『山間の、足跡』
ラ・レギアの古城の前庭で、五人と踏破くんたち、零式の縮小モードが集合していた。
レオンは紺の上着の左肩に、ユーリス先生の信念の腕章。胸ポケットに四つの形見。腰のベルトに護身用の短刀と、ファルテン村への依頼書のファイル。
アイリスはいつもの赤の上着、腰にプロミネンス。
シエラは灰色の動きやすいローブ、肩から斜めに踏破くん用の小さな鞄を三つ。
ルルはツナギの上から長い革のジャケット、零式の縮小モードを肩掛け鞄に。両手に予備の魔道具袋。
リーゼは加入後初の本格依頼として、淡い灰色のチュニックに紺のスカート、ブーツ、腰に細身の剣。背中に踏破くん用の鞄を二つ。
エレーナは見送りのために玄関に立っていた。今朝は占星術師の正装ではなく、紺のショールを羽織っただけの、家での姿だった。
「忘れ物ないか」
エレーナが訊いた。
「ありません」
「伝書鳩は毎日夕方こちらから飛ばす」
「待ってます」
「シズカちゃん見つけたら古城に連れてきな」
「はい」
エレーナはレオンの肩を、軽く叩いた。
「あの子の手を引っ張りすぎるな」
「はい」
「あの子は四年自分の足で歩いてきた。お前さんが急かしても戻る時は自分の判断で戻る」
「分かりました」
「だからお前さんたちはただ家ができたことを伝えるだけでいい」
「はい」
エレーナはアイリス、シエラ、ルル、リーゼ、それぞれに一言ずつ声をかけた。
「アイリス剣振りすぎるなよ」
「ふん」
「シエラちゃんシズカちゃんにお母さんの図案集の話してもいい」
「うん!」
「ルル零式は奥の手まで取っとけ」
「合理的な戦力温存了解」
「リーゼ」
「はい」
「お前は家族としてただ隣にいてやってくれ」
「はい」
エレーナはふっと笑った。
「行ってこい」
「行ってきます」
五人と踏破くんたちは、坂道をゆっくり下っていった。
朝の街は、まだ静かだった。
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街道を、馬車で半日。
ファルテン村への道は、ルミナリアの北西、低い山の麓を縫うように続いていた。麦畑、林檎の果樹園、小川を渡る木の橋。秋の終わりの空気は、ひんやりと澄んでいた。
ステラ・レギアは小型の馬車を一台、組合の貸出から借りていた。御者役はレオン、車内にアイリス、シエラ、ルル、リーゼ。踏破くんたちは座席の下や荷台の隅で大人しく座っていた。
馬車の中で、シエラがリーゼの隣に座って、足をぶらぶらさせていた。
「リーゼお姉ちゃん」
「ん?」
「シズカお姉ちゃんどんな声してると思う?」
「声?」
「うん無口って聞いたから声どんなだろうって」
リーゼはしばらく考えた。
「私もまだ会ったことないから想像になるけど」
「うん」
「無口な人の声って——たぶん低めで静かで芯がしっかりしてる」
「ふんふん」
「アイリスさんの声をもう少し落ち着かせた感じかな」
「お姉ちゃんよりさらに落ち着いてる?」
「あくまで想像よ」
アイリスが横でぷいっと顔を背けた。
「私は別に落ち着きすぎてはいない」
「お姉ちゃん落ち着いてるよ」
「シエラお前は……」
ルルがぽくぽくと頷いた。
「合理的観察として、アイリスは戦闘時を除いて落ち着いている」
「ルルお前もか」
「合理的事実」
馬車の中に、温かい笑いが広がった。
レオンは御者台で、二頭立ての馬の手綱を握りながら、後ろの賑やかさに耳を傾けていた。
リーゼが加入してから、ステラ・レギアの食卓は、確実に温度が上がっていた。彼女は『天界の盾』時代の幹部としての落ち着きを持ちながら、家族の中ではシエラの相手をしたり、アイリスとの過去の思い出を語ったり、ルルの工房を覗き込んだりと、自然に溶け込んでいた。
そして、今度は、もう一人。
「シズカ・コウサカ」
レオンはぽつりとその名前を口にしてみた。
エレーナが昨夜語った彼女の像。無口、男嫌い、剣の腕は化け物級、内心は優しく、子猫に弱い。賊を倒しても必ず生かす剣士。
