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『書類と、握り合い』

冒険者組合の職員用の裏口で、レオンとアイリスは、ガロン爺さんから預かった紹介状を警備の事務員に提示した。


事務員は紹介状の印を一目見て、ふっと頷いた。


「ガロン親方の紹介ですね。承りました」


「支部長のブランドル殿に、面会を申し込みたいのです」


「事前のお約束は」


「ありません。けれど、急務です」


事務員はしばらくレオンの顔を見ていた。それから低い声で言った。


「支部長は、土曜の朝は執務室で書類整理をされる習慣です。直接ご案内します」


「助かります」


事務員は二人を組合の裏側の階段に通した。表の受付ホールではなく、職員用の廊下を使う案内だった。


レオンは胸ポケットの中で、ちびがじっと静かにしているのを感じた。普段なら時々顔を出すちびが、今朝は全く動かなかった。緊張を感じ取っているらしい。


「アイリスさん」


「うん」


「ちびが静かです」


「察してるな、あいつ」


階段を上がり、二階の廊下を奥へ進んだ。執務室の前で、事務員が扉を軽く三回叩いた。


「ブランドル支部長、ステラ・レギアの管理人殿が緊急の面会を申し込まれています」


しばらくの沈黙の後、低くよく通る声が返ってきた。


「お通ししなさい」


事務員が扉を開けた。レオンとアイリスは執務室に入った。


---


執務室は書類で埋もれていた。


壁一面の書棚。机の上に積み重なった羊皮紙の山。窓際に、組合の紋章の織られた小さな旗が飾られている。


机の向こうで、ブランドル・ヘイワード支部長が眼鏡を上げて二人を見ていた。


「ステラ・レギア。今日は何の御用ですか」


事務員が扉を閉めて下がった。執務室には三人だけになった。


レオンは机の前に立って、深く頭を下げた。


「ブランドル支部長、突然の面会、申し訳ありません」


「構いません。座ってください」


机の前の椅子に、二人が座った。


レオンは用意してきた書類を、机の上に並べた。


「これらは、ここ十日ほどで私たちが街中で集めた情報の整理です」


ブランドルは眼鏡を直して、書類に目を通し始めた。


一枚目。複数の店舗での仕入れ消失事件のリスト。二枚目。職人組合のガロン親方からの聞き取り。三枚目。ルルが零式で観測した街の魔力反応データ。四枚目。エレーナの占星術による所見。


そして最後の一枚にレオンの考察。


『鉄槌の牙』が組合内部の人物との癒着により輸送計画の情報を抜き取り、街道での組織的な襲撃を行っている可能性。その内部協力者としてガレッリ副支部長の名前が挙がっている。直近の標的として、メリオン交易会の月曜の輸送が想定される。


