断罪の証明と、崩れ落ちる虚栄
「……ふざけるな! いかなる悪ふざけだ、これは!!」
静まり返った大広間に、グレイド第二王子の怒声が響き渡った。
彼は顔を真っ赤にして激昂し、ルキウス皇帝に向かって震える指を突きつけた。
「ルキウス皇帝陛下! その女は我がオーレリア王国において、国家反逆罪に問われ逃亡中の大罪人である! それを帝国の伯爵、あまつさえ特任財務官に任命するなど、我が国に対する重大な侮辱だ! 今すぐその罪人を引き渡してもらおう!」
王子の怒鳴り声に、他国の貴族たちがざわめきを強くする。無理もない。他国の指名手配犯を自国の高官として匿うなど、通常であれば国際問題に発展しかねない暴挙だ。
しかし、ルキウス皇帝は玉座の階段の上から、ゴミを見るような酷薄な視線で王子を見下ろした。
「侮辱? 己の足元も見えていない愚か者が、どの口で帝国を語る」
皇帝の低く響く声には、絶対的な王者の覇気が込められていた。先ほどまで激昂していたグレイド王子が、その威圧感に気圧されて息を呑む。
「その者は我が帝国の正当な臣民であり、私の名代である。彼女を罪人呼ばわりすることは、この私への反逆と見なす。……やれ、セルリア」
「はい、陛下」
私は皇帝に一礼すると、ゆっくりと大階段を下り始めた。
カツン、カツンと、ガラスの靴が階段を叩く音が、大広間に響く。私はオーレリアの使節団の目の前まで歩み寄り、彼らを冷ややかな目で見据えた。
「で、出鱈目だ! お前が帳簿を捏造して私を陥れようとしたことは、すでに法務局で証明されているのだぞ!」
バルター伯爵が、脂汗をダラダラと流しながらわめき散らした。
「ええ、私が持っていた証拠の書類は、法務局の有能な役人様の手によって、跡形もなく燃やされてしまいましたからね」
私は扇で口元を隠し、カイゼルへと視線を向けた。
カイゼルは完全に顔面蒼白になり、まるで幽霊でも見るかのように私を凝視して、ガクガクと震えている。
「しかし、紙の記録を燃やしたところで、真実は消えません。バルター伯爵、貴方がここ数年、帝国領内の宿場町『ルビエラ』にあるダミー商会『赤銅の鷹』を通じて、我が領地の月光草を密売していたこと。……その取引相手である帝国の貴族三名は、昨日、すでに帝国法務省によって拘束されましたわ」
「なっ……!?」
「彼らは厳しい尋問の末、貴方とグレイド王子から賄賂を受け取り、質の悪い麻薬を帝国のスラム街に流通させていたことをすべて自白しました。彼らの署名入りの取引記録と、貴方たちが『赤銅の鷹』の口座から不正に引き出した金貨の動きは、完全に一致しています」
バルター伯爵が、膝から崩れ落ちた。
「嘘だ……そんな、ばかな……」
「さらに」と、私は扇をピシャリと閉じた。
「帝国特任財務官としての私の最初の仕事は、貴方たちが帝国内および国際銀行に隠し持っていた不正蓄財の口座を、すべて『帝国に対する敵対行為の資金』として凍結・没収することでした」
「な……んだと……?」
グレイド王子が、信じられないというように目を見開いた。
「白金貨にしておよそ二万枚。貴方が私兵団を養い、王位継承の工作資金としていたその莫大な金は、昨日をもってすべて帝国の国庫へと接収されました。……今の貴方たちは、文字通りの一文無しですわ」
「き、貴様ぁぁぁっ!!」
グレイド王子が狂乱し、腰の剣に手をかけようとした。
だが、彼が剣を抜くよりも早く、周囲の影から音もなく現れた漆黒の軍服の男たち――レオンハルト率いる『黒の猟犬』の隊員たちが、使節団を完全に包囲していた。
レオンハルトの冷たい剣先が、グレイド王子の喉元にピタリと突きつけられる。
「動くな、小童。皇帝陛下の御前で剣を抜けば、その場で首を刎ねるぞ」
レオンハルトの殺気に当てられ、グレイド王子は情けない悲鳴を上げてその場にへたり込んだ。
「ひぃっ! ま、待て! 私はオーレリアの第二王子だぞ! 一介の男爵令嬢の戯言を信じて、王族である私を拘束するなど……国際社会が許さないぞ!」
「国際社会、ですか?」
私は呆れたようにため息をついた。
「周囲をよくご覧なさいませ。貴方がたの悪行は、すでに陛下の名において各国の代表に通知されております。自国の民から搾取し、他国へ麻薬をばら撒くような卑劣な王族を庇う国が、この大陸のどこにあるというのです?」
私の言葉通り、周囲の他国の貴族たちは、オーレリアの使節団に対して明確な軽蔑と敵意の目を向けていた。
誰も、彼らを助けようとはしない。彼らが誇示していた権威は、帝国の圧倒的な力と証拠の前に、脆くも崩れ去っていた。
「……セ、セルリア! 待ってくれ、セルリア!」
その時、すがりつくような声がして、私の足元に一人の男が這い寄ってきた。
カイゼルだった。
彼は美しい金糸の髪を振り乱し、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、私のドレスの裾を掴もうと手を伸ばしてきた。