四年前に旅立ち、今、ファルテン村の周辺で動いている。
——どんな人だろう。
レオンは前方の山並みを見つめながら、まだ会ったことのない家族のことを、静かに考えていた。
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午後一時。
馬車がファルテン村に到着した。
村は、低い山の麓に広がる、こじんまりとした集落だった。石造りの小さな家々が三十軒ほど。中央に古びた木造の集会所と、鐘楼を持つ小さな祠。麦畑と林檎の果樹園が、村の周囲を取り囲んでいた。
馬車を集会所の前に停めた時、村の人々が遠巻きに見ていた。
外から馬車で来る冒険者は、この村にとっては珍しい光景らしい。
集会所から、白髪交じりの中年の男が出てきた。
「お待ちしておりましたステラ・レギアの皆様」
「村長のヴァースル殿でしょうか」
「はい組合からのご連絡を頂戴しております」
ヴァースル村長は、人柄の良さそうな顔をしていた。日に焼けた肌、節くれだった大きな手。農夫としての労働の跡が、彼の体に染み付いていた。
「お疲れでしょうまずは集会所の中でお茶でも」
「ありがとうございます」
レオンとアイリス、リーゼがヴァースル村長と集会所に入った。シエラとルルは、馬車の脇で踏破くんたちと一緒に、村の子供たちと早速顔見知りになり始めていた。
集会所の中は、素朴な木造の広間だった。中央に大きな木のテーブルと長椅子。壁に村の地図と、古い農具が飾られている。
ヴァースル村長は、お茶を淹れて差し出した。
「組合からの依頼書拝見しております」
「はいそれで——」
「あの女剣士のことでですね」
ヴァースル村長はゆっくり頷いた。
「組合からは『流浪の女剣士の説得』と聞いておりますが、私たち村の人間としては少し違う気持ちでお願いしておるのです」
「違う気持ち、と」
「あの方は私たちにとってもう村の恩人なのです」
ヴァースル村長の声に、明らかな尊敬が混じっていた。
「この三月の間にファルテン村は四度賊の襲撃から救われました」
「四度」
「最初は今年の春の終わり頃です。村の北の山道で賊の集団が村を狙って待ち伏せしていた。それをあの方が一人で撃退してくださった」
「お一人で」
「肩までの黒髪、紺色の和装、一振りの長い反った剣。村人が後で見つけたのは地面に倒れた賊七名と地面に刺さった一通の書き置きだけでした」
「書き置き」
「『ファルテン村はしばらく安全。村長は組合に連絡を』と」
「——」
「私はその書き置きを組合に届けました。けれど組合は『流浪者からの匿名情報』として特に動かなかった」
「組合の対応として、まあ、そうなりますね」
「以来村が賊に狙われるたびにあの方が現れて賊を撃退してくださる」
「報酬は」
「お受けにならない」
ヴァースル村長は、首を振った。
「初めはお礼を渡そうとしました。お米毛織物林檎酒。けれどあの方はこう仰った」
「何と」
「『この村が無事であればそれでいい』と」
「——」
「私たちはお言葉に甘えるしかなかった」
レオンはしばらく、ヴァースル村長の話を聞いていた。
「シズカさん、彼女は今村の近くで何をされていますか」
「シズカと仰るのですね」
「はい彼女のお名前です」
「シズカ様」
ヴァースル村長は、その名前を、丁寧に口にした。
「シズカ様は現在村の北の山岳地帯の入口、古い山小屋にお一人で滞在されています」
「古い山小屋?」
「もう何十年も前に山の猟師たちが使っていた小屋です。今は誰も使っていませんでした。シズカ様が勝手に住み着いてというか住まわせていただいてと言うべきか」
「村として、それは認めているんですか」
「もちろんです。村の保護者として住んでいただいているようなものです」
「彼女とお話できますか」
「シズカ様は三日に一度ほど村に降りてこられます。塩や味噌を村の店で求められます」
