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星降る図書館  作者: REI


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4 民の瞳

この国に生を受けた者は全員、生まれてすぐに、教皇の下に連れられる。




親の腕に抱かれた、まだ胎内の温もりを纏うほど幼い赤子たちは、教皇に「瞳」を見られるのだ。


教皇は、「瞳」を見ることで、かつて太陽の神を裏切った〈瞳を持たない者〉であるかが分かるのだという。


きっと、この国で神の最も近くに生活する者にしか分からない、〈太陽の一族〉の「瞳」の証があるのだろう。


ガクの瞳に、その証は存在しなかった。




〈瞳を持たない者〉であると判断される子供はあまりに少なく、物語に出てくる魔女のように実体のない伝説であると、この国の人々は考えている。


そのため、この儀式は形骸化し、ただ単に生まれることを祝う通過儀礼となっていた。




だからこそ、ガクの両親は驚愕し、そして大いに落胆した。


腕に抱いた子が、教皇によって〈瞳を持たない者〉と判断されたのだ。


先に産まれたガクの兄は〈太陽の一族〉と認められていたから、猶更予想外のことだったのだろう。




代々、地方役人を務める家系にあるガクの父は、外聞を気にし、彼に従うばかりの母と共に、徹底的にガクの素性を隠すことにした。


ガクが〈瞳を持たない者〉だと知られれば、ガクの家族も疑いを持たれるかもしれない。


幸いというべきか、〈瞳を持たない者〉であるということは、教会を通して国が把握するだけであって、周りに公表する義務はない。


「瞳」の証を見抜くことが出来るのも、この国では教皇だけだ。




しかし、決まりによって、都の中心、つまり王族の居住地に近づくことを固く禁止されている。


そして、いくら試験で良い成績を収めようが、中央の官吏になることはできないのだと、ガクは先日知った。




ガクは、手に持った本を閉じた。


表紙に太陽の煌びやかな刺繍が施されているこの本は、国の始まりの物語が書かれていた。


優れた能力を持ち、厚い神の加護を受ける〈太陽の一族〉が、次々に土地を開き、異民族を追放し、あるいは従える。


国史の内容に若干の脚色が為されてはいるが、この国の成り立ちの物語は、大体がこの本のようなものだった。


ランプの光を受けて何気なく輝く、刺繍の金糸にさえ瞳の奥がちくちくと痛むのは、ガクが〈瞳を持たない者〉であるからだろう。


どこも損傷していないことを確認すると、ガクは本を伏せて積み上げ、手元の紙に記録された、題名と著者名の上にまっすぐ線を引いた。





慣れない寝台で眠り、日が沈むのを見ながら、城の中へ入る。


この図書館で迎える、二度目の夜だった。


司書も、利用者もいなくなった広い部屋。


天窓を見上げると、今日も夜空が見えた。




今なら、ガクにこの図書館の司書を提案した国の意図がはっきりと分かる。


官吏登用試験を受け、かつ、滅多にいない〈瞳を持たない者〉であるガクは、夜の番に最も適当だったのだろう。


忌み嫌われる夜に働くことは、普通の人ならばしたくないはずだ。




生まれ変わる前の自分が、どのような罪を犯して普通の瞳を奪われたのか、ガクは覚えていない。


けれど、だからといって裏切り者であるという事実から逃れることはできない。




眩しすぎる日差しの下、身体の奥底まで汚れた自身を、暗がりに隠しながら生きてきた。


太陽の下で普通に生きることができる人々は、どこをとってもガクより優れている。


中央の官吏になれず、今こうして夜闇の中で仕事をしているということが、何よりその証拠だった。


本に触れられることは嬉しい。


けれど、普通の瞳をもって生まれていたら、今頃官吏として、多くの人のために仕事をしていたのだろうかと、考えずにはいられなかった。




途切れた集中力を取り戻せず、城内の各部屋に本を戻しに行こうと、ガクは立ち上がった。






月明かりが差し込み、廊下は青く染まっている。


天窓のある部屋を出てすぐの、大階段を上る。


初日に案内された時、どの部屋がどこにあるのかは、ほとんど覚えた。




古典は二階突き当りの大きな部屋。


植物に関する論述書は、自然に関する本が集められた中庭に面した部屋。


哲学者の自伝は、彫刻が美しい小さな部屋。


棚に戻した本は、安堵の息を吐いて眠るようにそこに収まった。


その穏やかな反射に、ガクは息をつく。




手に残った最後の本は、歴史に関する本だった。




地味な装丁を、ガクは初めて目にした。


学校の図書館の本はほとんど読んだから、そこには無かったのだろう。


表紙に刺繍で刻まれた著者の名前も、聞いたことが無い。




損傷が無いかを探しながら、何となく目に入れた内容は、ごく普通の歴史書で、他の歴史書に比べて大きな特徴があるわけでもなさそうだった。




歴史関連の本が集められている部屋は、この城の最上階、階段を上り切った先にある。


他の階に比べて小さな空間全てが、一つの部屋になっているのだ。




ガクはその部屋に辿り着くと、厚い木の扉を開いた。


軋む音が鳴り、広がったのは、扉と同じく木でできた壁に四角い窓が並ぶ部屋だ。


古い木の香りがする。


大きいが装飾の控えめな本棚が部屋を埋め、そこに様々な歴史書や歴史家の書いた本が並ぶ。


本から透けて見える英知が、肌を刺激した。




ガクは、多すぎる蔵書数のために、いい加減に並んだまま直されていない順番の中、この本があった場所を探す。


そして、最奥の棚の一番上、埃を被った本が並ぶ中に一冊分の隙間を見つけた。


著者名からして、この本が抜き取られた場所だろう。


ガクは足場を持ってきながら、誰が借りたのだろうかと、考えた。




名高い歴史学者の本は、この部屋にたくさんある。


それなのに、わざわざ取りにくい場所から、どんな人がこの本を手に取り、借りたのだろうか。




足場に上って隙間の周りを探しても、この著者が書いた本は他に無かった。


蔵書の中でもかなり古く、文には現在使われていない文字や言葉が多くある。




そのためか、棚に戻しても、その背表紙は周りに溶け込まず、地味な色がむしろ浮いて見えた。




ガクはしばらくその様子を眺める。


その背表紙を照らす月明かりが、妙に白く感じられた。


ガクはもう一度その本に手を伸ばして、棚から抜き取った。


埃が舞う。


どうせなら読んでみようかという簡単な思い付きだったが、手に収まる本を見て、何故か感じた安堵に息を吐いた。


この選択が正しい気がした。




足場を降りようとしたその時、視界の端に何かが映った。


気のせいかもしれないほど些細な何かだが、放っておけずに目を凝らす。




月明かりが揺れる。


埃に混じる夜の香りが一層強くなった。


本棚のすぐ上、天井の木目に視線が行く。


何かが鈍く光を反射した気がして、手を伸ばした。


木目に指を添わせ、違和感が強い一か所に力を込める。


がたん、と夜の中に音が響き、ガクは息を呑んだ。

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