獣たちの世界
(ここは……どこだ? 暗い)
(ああ、そうか。俺、死んだんだったな)
妙だな。
じゃあ、ここが死後の世界ってやつか?
生きていた頃の俺は、相当な馬鹿だった。
喧嘩、バイク、つるんでいた仲間たち――そんな生活をしていれば、喧嘩の末に死ぬことになったって、別に不思議じゃない。
けれど今は、不思議なくらい穏やかな気分だった。
何か温かいものに引き寄せられているような……まるで、母親の温もりに包まれているような。
突然、目が開いた。
また、知らない場所だ。
俺は地面に横たわっていた。
周りを見れば、同じように大勢の人間が倒れている。
立っているのは、たった一人。
一人の男が、笑っていた。
なぜだろう。
その笑顔を見た瞬間から、俺は妙に気に入らなかった。
「皆さん、こんにちは。死後の世界へようこそ!」
例の奇妙な男がそう言った。
周囲の人々がざわめき始める。
誰一人、自分たちがどこにいるのか分かっていないようだった。
「まずは『システム』と口にしてみてください」
「システム? 何の――」
その瞬間、目の前に半透明のウィンドウが現れた。
まるでゲームだ。
【あなたは呪われています。あなたは死にます】
【試練1】
【レベル:3】
【筋力:15】
【敏捷:15】
【生命力:10】
【魔力:0】
【スキル:―】
【所持金:0】
「それが皆さんのステータスです。ご覧の通り、皆さんは呪われています」
誰かが乾いた笑いを漏らした。
「それって……どういう意味だ?」
男は笑った。
「皆さんは死ぬ、という意味ですよ」
静寂。
「それまでは試練を乗り越えてください。戦い、強くなってください。そして、もちろん……」
男は人差し指を立てた。
「お金を払うのも忘れずに」
【試練1:戦場を観察してください】
【残り時間:09:59】
俺は周囲を見回した。
俺たちを囲むように、巨大な障壁がそびえている。
そして、その向こうでは凄惨な戦いが繰り広げられていた。
いや――戦いなんて生易しいものじゃない。
虐殺だ。
エルフ。
オーク。
ゴブリン。
それだけじゃない。
地球で見たことのある、ごく普通の動物までいる。
誰も彼もが、互いを殺し合っていた。
地面は血と踏み荒らされた草が混ざり合い、泥のようになっている。
そして一番近くの木には――
キリンの頭がぶら下がっていた。
(なんだよ、これ……)
当然、この光景を楽しめる奴なんてほとんどいなかった。
俺もその一人だ。
「な、なんなんだよ、これ……!」
周囲が一気に騒がしくなる。
障壁の向こうは、文字通りの地獄絵図だった。
そのとき、突然新たなウィンドウが現れた。
【武器を選択してください】
「まさか……俺たちも……」
「おい、てめぇ! これはどういうことだ!」
群衆の中から一人の男が剣を取り出し、笑っている男へと切っ先を向けた。
「おや~? いいですよ。やってみなさい、ひよっこ君」
男が剣を振り下ろす。
だが――
ガキンッ!
剣は弾かれた。
「なっ……!? お前、人間じゃないのか!?」
「れっきとした人間ですよ。ただ、私はレベル344です」
男は何事もなかったかのように笑っている。
「皆さんも同じレベルまで到達すれば、このくらいにはなれますよ」
一瞬だけ間を置き、
「――そこまで生きていられれば、ですが」
ここで丸腰のままなのは危険だ。
俺は剣のアイコンを押した。
すると次の瞬間、一本の剣が手の中に現れる。
剣を前に構え、俺は障壁を背にした。
喧嘩なら嫌というほど経験してきた。
剣を使ったことはないが、それでもここにいる連中の大半よりは自分の身を守れるはずだ。
「それ、使えるの?」
俺は声のした方へ振り向き、反射的に剣先を向けた。
十七歳くらいの少女が、俺の剣を見つめている。
「ここの大半よりはな」
「軍人だったの?」
「似たようなもんだ。バイカー」
「……全然違うと思うけど」
「近すぎる。離れろ」
「ん」
沈黙が流れた。
少なくとも、俺たち二人の間には。
他の連中は違った。
全員であの笑顔の男を質問攻めにしていたが、男は頑なに沈黙を貫いている。
すでに戦う準備を整え、障壁の前に陣取っている奴もいた。
だが俺は、障壁に背を向けたままだった。
このシステムが自分で示したルールを守るのなら、制限時間が切れるまでは障壁も消えない。
そう考えたからだ。
少女は言われた通り少し離れたものの、まだ俺の近くにいた。
俺のそばにいる方が安全だと思っているらしい。
妙な奴だ。
そうして、残り時間は何事もなく過ぎていった。
【残り時間:00:10】
俺は障壁の方へ振り返った。
【残り時間:00:00】
何も起こらない。
障壁は消えない。
オークたちが襲いかかってくることもない。
門が開くこともない。
「……で?」
誰かが最初に沈黙を破った。
男は肩をすくめる。
「何がです?」
「俺たちは戦わなくていいのかよ!?」
「私がいつ、戦えと言いました?」
俺はゆっくりと剣を下ろした。
このクソ野郎。
まだ笑ってやがる。
【試練1 クリア】
【報酬:銅貨2枚】
ウィンドウの右端に表示されていた数字が変化した。
【所持金:銅貨2枚】
銅貨二枚。
十分間、突っ立っていただけ。
悪くない。
剣をしまおうとした、そのときだった。
「お前、ふざけんなよ!?」
近くから怒鳴り声が聞こえた。
振り返る。
障壁のすぐそばで、二人の男が掴み合いになっていた。
一人は切られた手を押さえ、もう一人はまだ剣を握っている。
「わざとじゃねえよ!」
「わざとじゃないだと!? 手ぇ切りやがったくせに!」
数滴の血が地面に落ちた。
俺はそれを二秒ほど眺め――視線を逸らした。
俺には関係ない。
「あなたも二枚?」
またあの少女が隣にいた。
「何が?」
「お金」
俺はシステムを開いた。
【所持金:銅貨2枚】
「ああ」
「それで何を買うの?」
「知るかよ」
少女はあの男へ視線を向けた。
「お金を払うのを忘れるなって言ってたでしょ」
そうだった。
もう忘れかけていた。
【スキルショップが解放されました】
【アクティブスキル】
【鑑定Ⅰ――銅貨3枚】
【応急手当Ⅰ――銅貨3枚】
【パッシブスキル】
【剣術Ⅰ――金貨10枚】
【痛覚耐性Ⅰ――金貨20枚】
【魔法Ⅰ――金貨70枚】
「なんだよ、この値段……。一個も買えねえじゃねえか」
「さて、それでは次の試練を始めましょう」
【試練2:戦ってください】
【制限時間:―】
(……やっぱり、そうなるよな)




