↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
71/85

武将 島津義弘 第71話 義弘が突破方向を確認する

慶長五年九月十五日 関ヶ原盆地・南東の湿地帯


包囲の圧が島津軍の列を前へ押し出す中、

義弘は馬上でわずかに体を起こし、前方を見据えた。


霧の向こうに、井伊直政の赤備えが揺れていた。

槍の穂先が密に並び、兵の間隔は狭い。

馬の首が互いに触れ合うほどの密度で、

東軍中央はすでに“壁”のように立ちはだかっていた。


鉄砲の火線がどこへ向いているかを確かめるため、

義弘は目を細めた。

火皿の火花は、島津軍の前列よりやや右へ集中している。

井伊勢の鉄砲隊が、湿地側ではなく林際へ火力を寄せているのが分かった。


「……右は厚いな」


義弘が小さくつぶやくと、

近習が馬を寄せ、周囲の馬の向きを前へ揃え始めた。

後続の兵も列を詰め、前方へ寄せる。

湿地と林の間の細い道は、

兵の肩が触れ合うほどの密度になっていく。


十郎太が馬を進め、前方の湿地を見た。

湿地は黒く沈み、草の根が水を含んで重く垂れている。

だが、その手前に、わずかに乾いた帯が続いていた。

馬の蹄が沈まぬ程度の固さを持つ、細い一本の線。


「殿、湿地の縁、幅一間ほど……乾いております」


十郎太は指先でその帯を示した。

傾斜は緩いが、道幅は狭い。

敵の足並みが乱れやすい地点が、

乾いた帯の先に一つだけあるのが見えた。


義弘はその一点を見据えた。

湿地の縁の乾いた帯──

島津軍が進める道は、そこしかない。


「前へ向けよ」


義弘が手綱を軽く引くと、

馬の首が前へ揃い、

近習が周囲の馬の向きを統一していく。

槍の穂先が一斉に前へ向けられ、

列の密度がさらに高まった。


後続の兵が左右の隙間を埋め、

突破口へ向けて列の中心が前へ寄せられる。

兵の呼吸が重なり、馬の鼻息が湿地の匂いに混じった。


十郎太が再び前方を見た。

乾いた帯の幅、傾斜、敵の足並み。

すべてが、突破のための“線”として揃っていた。


「殿、割れるのは……あそこです」


義弘はうなずき、近習に前方の一点を指示した。

伝令が馬を返し、列の前後へ走る。


「突破口、前方左寄り! 湿地の縁を進む!」


伝令の声が霧の中に響き、

兵が槍を握り直す音が続いた。


島津軍は、包囲の中心に置かれたまま、

前方の一点へ向かう形を整えた。

湿地の縁の乾いた帯──

そこが、島津軍が割るべき突破口だった。


霧が流れ、湿地の匂いが濃くなる。

関ヶ原盆地の空気は、

“前へ進むしかない軍”のものへ変わっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。