く突いた。


「一回」


 下を見る。


「撃ってないだろ」


「撃たなきゃいけないなんてルールじゃなかったよ?」


「……」


 満足そうに笑っている。


「喧嘩にルールはないんでしょ、黒川?」


「それ教えたの俺なんだけど」


「うん」


「しかもまだ一回だぞ」


「……」


 笑顔が消えた。


 俺は剣の腹で彼女の肩を軽く叩く。


「俺の勝ち」


「もう一回」


「負けず嫌いか?」


「も・う・いっ・かい」


「はいはい」


     ◇


 残りの時間は驚くほど早く過ぎた。


 睡眠。


 シャワー。


 訓練。


 そしてまた訓練。


 死んでから初めて、丸一日誰にも殺されかけなかった。


 だからだろうか。


 二十四時間は、妙に短く感じた。


【試練5】


【目的:休んでください】


【残り時間:00:00:00】


【試練5 クリア】


【報酬:銅貨30枚】


(三十枚?)


 千匹近いゴブリンに殺されかけた第二試練では、たった五枚だった。


 休んだだけで三十枚。


(このシステム、一体何を基準に評価してる?)


【試練6】


【目的:戦ってください】


【制限時間:―】


(……ああ。こっちはもう見慣れた)

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