武将 島津義弘 第29話 兵の再編と訓練
天正二年(1574)初夏。
鹿児島城下の馬場には、朝から湿り気を含んだ風が吹き抜けていた。
この日は、耳川へ向かうための兵の再編が行われる日である。
広場には、
“加治木郷中”“帖佐郷中”“吉野郷中”──
外城制の旗が並び、郷士たちが若者組・中組・老組に分かれて到着していた。
家臣が人数を確認し、遅れている郷中の名を義弘に報告する。
槍組、弓組、鉄砲組が列を作る。
家久が前に立ち、兵の体格・経験を見て組み替えを指示した。
薩摩の槍は片鎌槍や十文字槍が多く、
突撃の要として扱われる。
弓組は竹弓を携え、側面の支えを担う。
鉄砲組は種子島を抱え、
火縄の乾き具合を火縄筒で確認し、
火薬と玉薬の残量を家臣に報告した。
湿気の多い薩摩では、火縄の管理が戦力そのものだった。
次に足軽の入れ替えが始まる。
前日の巡察で疲労が激しいと判断された者は後列へ回され、
新たに徴発された足軽が前列に加わる。
農兵である彼らの手は荒れ、
日焼けが深く刻まれていた。
家臣が帳面に人数を書き込み、
郷中ごとの戦力が整えられていく。
馬屋では、馬番が馬の状態を報告していた。
薩摩小馬は小柄だが持久力があり、
山道に強い。
痩せた馬、脚を痛めた馬は外され、
代わりに近隣の外城から調達した馬が連れてこられる。
鞍、鐙、手綱の傷みも点検され、
使えないものは鍛冶に回された。
馬の飼料として麦や粟、干草が積まれているのが見えた。
武具の修繕も同時に進む。
甲冑の紐の切れ、草摺の欠け、兜の歪み──
鍛冶が火床を赤くし、
槍の穂先を研ぎ、柄の緩みを直す。
弓師は弦の張りを確かめ、
矢束の不足を補っていく。
薩摩の武具は質実剛健で、
戦の前には必ずこうした総点検が行われた。
準備が整うと、家久が兵を広場に並ばせた。
「槍組、前へ」
「鉄砲組、三段に構えよ」
声が馬場に響く。
槍組は突撃の間合いを繰り返し、
鉄砲組は三段撃ちと、薩摩独自の釣瓶撃ちの手順を反復する。
弓組は射距離を調整し、
風の向きを読みながら矢を放った。
義弘はその様子を見ながら、地図を広げた。
谷、川、丘──
耳川周辺は段丘が多く、
川筋の湿りと風向きが戦の線を左右する。
義弘は家久に配置を命じる。
「この段丘を背に槍組を置け。
鉄砲は川筋に沿わせよ」
家臣が配置図を書き取り、
各組の位置が決められていく。
訓練の合間、義弘は兵の顔色を見て回った。
足取りの重い者、息の荒い者は控えに回される。
水と干飯、そして焼米が配られ、
兵たちは短い休息を取った。
薩摩の兵は強靭だが、
疲労を見逃せば戦で崩れる。
日が傾き始めるころ、
家臣が再編後の人数・武具・馬の状態を帳面にまとめた。
義弘はそれを確認し、翌日の訓練内容を指示する。
家久が訓練終了を告げ、
兵たちは郷中ごとに解散していった。
馬場に残った風は、
湿りを帯びながらもどこか冷たかった。
耳川へ向かう坂は、
兵の線を整えるところから始まる。




