すべてに金を払え
【試練2:戦ってください】
【制限時間:―】
俺たちを囲んでいた障壁が徐々に白く濁り始めた。
やがて向こう側が完全に見えなくなる。
次の瞬間、障壁の境界がどんどん遠ざかり、足元には草が生え始めた。
気づけば俺たちは、何もない広大な平原の真ん中に立っていた。
「皆さんにはゴブリンと戦ってもらいます。頑張ってください!」
あちこちから不満の声が上がった。
「でも……私、戦い方なんて知らない……」
「どうせ全員死ぬんだろ!? だったら、なんで戦わなきゃいけないんだよ!」
男は相変わらず、不気味な笑みを浮かべていた。
「立派に死ぬために戦ってください」
その瞬間だった。
俺たちの周囲に、大量のゴブリンが出現した。
千匹――いや、それ以上いるかもしれない。
対して、こちらはたった五十人ほど。
だがゴブリンたちは動かない。
まるで俺たちだけを残して、時間そのものが止まっているかのようだった。
「参加者が十人死亡した時点で、この試練は終了します。そして、最も多くの命を奪った方々には報酬を差し上げましょう」
男の周囲に障壁が現れた。
【殺害した生物:0】
「ですが――」
男の笑みが深くなる。
「別に、ゴブリンを殺せとは誰も言っていませんよ」
ざわめきが止まった。
「人間を十人殺せば、その瞬間に試練は終了します。そして少なくとも、あなた自身は死なずに済みます」
相変わらず、ムカつく笑顔だ。
「おい、クソ教官。俺もその障壁の中に入れろ」
返事はない。
男はただ笑っていた。
次の瞬間――
ゴブリンたちが、一斉に動き出した。
「おい、そこの女。さっさと武器を選んだ方がいいぞ」
「守ってくれないの?」
「断る」
「ひどい」
少女の手に弓が現れた。
そして、ゴブリンたちが襲いかかってきた。
最初の犠牲者が出るまで、大して時間はかからなかった。
多く殺した者ほど多くの報酬を得られる。
そう聞かされてはいた。
だが、実際にはそんなことを考えている余裕なんてない。
これは競争なんかじゃない。
ただの生存戦だった。
敵が多すぎる。
視界の端で、二人の男が互いに掴みかかっていた。
どうやら、あの「教官」は思惑通りに事を運んだらしい。
俺は少女にも警戒していた。
だが意外にも落ち着いていて、俺に襲いかかってくる様子はない。
俺が元バイカーだと聞いて警戒しているのかもしれない。
ゴブリンが俺に飛びかかってきた。
剣を突き出す。
刃が、生き物の身体に突き刺さった。
人の鼻をへし折ったことなら何度もある。
だが、生き物に刃物を突き刺したのは初めてだった。
少女は離れた場所から矢を放っている。
(……剣なんか選んで最前線に立ったのは失敗だったか)
だが、考えている暇はなかった。
二匹目。
三匹目。
四匹目。
肉を斬るのは、思っていたより簡単だった。
だが刃が骨に当たるたび、嫌な震動が腕から全身へと伝わってくる。
ゴブリンは次から次へと押し寄せた。
やがて、数が多すぎて捌ききれなくなる。
剣を弾き飛ばされた。
「くそっ!」
拾おうと手を伸ばした瞬間、背中に激痛が走った。
ゴブリンが俺の背中に噛みついている。
さらに、斧を持った一匹が俺に一撃を叩き込んだ。
鈍い衝撃。
死ぬほど痛い。
それでも止まれない。
ゴブリンは噛みつき、殴り、頬を引っ張り、武器を振り回す。
俺はもう立っているのが不思議なくらいボロボロになりながら、それでも抵抗を続けた。
――そして突然。
すべてのゴブリンが消えた。
「……は?」
周囲を見回す。
生き残った人間たちの間に、十人の死体が転がっていた。
その中には、さっき互いに掴み合っていた二人もいる。
(大勢の化け物に囲まれてる最中に、人間同士で殺し合いかよ)
馬鹿にもほどがある。
【試練2 クリア】
【報酬:銅貨5枚】
「おお~! たった一分で終わりましたね~! おめでとうございます!」
何がおめでとうだ。
俺たちはたった一分で、十人も仲間を失ったんだぞ。
少女は生きていた。
そりゃそうだ。
他人を肉壁にして後ろから撃ってりゃ、生き残るのも楽だろう。
まあ、俺の周りにいたゴブリンもかなり射抜いてくれていた。
文句を言う筋合いはない。
「おい……お前、一体何がしたいんだよ……!」
傷だらけの男が障壁へ近づき、血まみれの拳を叩きつけた。
「さて! それではランキングを発表しましょう!」
教官は何事もなかったかのように続ける。
「殺害数上位十名は、私が直々に治療して差し上げます!」
【1位:黒川玲司】
【2位:水瀬 葵】
【3位:佐藤悠真】
【4位:高橋美咲】
【5位:中村拓海】
【……】
【あなたは1位です】
【追加報酬:銅貨7枚】
(俺が……一位?)
