武将 島津義弘 第32話 大友軍の南下の報せ
天正四年(1576)九月下旬。
都之城の朝は薄い霧に包まれ、
山の冷えがまだ残っていた。
薩摩・大隅・日向を結ぶこの城は、
耳川方面の情勢を見張る要である。
城下の門が開いた直後、
北の山道を一騎の早馬が駆け下りてきた。
馬の汗は白く泡立ち、鞍の下まで濡れている。
兵が駆け寄ると、使者は息を荒げたまま名乗り、
大友軍が臼杵・高城方面に兵を集め、
耳川へ向けて南下を開始したと告げた。
田原親賢、佐伯惟教らが指揮を執っているという。
使者は本丸へ通され、
広間に控える義弘の前で改めて報告した。
伊東氏が日向を追われてから、
高原城周辺は不安定なままだった。
大友宗麟は北部の諸将を早くから動員し、
臼杵・高城に兵を集めていたため、
南下の速度はこれまでの報せよりも速い。
日向全土が戦火に包まれるのは時間の問題である。
義弘は静かにうなずき、
家久、十郎太、そして側近の数名を呼んだ。
「地図を持て」
家臣が広げた地図には、
これまでの巡察で書き加えられた
谷筋や湿地の線が細かく残っていた。
義弘は指先で高城道をなぞり、
敵の進路を確かめた。
家久が地図に手を置き、
耳川と小丸川の流れを示した。
「耳川へ向かうには、この道が最も早うございます。
兵は二万ほど。北部の兵がすでにまとまっており、
進軍は速いとのこと。
渡河点は三つ。いずれも川幅が広く、
流れは速いようです」
耳川は古くから氾濫の多い川で、
浅瀬は限られ、
渡河の成否が戦の趨勢を左右する。
十郎太は地図の端を押さえ、
小高い丘の位置を確認した。
「殿、ここに丘がございます。
湿地の広がりが見える場所です。
大友勢が南下すれば、
まずこの丘を押さえるはず」
耳川周辺は川幅が広く、
周囲には湿地が多い。
乾ききる前に渡河すれば、
大友軍は一気に南下できる。
義弘は黙って聞き、
地図の上に落ちる影を見つめた。
広間の空気が静かに締まっていく。
「兵糧はどうか」
家臣が帳面を開いた。
「薩摩・大隅から集めた兵糧、
三十日分は確保しております。
ただ、馬の飼葉が不足気味にございます。
都城からの荷駄が遅れております」
薩摩の山地では飼葉の確保が難しく、
遠征が長引けば馬が先に疲弊する。
「弾薬は」
「鉄砲玉五千。火薬は十分にございます」
耳川の戦いでは鉄砲の比重が高く、
火薬の量は勝敗に直結する。
義弘はうなずき、
視線を再び地図へ戻した。
「馬の状態を見よ。
疲れた馬は入れ替えろ。
槍の柄、弓の弦、鉄砲の火皿まで、
すべて点検せよ」
家臣たちが動き出し、
広間の空気がわずかに変わった。
十郎太が地図を見つめたまま言った。
「殿……大友勢の進みは早うございます。
耳川の湿地が乾く前に、
布陣を整えるつもりかと」
大友軍は北部の兵を中心に構成され、
行軍速度が速いことで知られていた。
義弘は短く息を吐いた。
「ここは動く」
その言葉に、広間の空気がわずかに揺れた。
家久が続けた。
「薩摩・大隅の兵の集結は七割ほど。
残りは明日には到着する見込みです」
義弘は補給路を指でなぞった。
高原城から都城、
そして薩摩へ続く線である。
この線が乱れれば、
耳川での戦は成り立たない。
「補給路を確かめよ。
荷駄隊を二つに分け、
道の両側を固めろ。
都城の名主に知らせ、
道の整備を急がせよ」
伝令が次々と走り出し、
外では馬のいななきと兵の足音が重なった。
都之城全体が、
ゆっくりと戦の色へ染まり始めていた。
義弘は地図を巻き上げ、
静かに立ち上がった。
街道、河川、湿地、丘。
そのすべてが、
これから向かう戦の形を示していた。
「耳川へ向かう準備を整える。
家久、十郎太、ついて来い」
静かな声だったが、
広間の誰もがその言葉の重さを理解した。
大友軍の南下は、もはや噂ではない。
島津家は“動かねばならぬ側”に入った。
義弘の背に、
戦の気配が静かに寄り添っていた。




