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星降る図書館  作者: REI


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2/9

1 司書となった青年

王族専用の書庫が図書館として民間に開放されたのは、今から二百年ほど前のことだった。


都のはずれの自然豊かな地域に、一つの城がある。


遥か昔、王妃だった城の主は読書を好む人で、国のいたるところから集めた本をその城に保管していたという。


そして、主を喪ってその役割を終えた後、城は王室の書庫となった。


王族のなかでも限られた者しか出入りできなかったその書庫は、二百年ほど前に全ての身分の者が利用できるよう、多少の改修を経て開放され、国で一番大きな規模を誇る公共の図書館になった。




ガクは、目の前に広がる景色を静かに眺める。


春先の清廉で穏やかな香りが風に乗って、ガクの髪を揺らした。


その風は木々の葉を優しく鳴らし、城の周りの湖面を撫でて吹き去る。


小波がおさまった水面に映るのは、青い森に囲まれ、刈り揃えられた芝生の中に佇む、一つの城だった。


白い石壁と灰青色の屋根が、春の空に映える。


繊細で、荘厳な姿だ。




国で一番大きな図書館の存在は知っていたが、実際に目にするのは初めてだった。


都から遠く離れた地方で生まれ育ったガクは、つい先日に卒業した学校への入学のために都に上った。それ以降、学校附属の図書館しか使ってこなかった。


これだけ美しい場所だったのなら、もっと早く訪れるべきだった、とガクは思う。


重い鞄を持ち直し、ガクは、今日から自身の仕事場になる城へと再び歩き出した。




城の入り口で待っていたのは、白衣のような上着をまとった、不愛想な男だった。


ガクを見ても、痩せて頬骨の出た顔を全く動かさない。


彼はガクが近づくと、「ようこそ」と会釈をした。やはり、表情は変わらない。


ガクは男に礼を返し、


「今日からお世話になります。ガクと申します」


と名乗った。


男は「存じております」とだけ言うと、ガクに付いて来るように示して城の中へと入った。




城に足を踏み入れたガクを始めに迎え入れたのは、開放的な空間だった。


外壁と同じく白い石壁が美しい空間で、立派な柱がはるか上方でアーチ型に集合する。


規則正しく並んだ窓からは、ささやかな光が差し込んでいる。


この国では、日光を内部に取り入れる開放的な建築方式が一般的だが、この城は違った。


相当昔に建てられたからだろうか。


柱は太く、窓は少ないために入る日差しが控えめだが、圧迫感は無い。


逆に、無駄なく屋内が照らされ、日差しに石壁が柔らかく浮かび上がるのが好ましかった。


優しく、しかし厳かな空気で満ちた空間は、どこまでも静かだ。


ガクは、肌が粟立つほど広い空間にゆっくりと視線を巡らせる。


息を吸うと、石壁の香りに混じって自然の香りが感じられる。


歴史には名前しか残っていないが、かつての主は、この城に見合う聡明な人だったのだろう。




過去に思いを馳せていると、前方で咳払いの音が響いた。


ガクは男の下に急いだが、彼はガクが追いつくのを待たずに踵を返して歩いて行く。


広間には、ガクと男の足音だけが響いた。




広間を抜けると、目の前に一つ、巨大な階段が現れた。


ゆるやかな勾配で、上階へと続く。


階段の右手には、ガクの背丈の倍ほどはある、重厚な扉があった。


案内の男はまっすぐ扉へ歩くと、骨が浮き出た手でゆっくりと押し開いた。


人ひとりが通れるだけの隙間を作った彼は、ガクに目をやり、先にその扉の中へ入る。


ガクも彼の後に続き、その隙間に身体を滑り込ませた。


背中で、重い扉の閉まる音がした。




「ここが、今日からあなたの仕事場です」


男は視線を前に向けたまま、静かな空間を慮って、囁くようにガクに伝えた。


しかし、ガクは返事をすることが出来なかった。


目の前に広がる部屋の規模が、想像を遥かに超えていた。




筒状になっているその部屋は、先ほどの広間より広大だ。


ガク達が立つ一階では、円の中央部分が机で区切られ、その中で、男と同じような白い上着を着た人々が忙しなく動いていた。


視線を上げると、側面の壁が全て本棚で埋まっているのが見える。


それらははるか上方にある天井まで届いており、円形に吹き抜けたバルコニーがいくつも張り出していた。


一階では、司書達が働く中央から、同心円状にたくさんの机と背の低い本棚が並び、利用者とみられる人々が、思い思いに座って本を読んでいる。


しかし何より、天井が全てガラスであることが、ガクを驚かせた。


ドーム型の天窓の大きさは、今まで見たことのないほどで、放射状に伸びる骨組みさえ美しい。


広間の窓とは一変して、明るい日差しを取り込んではいるが、やはり眩しすぎない。


透き通った日差しはどこまでも柔らかく館内を照らしている。


多くの人が歩き、あるいは足場に上って本棚に手を伸ばし、紙をめくっている音が聞こえる。ささやかだが、様々な音が、心地よく響く。




ガクは、室内に満ちる柔らかい本の香りを吸い込んだ。


「あなたには、夜の番を任せます」


しかし、男の言葉に、ガクは思わず彼を見た。

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