【あなたは呪われています。あなたは死にます】
【試練2】
【レベル:3】
【筋力:15】
【敏捷:15】
【生命力:10】
【魔力:0】
【スキル:―】
【所持金:銅貨14枚】
「私、二位だった。あなたは?」
また少女が近すぎる距離にいた。
「たぶん七位くらいだ」
その直後、「教官」がこちらへ歩いてきた。
「おや、いましたね。我らが第一位」
(……速攻でバレた)
「嘘つき。ふん」
少女は腕を組み、そっぽを向いた。
「じゃあ、黒川玲司っていうんだ? 名前までバイカーっぽい」
「どうでもいいだろ」
俺は男に手を差し出した。
男がその手に触れる。
しばらくすると、背中の痛みが少しずつ消えていった。
俺はゴブリンに噛まれた場所へ、反射的に手を伸ばす。
傷がない。
血すら残っていなかった。
「これは……」
そこで言葉が止まった。
男の腕に傷が現れた。
俺にあったものと同じ――
いや。
違う。
深い。
俺の傷より、遥かに深い。
肩に残っていた斧の傷も消える。
その瞬間、男の身体がぐらりと揺れた。
男の肩の肉が裂けていた。
俺は男を見つめる。
「……何してる?」
「あなたを治しているんですよ」
「なんだよ、そのスキル」
「傷を治療できます。強力でしょう?」
男は笑った。
「あなたもこれくらい強くなってください」
「……スキルってのは、全部何かしら代償が必要なのか?」
男は答えなかった。
そのまま俺から離れていく。
そして順位の高い者から順番に、上位十人の傷を治療していった。
だが――
(本当に、あのランキングは教官が言った通りの基準で決まってるのか?)
そう考えた、その瞬間。
「うっ……!」
突然、胃の中のものが込み上げてきた。
「おぇっ……!」
俺はその場で吐いた。
まあ、当然といえば当然だ。
あんなものを見て、あんなことをした直後なんだから。
「うわ……」
少女が顔を背ける。
【スキルを使用しました:嘔吐】
【料金:銅貨1枚】
俺は固まった。
(……は?)
ゆっくり口元を拭う。
(これもスキル扱いなのか?)
じゃあ、他には?
走ることは?
寝ることは?
呼吸は?
(……いや。呼吸はさすがに無料だろ。じゃなきゃ、とっくに全員破産してる)
たぶん。
(なら……)
俺は心の中で「鑑定」を使おうと念じた。
【スキルを使用しました:鑑定Ⅰ】
【料金:銅貨3枚】
教官へ鑑定を使う。
【鑑定に失敗しました】
【料金を徴収します……】
(ふざけんな。だったら……鑑定!)
【スキルを使用しました:鑑定Ⅰ】
【料金:銅貨3枚】
今度は少女へ向けて使った。
【性別:女性】
【料金を徴収します……】
俺は数秒間、その結果を見つめた。
それから少女を見る。
もう一度、結果を見る。
(……そりゃどうも。自分じゃ絶対分からなかったよ)
【あなたは呪われています。あなたは死にます】
【試練2】
【レベル:3】
【筋力:15】
【敏捷:15】
【生命力:10】
【魔力:0】
【スキル:―】
【所持金:銅貨7枚】
(……これで、金の半分が消えた)




