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武将 島津義弘 第34話 耳川へ向かう進軍

天正四年(1576)九月下旬。

都之城の城門が開き、

朝の冷えがまだ残る中、

義弘が先頭に立って馬を進めた。

都之城は北郷氏の旧領で、

外城の村々から集まった人足が

道の両側に並んで見送っていた。

兵の列が続き、

荷駄隊の列がゆっくりと動き始める。

城下の道は早くも土煙を上げ、

耳川へ向かう進軍が、

ついに始まった。


城下を抜けると、

耳川方面へ続く街道に入った。

街道はところどころ狭く、

シラス台地の崩れやすい斜面が続く。

谷を抜ける風は冷たく、

山風と谷風が交互に吹きつけた。

義弘は馬の歩みを抑え、

行軍速度を調整した。

薩摩軍は山道での行軍を重んじ、

荷駄隊が遅れれば

全軍の動きが止まるためである。


最初の村に入ると、

名主が道端で待っていた。

兵糧の受け渡しが行われ、

井戸と水場の位置を確かめる。

村人の多くは山側の焼畑の村へ避難しており、

残っているのは老人と若者だけだった。

「大友方の動きはどうか」

義弘の問いに、

名主は北の方角を指し、

「狼煙が二度上がりました」と答えた。

伊東氏時代の狼煙台が残され、

今も情報の要となっていた。


村を出る前に、

周辺の地形を確かめた。

谷、丘、湿地──

伏兵が潜める場所を一つずつ確認し、

街道の分岐点を地図に記した。

耳川へ向かう道は複数あるが、

どれも山と谷に挟まれ、

動きが制限される地形である。


行軍を再開し、

隊列を組み直した。

荷駄隊の位置を調整し、

伝令の配置を確かめる。

山道では伝令の遅れが命取りになるため、

交代の間隔を短くした。

外城の若者が伝令役として加わり、

馬の脚を確かめて列に入った。


しばらく進むと、

先行偵察から報告が届いた。

大友軍の兵数、

陣形の変化、

布陣の方向──

耳川北岸に兵が集まりつつあるという。

田原親賢の隊が前に出ており、

佐伯惟教の隊がその後ろに控えている。

大友軍は鉄砲の比率が高く、

陣幕を広く張る傾向があった。

義弘は地図を広げ、

報告を一つずつ書き込んだ。


渡河点までの距離を確かめ、

予備の道も確認した。

耳川は増水しやすく、

浅瀬は限られている。

川底の硬さが変われば、

渡河の成否が左右される。

大友軍が先に渡れば、

島津軍は不利になる。

渡河の順番と隊列を

ここで決めておく必要があった。


次の村に入ると、

兵糧の追加補給が行われた。

馬の水飲み場を確認し、

村人から耳川周辺の様子を聞く。

「川音が大きゅうなっております」

村人の言葉に、

義弘は耳を澄ませた。

遠くから、

低い川音が確かに聞こえてきた。

耳川は川霧が出やすく、

夕刻には視界が揺らぐことが多い。


耳川に近づくにつれ、

外界が変わり始めた。

湿地が増え、

地面が柔らかく沈む。

川風が吹き、

水の匂いが混じる。

荷駄隊の足取りが重くなり、

兵たちの歩みも慎重になった。


そこへ新たな報告が届いた。

大友軍の陣の張り方、

先鋒の位置、

渡河準備の有無──

敵はすでに耳川北岸に布陣し、

渡河の機をうかがっているという。

義弘は行軍を一時停止し、

近くの丘へ登った。


丘の上から耳川方面を見渡すと、

川面が夕日に照らされ、

北岸に張られた大友軍の陣が

かすかに見えた。

兵を休ませ、

荷駄隊の点検を行う。

馬の脚を確かめ、

火薬の湿りを確認した。

島津軍は渡河前に

必ず馬と火薬の状態を確かめるのが常である。


耳川手前の布陣地点へ向けて、

再び行軍を開始した。

隊列を整え、

伝令を走らせる。

夕刻の光が山の端に沈み、

川面が赤く染まった。

戦の気配が、

風に混じって流れてきた。


耳川手前に到着すると、

川幅と流れを確かめ、

渡河点の位置を確認した。

南岸には小高い段丘が続き、

布陣には適していた。

遠くに大友軍の陣が見え、

焚き火の煙が細く上がっていた。

義弘は静かに地図を巻き、

「ここで布陣する」と告げた。

耳川の戦いは、

いよいよ目前に迫っていた。


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