ブランドルは書類を読み終えるのに五分かかった。


その間、レオンとアイリスは何も言わなかった。


やがてブランドルは眼鏡を外し、ゆっくり机の上に置いた。


「これは、ご自身でまとめられたものですか」


「はい」


「ガロン親方の証言、市場の店主たちの証言、それからルル・メカニス殿の魔力観測。これは組合の魔道具研究部門が認めた手法ですね」


「先日、研究部門との協力協定を結びました」


「公的な手続きを踏んだ、と」


「はい」


ブランドルはしばらく天井を見上げた。それから、ふっと小さく息を吐いた。


「お分かりですか。私がこのことを知らなかったと思いますか」


「いいえ」


「察しがいい」


「ガロン親方が言っておられました。『支部長は、半分把握している。けれど、決定的な証拠がないから動けないでいる』、と」


「正確な評価です」


ブランドルは机の引き出しから、別の書類の束を取り出した。羊皮紙が二十枚以上ある分厚い記録だった。


「これは、私が個人的に集めてきたガレッリ周辺の動きの記録です。半年分」


「半年」


「決定的な証拠が揃わない」


ブランドルの声が低くなった。


「組合の副支部長を組織的犯罪の容疑で告発するには、王都の中央組合本部の承認が必要です。中央本部は地方支部の問題に対しては極めて慎重」


「動かない、ということですか」


「動かない、ではない。動けない、です。証拠の質と量が、中央本部の基準をまだ満たしていない」


レオンは頷いた。


「私たちが提供した情報で、基準を満たせますか」


「足りません」


「——」


「ただし、もう一つ加われば満たせる」


「もう一つ」


ブランドルは机の上で両手を組んだ。


「現行犯の確定的な証拠。襲撃の現場で『鉄槌の牙』と組合内部の協力者との通信、もしくは指示文書、もしくは賄賂の物的証拠。どれか一つでも押さえられれば、動ける」


「月曜のメリオン交易会の襲撃が本当に起きるなら、その現場で何かを掴むことができるはずです」


「はい」


「ステラ・レギアは、護衛として参加するのですね」


「はい」


「友好ギルドと合同で、ですか」


「これから根回しに伺います」


ブランドルはふっと笑った。


「あなた方、本当にEランクのギルドですか」


「はい」


「正直、支部長としてDランクへの昇格推薦をもう一度提案したい気持ちですが」


「『仕組み』が、まだ足りません」


「ディアナ殿の言葉ですね」


「はい」


「ステラ・レギアは、その理をすでに身につけている」


ブランドルは机の脇に置いた銀の鈴を、ちりんと鳴らした。


事務員がすぐに入ってきた。


「ガレッリ副支部長を、応接室にお呼びしなさい」


事務員の顔がわずかに強張った。


「お呼びしますが、その、副支部長は最近、ご機嫌が」


「構いません。私が直接お話しします」


「承知いたしました」


事務員が下がった。


ブランドルが二人を見た。


「お二人には、お聞き願いたい話があります。応接室に同席していただきたい」


「ガレッリ殿との、ですか」


「あなた方が私の前に書類を出した。それをガレッリの前で、もう一度繰り返してほしい」


「彼がどう反応するか。それを私と、あなた方の三人で見届けたい」


レオンとアイリスは、一瞬目を合わせた。それから二人とも頷いた。


「承知いたしました」


「危険ですよ」


ブランドルは静かに言い添えた。


「呪術系の軽い攻撃が来る可能性がある。組合の建物内ですから大ごとにはしないでしょうが、身を守る備えはおありですか」


レオンは肩当ての裏の銀色の魔道具に、軽く触れた。


「アイリスさんのお師匠様の形見を、お預かりしてきました」


「ユーリス殿の簡易結界の魔道具ですか」


「ご存じですか」


「彼の名前は、組合内でも敬意をもって語られています」


ブランドルは眼鏡をかけ直した。


「では、参りましょう」


---


応接室は、執務室から廊下を隔てた向かい側にあった。


ガレッリ副支部長はすでに到着していた。


四十代後半。茶色の髪を後ろで縛り、太い眉と鋭い目つき。組合の正装である紺のローブの胸元に、副支部長の銀の徽章。指には装飾の多い指輪が三つ。


カインのような呪術師の指輪ではない。が、似た雰囲気の、いかにも意味ありげな品だった。


「これはこれは、ブランドル支部長」


ガレッリは立ち上がって、丁寧に頭を下げた。


「土曜の朝からお呼び立てとは、何事でしょう」


「ステラ・レギアの皆さんから、緊急の情報が寄せられました。あなたに同席していただきたい」


「ステラ・レギア——ああ、Eランクの、新興のギルドの方々ですね」


