表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
24/29

武将 島津義弘 第24話 木崎原の戦い

天正三年(1575)晩夏。

義弘は木崎原へ入った。

ここは大隅北部の境目に位置し、

古くから“谷と湿地が絡む難所”として知られていた。

朝霧が残り、湿地は薄く光を返している。

谷は深く、幅は馬二頭が並べるかどうか。

両側の森は密で、木々は高く、

伏兵が隠れるには十分だった。

湿地は谷の中央に広がり、赤土が足を取る。

義弘は足元の沈みを確かめ、

「ここで動きは止まる」

と静かに言った。

この湿地は、雨後には特に粘り、兵の動きを鈍らせる。

地形そのものが“敵の勢いを奪う罠”になっていた。


偵察が駆け戻る。

「伊東勢、三千。三段構えで進軍中。先鋒が狭道に入りました」

伊東家は日向の強豪で、兵の数では島津の十倍。

だが、木崎原の狭道は、数を活かせる幅ではない。

義弘は地図を広げ、谷と湿地の線を指でなぞった。

「ここで誘い、ここで崩す」

その指は迷いがなかった。

伊東勢が通る道は一本。

狭道→谷→湿地という“一本道の外界”が、

義弘の目にははっきりと見えていた。

 義弘は伏兵の配置を決めた。

谷の両側の森に弓兵と槍兵を潜ませる。

森は斜面が多く、木の陰に隠れれば敵からは見えない。

湿地の手前に小勢を置き、敵を誘う役を任せる。

森の奥には第二の伏兵を置き、敵が乱れた瞬間に突く。

十郎太が森の中を歩き、木の陰や斜面を確かめた。

「殿、ここなら風も通らず、音も漏れませぬ」

義弘は頷いた。

釣り野伏せの布陣が静かに整った。


やがて、伊東勢の先鋒が狭道を抜けて谷へ入った。

鉄の音が谷に響き、湿地の泥が跳ねた。

中軍、後軍も続き、谷に兵が密集する。

三千の兵が一本の谷に押し込まれ、列は伸びきっていた。

義弘は小勢に合図した。

小勢は谷の入口に姿を見せ、伊東勢を挑発する。

伊東勢は「少数」と見て追撃に移った。

島津勢を侮っていた伊東家の油断が、ここで露わになった。

小勢は森の中へ退き、伊東勢はそのまま湿地へ突入した。

足が沈み、列が乱れる。

だが伊東勢は勢いに任せて前へ出た。

 その瞬間、義弘が手を上げた。

谷の両側の森から、矢が一斉に降り注いだ。

湿地で動けない伊東勢は混乱し、前後の兵がぶつかり合う。

叫び声が谷にこだました。

森の奥から槍兵が突撃した。

側面を突かれた伊東勢は崩れ、中軍と後軍が前へ押し寄せ、

谷の中で兵が折り重なるように乱れた。

湿地は逃げ場を奪い、狭道は退却を許さない。

伊東勢は前にも後ろにも動けず、指揮系統が完全に崩れた。


「押せ!」

義弘の声が響く。

伏兵が一斉に動き、谷の両側から伊東勢を挟み込んだ。

木崎原の地形そのものが、敵を飲み込んでいった。

やがて、伊東勢は総崩れとなった。

谷の出口で兵が詰まり、後軍が前軍を押し潰すように潰走した。

三千の兵が、一本の谷で自ら崩れていった。

勝敗が決した後も、義弘は追撃を許さなかった。

「深追いは無用。ここで締める」

義弘は戦場を見渡し、伏兵を整列させた。

十郎太が近づく。

「殿、三千が……崩れました」

義弘は静かに頷いた。

「地形が勝たせた。外界の線が整えば、数は関わらぬ」

木崎原の勝利は、薩摩から大隅へ伸びる支配線を決定的なものにした。

この戦いを境に、島津家の勢いは大隅全体へ広がっていく。

義弘は空を見上げた。

「父上の遺した線……ここで太くなった」

木崎原の風が、静かに谷を抜けていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