「お金で」
「いいえ山で採れた茸や薬草を物々交換で」
「——」
「次に降りてこられるのはたぶん明日か明後日です」
「明日か明後日」
「ですが皆様が今日村に着かれたことをシズカ様もすでにご存じかもしれません」
「ご存じ?」
ヴァースル村長は、ふっと笑った。
「あの方は村の動きを山の上からいつも見ておられます」
「——」
「外から来た馬車が一台村に停まったことくらいはたぶんもう見ておられる」
レオンはしばらく沈黙した。
それから丁寧に頭を下げた。
「ヴァースル村長宿は」
「集会所の二階をご用意しております。簡素ですが五人分の寝床はあります」
「ありがとうございます」
「明日の朝シズカ様が降りてこられるか村の入口で待たれてもよろしいでしょうし降りて来られない場合山小屋まで村人を案内に立てます」
「ご親切にありがとうございます」
ヴァースル村長は、深く頷いた。
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午後の遅い時間。
レオンとアイリス、リーゼは、村の各所で、シズカについての追加の聞き取りを行っていた。
村の鍛冶屋。シズカは月に一度、彼女の刀の手入れの相談に来る、という。
「あの刀こちらでは見ない造りでして」
鍛冶屋の主人は、煤けた前掛けを撫でながら言った。
「東方の島国の刀と聞きました。シズカ様ご自身はお国のことはほとんど語られない」
「そうですか」
「ただ一度だけぽろりと仰った言葉がありました」
「何と」
「『故郷は燃えてもうない』と」
「——」
「それ以上は訊けませんでした」
レオンは深く頷いた。
村の薬草屋。シズカは山で採取した薬草を売りに来る、という。
「あの方の採る薬草はどれも品質が高い。山のどこに何が生えているか完全に把握しておられる」
老婆の薬草屋の主人は、ゆっくり煙草を吹かしながら言った。
「あの方たぶん子供の頃から山と暮らしていたんでしょうな」
「島国の方なんですよね」
「島国の山の暮らしは私には分からない。けれど自然と寄り添う暮らしを長くされていた方だというのは分かる」
村の小さな雑貨屋。シズカは塩、味噌、油などを物々交換で求める、という。
「お話ししてくださることはほとんどないわ」
雑貨屋の女主人は、そう言って微笑んだ。
「でも店に来てくださる時いつも店先の野良猫に必ず一度声をかけてから入ってこられるのよ」
「野良猫?」
「うちの店の前の三毛猫あの子がシズカ様にだけは必ず擦り寄っていく」
「猫好きですね」
「猫好きな人は悪い人じゃないって私の祖母が言ってました」
女主人はふっと笑った。
シズカの輪郭が、少しずつ、村人たちの言葉から立ち上がってきていた。
故郷を失った剣士。山と猫と、村の安全を、静かに守る人。報酬を受け取らず、語らず、ただ、必要な時に、現れる。
そして——
「『この村が無事であればそれでいい』」
レオンは、ヴァースル村長から聞いた、シズカの言葉を、もう一度、心の中で繰り返した。
四年前、ステラ・レギアを離れた時、彼女が言った言葉とも、響き合っていた。
『ステラ・レギアがちゃんとした家になる日が来たら戻る』
——彼女は、自分が今、しっくり来る場所で、しっくり来るやり方で、人を守って生きている。
そう、感じた。
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夕方。
集会所の二階の、簡素な客間で、ステラ・レギアの一行は、晩餐を共にしていた。
ヴァースル村長の妻が、村の食材で簡単な夕食を作ってくれた。野菜のシチューと、林檎の果実酒、固いパン。
シエラがシチューを一口食べて、ぱあっと顔を輝かせた。
「これうちの食堂のシチューに似てる!」
「お似のこと言うと村長の奥様が喜ぶよ」
リーゼが穏やかに笑った。
「シエラちゃん毎日のシチュー楽しみにしてるもんね」
