6 太陽の王
王宮の端の部屋に、眩しい日差しが入る。
その窓からは、都を見下ろすことが出来た。
昼下がり。
真っ青な空に白い雲がたなびき、整然と日光に照らされる街並みが美しい。
王の息子とはいえ、アルフの居室は狭い。
厳密にいえば、広く立派な部屋が与えられてはいるが、彼はこの小さな部屋を好んで使っていた。
貴族らが、次期王としてどうなのかと噂しているのは知っていたが、アルフは部屋を変えようとはしなかった。
現王はよほど忙しいのだろう、息子に対しては何も言ってこない。
それをいいことに、長い時間をかけて本や小さな美術品を集め、居心地の良い空間を創り上げた。
ほとんどの時間をそこで過ごし、部屋に入ることが出来るのも、心を許せるごく少数の臣下だけだ。
その部屋の窓を背にして、足元の彫刻が美しい机に向かうアルフは、幼馴染のように育った自身の側近の言葉を聞き返した。
「今、何と言った?」
側近のホレスは、高い背を活かしてアルフが出しっ放しにしていた本を棚に収めていた。
引き締まった身体は武人らしく、その能力も高く評価されている。
けれど、ホレス自身は今のように黙々と部屋の整理をする方が楽しいらしい。
ホレスは、本や書類を整えながら、よく王宮の内外で見聞きしたことをアルフに話す。
いずれ王となるアルフにとって有益なこともあれば、呆れるほど他愛のないこともあった。
アルフが聞くか聞かないか、彼はあまり気にしない。
アルフは、今日もその低い声を聞き流しながら皇太子の職務をこなしていたが、珍しく手を止め、顔を上げた。
「中央図書館の司書の件ですか。夜の番に新たな者が任命されたと申しましたが」
ホレス自身はそんなに重要なことだろうか、と怪訝な顔をしていたが、アルフは目を細めた。
「そうか。前任者は辞めたと聞いていたが、新しい者が就いたか」
アルフは、頭の中にたくさんの情報を並べ、結び付けた。様々な糸が絡んで、一枚の布が出来るようだ。
思考に沈みこんだアルフを見て、ホレスは良くないな、と思った。
この人は、昔から自分の頭の中だけで事を進め、周りを巻き込むようなところがあった。
その意図は明かさず、知らぬ間に人を動かす。
何かが起こった後に、自身がその結果を導いた小さな歯車の一つであった事に気付かされるのだ。
今も何かを企んでいるのだろう。
成人してより切れるようになった頭の中で、彼が何を考えているのか。
ホレスは推し測ろうとしたが、すぐに諦めた。
「ホレス」
できるだけ関わらない方がいい、と棚に向き直ったのに、アルフは機嫌よさげに、ホレスを呼んだ。
ホレスはため息をこらえて返事をする。
「はい、何でしょうか」
「お前は、この国の成り立ちを知っているか」
未だ笑みを浮かべたアルフが、ホレスを試すように聞いた。
ホレスは、飲み込んだはずのため息を吐き出す。
武人の家の出であるが、アルフに仕えるため、幼い頃から厳しい教育を受けてきた。
それは武術だけではなく、この国の歴史に始まり、政治のことや今の勢力図のことにまで及ぶ。
それに、国の成り立ちの物語は、子供でさえ諳んじることが出来るほどだ。様々な演劇や絵画などの芸術では、最も有名な題材の一つだろう。
「太陽の神の子孫である〈太陽の一族〉がこの地に降り、土地を開いていったのでしょう?やがてそのうちの、太陽の神の長男が王となり、子孫たちは太陽の加護を受けながら繁栄していった、と」
「うん。そうだ」
アルフは頷く。
その背後の窓からは、金色の日が差していた。
ホレスはその姿に、この人が、この国で太陽の神の血を最も濃く引く一人なのだと思い出す。
太陽の神の長男、つまり、初代の王の血を引き、遠くない未来に国を治めるのが、今目の前に座る、頭の切れる青年だった。
ホレスはその黒く鋭い目に、背筋が粟立つのを感じた。
なぜ彼は、自身にこの国の成り立ちなんかを聞いたのか。
問うように目線で伺っても、彼は、ふっと、その瞳を細めるだけだった。
「父上は、よっぽど愚からしい」
アルフはそう言った。
聞く者によっては、大事になりかねないことだ。
ホレスは慌てたが、アルフは構わずに続ける。
「最初から無理があったんだ。あの人が国を治めるなんてのは。いつも引きずり降ろされることに怯えているだけでは、王として務まるわけがない」
アルフがそこにいない父王を見つめる瞳には、蔑みの色が浮かんでいる。
成り立ちの物語からなぜ王の話になるのか、ホレスには全く分からない。
アルフの父、現王は、名君と謳われるとまではいかないが、民の声をよく聞き、伝統を守り、妥当な政治を行っている。
そんな父王を、アルフは「あの人」と呼んだ。
王と皇太子ともなると、親子の間に距離があるのは仕方のないことなのだろうか。
ホレスの父は、幼い頃から厳しかったが、その分深い愛情を向けてくれる人だった。
だからなおさら、アルフと王の関係が、ホレスには違和感のあるものに思えた。
アルフはホレスから視線を外し、机に向き直る。
もうホレスに用はないと言わんばかりの態度に呆れるが、そんな彼の性格にも随分慣れた自分がいた。
いつの間にか日は傾き、日差しが甘い色を帯び始めている。
ホレスは棚に向き直り、アルフの本を再び片付け始めた。




