5 隠された星空
手の平が、積もった埃の上を滑る。
なんとか身体全体を隙間の上に出すと、服の埃を払いながら立ち上がり、辺りを見回した。
巻き上がった埃を吸わないよう、息を吐く。
ガクが出てきたのは、天井裏の部屋の、床に空いた隙間らしい。
部屋には暗闇が広がるが、置かれている家具の物影が微かに見える。
その中の内、左手の壁際に置かれた机の上に、白い蝋燭がぼんやりと浮かんで見えた。
指ほどある太さにしては短く、垂れた蝋が固まっている。
錆びた蝋燭立ての横には、マッチ箱もあり、厚い埃に覆われていた。
息を吹きかけて埃を飛ばし、マッチが乾いていることを確認して、火をつける。
そして、浮かび上がった部屋の様子に、ガクは息を呑んだ。
見上げた先には、夜空が広がっていた。
ガラスに遮られた景色ではない。天井に穴が開いて風が吹き込んでいるわけでもない。
けれど、そこには透き通った淡い夜空があり、確かに無数の星が輝いている。
あの夜、星を降らした夜空がその光景に重なって、心臓が大きな音を一つ立てる。
ガクは一度瞼を閉じ、額に手を押し付けた。
目を開け、蝋燭だけの薄闇に目が慣れてくると、それが本物の夜空ではないことが分かった。
小さな部屋だが、天井は高いらしい。
夜空に見えたのは、深い瑠璃色に塗られた天井で、アーチ型の奥行きと深い影が、より本物のように錯覚させていた。
では、星のように輝くものはなんだろうか。
ガクは、僅かだが光を放つ何かに目を凝らす。
鉱石が、天井に埋め込まれているのだろうか。それにしては反射する光が強い気がした。
蝋燭の火を受けて輝いているのではなく、自ら光を放っているようにも見える。
びっしりと並んで道のようになっているところがあったり、一層強く輝く光があったりして、その様子は限りなく実際の星空に近い。
柱に沿って視線を降ろす。
圧倒するのは、天井だけではなかった。
机が備え付けられている所以外の三面の壁には、本棚があった。
深い木の香りがする本棚には、隙間なく本が並べられている。
そのどれもが、この図書館でさえあまり見ないほど古いものだった。
色褪せてはいるが、繊細な金銀の刺繍が、蝋燭の火を反射して穏やかに輝く様は、天井の星空が本を染めたようだ。
軋む床板の上を慎重に進み、ガクはその内の一冊に手を伸ばした。
何となく選んだ本は、やはり相当古いもので、カビのようなにおいが微かに感じられる。
蝋燭の横、机の上に置いて本を開くと、それが夜の匂いに混じって、不思議な香りとなった。
目に入った文字に、首を傾げる。
傷んだ紙の上に並ぶのは見たことのない言語だった。
この国の古い言葉でも、学校で習ったどの国の言語でもなさそうだ。
画数の多い流麗な文字が整然と並ぶ様は、どこか神秘的に感じられた。
いくら紙をめくっても、馴染みのある文字は現れない。
本を棚に戻し、他の本も開いてみるが、その言語はどれも同じだった。
ただ、所々に挿絵がある本もあった。
ある本には、奇妙な身体を持つ神獣のような絵があり、またある本には見たことのない植物が描かれている。
全く知らない世界が垣間見え、思わず震えた息を吐くと、本を戻す。
そのまま数歩下がり、部屋全体を眺めた。
見れば見るほど不思議な部屋だ。
夜空の一部を持ってきたような天井に、見たことのない言語で書かれた古い本が並ぶ本棚。
この図書館に来た日、このような部屋があるとは言われなかった。
随分と埃が溜まっているから、誰にも知られていないのかもしれない。
昼の司書にこの部屋のことを尋ねようかとも思ったが、すぐにやめた。
何となく、言ってはいけない気がした。
それに、あの蔑むような視線を寄越した彼らに、わざわざ話しかけるのも気が引けた。
もう一度部屋を見渡してから、蝋燭の火を吹き消し、床の隙間から足を降ろす。
そして、誰にも分からないよう、板をしっかりと閉じた。
再度見ても、そこに、天井裏の部屋へと続く隙間があるとは到底思えない。
置いていた歴史書を手に取り、天窓のある部屋に戻りながら、ガクは大きく鳴っている音が自分の鼓動の音だと気付いた。
夢のような、それこそあの日に見た、降る星のように不思議な何かが、ガクを待っている気がした。