「うん!」
ルルは、零式の縮小モードを、テーブルの脇に座らせて、こりこりとパンを噛んでいた。
「合理的に村の食事は街と異なる滋味がある」
「ルルそれ村長の奥様へのすごい褒め言葉だな」
アイリスが苦笑した。
夕食の後半で、レオンは、一日の聞き取りで集めた情報を、皆に整理して伝えた。
シズカの活動範囲、山小屋の存在、村との物々交換、月一の鍛冶屋通い、明日か明後日の村への来訪予定。
「『故郷は燃えてもうない』」
レオンが、シズカの一言を、最後に伝えた時、食卓が、しんと静まった。
アイリスが、ぽつりと言った。
「島国の山の村が何かの戦か火災で——」
「彼女自身は生き延びた」
「セレナ殿が九年前海を渡って来た若い剣士を拾った」
「そう考えると辻褄が合います」
リーゼが頷いた。
「シズカさんが男嫌いなのも故郷で何があったか想像できる気がします」
「無理に訊くべきではない」
「もちろんです」
「彼女が話したい時に話してくれればそれでいい」
シエラが、両手を組んで、ぴょこんと跳ねた。
「シエラシズカお姉ちゃんに無理に訊いたりしない!」
「うん頼んだよシエラちゃん」
「シエラお母さんの話最初は誰にもできなかった。マルディンお婆さんに会って初めて自然に話せた」
「——」
「シズカお姉ちゃんもいつか自然に話せる時に話してくれたらいい」
レオンは、しばらくシエラを見ていた。
「シエラちゃん本当に優しいね」
「えへへ」
ルルが、ぽくぽくと頷いた。
「合理的にシエラの提案は最も人間的に正しい接し方」
「合理的と優しいが両立ですね」
「両立」
ルルは、シエラの頭を、ゴーグル越しの瞳で見ながら、ほんの少しだけ笑った。
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晩餐の後。
集会所の二階の窓辺で、レオンが村の北の山並みを見ていた。
夕陽が落ちかけた山々が、薄い赤に染まっていた。山頂の方には、もう、夜の藍色が広がりつつあった。
レオンの視線の先、——山道の、ある一点。
そこに、ぽつんと、——光が、見えた。
小さな、暖色の光。たぶん、ランプの明かり。
『山小屋』。
「あれがシズカさんの住んでいる場所か」
レオンは、ぽつりと呟いた。
アイリスが、レオンの隣に立った。
「気付いてたか」
「はい」
「彼女もたぶんこちらを見ている」
「見られてるというのは気のせいでしょうか」
「気のせいじゃない」
アイリスは、静かに山小屋の方を見つめた。
「私の勘だが彼女はたぶんもう私たちの素性を把握している」
「把握」
「ステラ・レギアの馬車ということは村人から伝わるはずだ。シズカ・コウサカは無口な剣士だが情報の収集は抜かりがない」
「——」
「だから明日彼女が降りてくるかどうかは彼女の判断だ」
レオンはしばらく、山小屋の小さな光を見つめていた。
「アイリスさん」
「うん」
「明日彼女が降りてこなかったら——」
「山小屋まで行く」
「行きましょう」
「うむ」
「ただし突然訪ねるのは避けたい」
「うん」
レオンはしばらく考えた。
「明日の朝村の入口で半日待ちます。それでも降りてこなければ午後村人の案内で山小屋に向かう」
「合理的な判断」
ルルが横で頷いた。
「彼女にこちらの行動を見せる時間がある」
「彼女が降りるか迎えるか選ぶ時間をあげる」
「お前本当に——」
アイリスが、ぷいっと顔を背けた。
「お前こういう心の機微の判断が本当に上手い」
「五浪したので」
「もういい」
リーゼが横で、ふっと笑った。
「五浪のお話よく出てくるんですね」
「私たちの伝統の決まり文句です」
レオンも、小さく笑った。
その時、——
窓の外を、伝書鳩が、ふわりと飛んできて、窓辺に止まった。
エレーナからの、占星台からの、伝書鳩、だった。
---
レオンが、伝書鳩の足首から、紙片を取り外した。
『今夕、占星台より。
シズカちゃんの星、見えた。