「誤解なんだ! 僕は、君を裏切るつもりなんてなかった! グレイド殿下に脅されて、逆らえば君の命はないと言われて、仕方なくあんなことを……!」
「……」
「本当だ! 僕は今でも君を愛している! あの地下牢で君を突き放すようなことを言ったのも、殿下の目を欺くための演技だったんだ! だから、お願いだセルリア、僕を助けてくれ! 昔のように、また二人で……」
私は一切の表情を変えず、彼が伸ばしてきた手を、自分の靴の先で冷酷に払いのけた。
「触らないでくださる? 虫唾が走りますわ」
「セ、セルリア……?」
「地下牢での言葉が、私を守るための演技? 嘘をつくなら、もう少しマシな嘘をお吐きなさいな。貴方のあの時の下劣な笑み、両親を毒殺したと語る時のあの得意げな顔……。あれが演技だというなら、貴方は稀代の喜劇役者ですわね」
私はカイゼルを見下ろし、かつて彼が私に放った言葉を、そのままそっくり投げ返した。
「教えて差し上げましょうか、無知な法務局員。貴方がたが搾取し、踏みにじってきた『泥に塗れて這い回るような領民ども』がどうなろうと知ったことか、と貴方は言いましたね。……今の貴方が、まさにその泥を這い回る惨めな虫ケラですわ」
カイゼルは絶望に目を見開き、言葉を失って口をパクパクとさせている。
「この国では、権力こそが神だと言ったのは貴方ですわね、カイゼル? ええ、まったくその通りです。……さあ、見上げなさい。貴方がすがりついた薄汚い権力など消し飛ぶほどの、本物の『神』の力を」
私が冷たく言い放つと、大階段の上からルキウス皇帝が静かに歩み寄ってきた。
皇帝は私の肩を抱き寄せると、地に這いつくばるオーレリアの罪人たちを見下ろして、死刑宣告を下した。
「我が帝国への麻薬流入を主導し、帝国の臣民を危険に晒した罪。そして、我が愛しき特任財務官の家族と尊厳を奪った罪。……万死に値する」
皇帝の黄金の瞳が、冷酷な光を放つ。
「この者どもを地下牢へ連行せよ。自国の民を搾取した豚どもには、太陽の光など勿体無い。一生涯、光の届かぬ暗所で、自らの罪の重さを数えさせよ」
「はっ!」
近衛兵たちが一斉に動き、グレイド王子、バルター伯爵、そしてカイゼルの腕を乱暴に掴んで引きずり起こした。
「やめろ! 離せ! 私は王子だぞ! 王位継承者だ!!」
「いやだ……! セルリア、助けて! セルリアァァァッ!!」
彼らの見苦しい絶叫が、華やかな大広間に響き渡る。
しかし、同情する者は誰一人いない。彼らは無様に床を引きずられながら、大広間の扉の向こう、暗い廊下の果てへと消えていった。
扉が閉まり、彼らの声が完全に聞こえなくなった時。
大広間には、深い静寂が落ちていた。
私はゆっくりと息を吐き出した。
ずっと私の心に重くのしかかっていた、冷たく暗い塊。憎悪と復讐心という呪縛が、音を立てて崩れ去り、浄化されていくのを感じた。
終わったのだ。
お父様、お母様。領民のみんな。
アシュクロフトを苦しめた悪魔たちは、もう二度と日の目を見ることはない。
私は、勝ったのだ。
ふっと力が抜け、足元が僅かにふらついた。
その瞬間、力強い腕が私の腰を抱き止め、広い胸に引き寄せられた。
「……よくやった。見事な采配だったぞ、私の特任財務官」
頭上から降ってきたのは、ルキウス皇帝の優しく、そして熱を帯びた声だった。
見上げると、先ほどまでの冷酷な覇王の顔はそこにはなく、一人の男としての甘やかな微笑みが私に向けられていた。
「ありがとうございます、陛下。……すべては、陛下が私に力を与えてくださったおかげです」
「お前自身が己の価値を証明し、己の手で掴み取った勝利だ。誇るがいい」
皇帝は私の腰を抱いたまま、大広間に集まった群衆に向かって堂々と宣言した。
「見苦しい余興を見せたな、諸君。だが、これで我が帝国の害虫は駆除された! 今宵は我がガルディナ帝国の建国記念、そして……私の得難い『宝』の誕生を祝う、最高の夜だ! 存分に楽しむがいい!」
楽団が再び、先ほどよりも一層華やかで歓喜に満ちた音楽を奏で始める。
貴族たちが一斉にグラスを掲げ、皇帝と私に向かって盛大な拍手と歓声を送ってきた。
「さあ、踊ろうか、セルリア。お前の勝利の舞台の締めくくりには、私が相応しいだろう?」
ルキウス皇帝が、悪戯っぽく微笑みながら私に手を差し伸べる。
「ええ、喜んで。……私の、偉大なる皇帝陛下」
私は彼の手に自分の手を重ね、音楽に合わせてステップを踏み出した。
復讐の連鎖は終わり、憎しみの炎は消え去った。
これからは、私を信じ、力を与えてくれたこの人のために。そして、私と同じように理不尽な搾取に苦しむ人々を救うために、私はこの頭脳と力を振るっていく。
シャンデリアの光が降り注ぐ中、私とルキウスは誰よりも華麗に、大広間の中央でワルツを踊った。
それは、死の淵から這い上がった令嬢が、帝国の玉座の傍らで真の幸福を手に入れた、新たなる人生の始まりの瞬間だった