星の位置、ファルテン村の北の山。あんたらが今日、見ている方角だ。
星の動き、静か。けれど、緊張、している。
たぶん、あの子は、自分の家族が、迎えに来たことを、知っている。
知っているけれど、どう向き合うか、決めかねている。
押すな。引くな。ただ、いてやれ。
エレーナ』
レオンは、紙片を、皆に見せた。
アイリスが頷いた。
「エレーナの判断と私の勘が一致している」
「そうですね」
リーゼが頷いた。
「シズカさん迷っているんですね」
「うん」
シエラが、ぎゅっと両手を握った。
「シズカお姉ちゃんお家に帰りたいかもしれないしもう一回考えたいかもしれないし」
「ご名答シエラ」
ルルが、ぽくぽくと頷いた。
「合理的には選択の自由を相手に保証する」
「シズカさんの選択を尊重する」
「そう」
レオンは深く頷いた。
「明日は村の入口で半日ただ待ちます。降りてこなければ午後山小屋に向かう。けれど急がない」
「うん」
「彼女が向き合いたい瞬間に向き合えるそういう距離を保つ」
「合理的な心遣い」
「合理的に優しい」
ルルは、満足そうに頷いた。
リーゼがレオンを見て、穏やかに微笑んだ。
「ステラ・レギアの管理人本当に立派です」
「そんな」
「先生もこう仰ったでしょう」
「ユーリス先生?」
「『組織より人を選べ』シズカさんへのレオンさんの判断はまさにそれです」
「——」
レオンは、しばらく、左肩のユーリス先生の信念の腕章を、撫でた。
『天界の盾』の紋章、けれど、先生が独自に作らせた、信念の象徴。
明日、レオンは、この腕章を着けて、シズカに会う。
その意味を、彼女が、——どう受け止めるか。
「明日」
レオンは、ぽつりと呟いた。
「皆さんと一緒に待ちます」
---
夜遅く。
集会所の二階の客間で、皆、それぞれの寝床に入った。
シエラは、すぐに寝息を立て始めた。今日の馬車の旅と、村人たちとのおしゃべりで、すっかり疲れていた。
ルルは、零式の縮小モードを、枕元に置いて、ゴーグルを外して横になった。
リーゼは、ベッドの脇で、しばらく細剣の手入れをしてから、毛布をかぶった。
アイリスは、窓辺に立って、しばらく山の方を見ていた。それから、自分の寝床に静かに腰を下ろした。
レオンは、自分の寝床に横になって、しばらく天井を見つめていた。
胸ポケットに、四つの形見。引き出しの代わりに、今夜は革のファイルの中に、銀の指輪。左肩に、信念の腕章。
明日、——ステラ・レギアの古い家族、シズカ・コウサカ。
四年前、家を離れた剣士。
故郷を失い、海を渡り、セレナ叔母に拾われ、そして、家を見守るために、外で待ち続けた人。
エレーナの言葉。『あの子がただいまと言える場所をちゃんと用意しておく』。
ガロン親方の言葉。『ちゃんとした家になる日が来たらその時に戻る』。
シエラの言葉。『いつか自然に話せる時に話してくれたらいい』。
リーゼの言葉。『先生も組織より人を選べと』。
そして、エレーナの伝書鳩。『押すな。引くな。ただ、いてやれ』。
レオンは、左肩の腕章に、そっと触れた。
明日、『天界の盾』の紋章を背負った若い管理人として、シズカに会う。
ただし、それは、組織の紋章ではない。
ユーリス先生の、信念の腕章。
『組織より、人を選ぶ』、その象徴。
シズカが、それを見て、どう感じるか、分からない。
けれど、レオンは、左肩のこの腕章に、嘘をつくつもりはなかった。
ステラ・レギアは、組織ではない。
家、なのだ。
「シズカさん」
レオンは、静かに呟いた。
「会いに行きますね」
窓の外で、山小屋の小さな光が、まだ、ぽつんと、灯っていた。
その光の主が、四年ぶりに、家族と、向き合おうとしているのか、それとも、まだ、距離を保ちたいのか、——
明日、分かる、はずだった。
ファルテン村の、夜が、静かに、けれど、明日への期待を抱えて、ゆっくり更けていった。
---
第二十二話 了