ガレッリはレオンとアイリスを、ちらりと見た。


その目線の温度は、明らかに低かった。


「Eランクのギルドが、副支部長に同席を願うほどの情報をお持ちで?」


「お聞きいただければ、お分かりになります」


ブランドルは椅子を勧めた。四人がそれぞれ着席した。


レオンは書類をガレッリの前に置いた。


「これらは、私たちが集めた街道での襲撃事件に関する情報です」


ガレッリの目つきが書類を見た瞬間、わずかに固まった。


しかし彼の表情自体は、ほとんど動かなかった。


「ふむ、街道襲撃ですか」


「はい」


「組合でも調査中の案件ですが、若い管理人さん自ら情報収集を?」


「街の方々から、お話を伺いました」


「ご熱心ですね」


ガレッリは書類をぱらぱらとめくった。


「『鉄槌の牙』、ですか」


「はい」


「あの、Cランクの準ギルド」


「組織的に、街道での荷馬車を襲撃している、と」


「証拠は」


ガレッリの声がわずかに低くなった。


レオンは淡々と答えた。


「市場の店主たちからの複数の証言。ルル・メカニスの街の魔力反応観測。そして占星術師エレーナ・アスラクスの所見」


「アスラクス家の方のご所見、ですか」


ガレッリの目がほんの一瞬細くなった。


「占星術は、組合の公式な証拠としては扱われませんが」


「公式な証拠として、ではありません。状況把握の参考資料として、です」


「ふむ」


「次の襲撃が、月曜のメリオン交易会の輸送便に向けられると、私たちは予測しています」


ガレッリは書類を閉じた。


「それは根拠の薄い推測ですね、管理人殿」


「根拠は書類に記載しています」


「拝見しましたが、状況証拠ばかりで確定的な物証がありません」


「だからこそ、月曜の現場で確証を掴みに行きたい」


ガレッリはしばらくレオンを見つめた。


その視線が少しずつ温度を変えていった。冷たい無視から、明らかな敵意へ。


「Eランクの管理人殿」


「はい」


「組合の運営は、副支部長である私の専管です」


「はい」


「あなた方が独自に動かれて街道で混乱を起こされるのは、好ましくない」


「ご指示は」


「月曜の街道仕事は、組合が別の、より上位のギルドに振り直します」


レオンはガレッリの顔をまっすぐに見た。


「メリオン交易会の月一固定契約は、ステラ・レギアと商会との私的契約です」


「組合の指示には従っていただく」


「組合の指示が、どのような形で書面化されているか、お聞きしてもよろしいですか」


ガレッリの指が、机の上でぴくりと動いた。


その瞬間、レオンの肩当ての中で銀色の魔道具がほんの僅か温かくなった。


魔道具の結界の発動。ガレッリの指輪のうちの一つから、目に見えない極めて微弱な何かが射出されたのだった。


レオンの体には何も起きなかった。銀色の魔道具がそれを受け止めて相殺した。


ガレッリの目がぴくりと動いた。


彼の魔道具は『相手を軽く混乱させ、判断を鈍らせる』類のものだった。とぼけた質問をして相手の判断力を奪い、譲歩を引き出すための小道具。


それが効かなかった。


レオンは何も気づかなかったかのように続けた。


「書面化された組合の指示書をいただけますか。月曜の朝までに、こちらが受領できるよう、お願いいたします」


ブランドルが横から静かに言葉を挟んだ。


「ガレッリ副支部長。月曜の街道護衛を別ギルドに振り直すなら、その理由と手続きの根拠を文書で残してください。組合の運営記録として必要です」


ガレッリの表情から、徐々に余裕が消えていった。


公式の文書として残せば、後日追跡できる証拠になる。書類という形で残ってしまうことを、彼は警戒した。


「いえ、ブランドル殿、いま申し上げたのは口頭での検討事項に過ぎません」


「では、月曜のメリオン交易会の護衛は、ステラ・レギアに当初の通り任せると」


「そうなります」


「結構です」


ブランドルは書類を一枚、机の上に滑らせた。


それはステラ・レギアの月曜の護衛仕事の、組合公式の確認書だった。事前にブランドルが用意していた書類だった。


「ガレッリ副支部長、こちらに副支部長のサインを」


ガレッリはしばらくペンを握ったまま動かなかった。


それからしぶしぶ、書類にサインをした。


ブランドルは書類を取り上げた。


「ありがとうございます」


ガレッリはレオンをもう一度睨んだ。その目には、はっきりとした敵意があった。


レオンはその視線をまっすぐに受け止めて、丁寧に頭を下げた。


「ガレッリ副支部長、ご面会のお時間を、ありがとうございました」


「お気をつけて」


ガレッリは応接室を足早に出ていった。


ドアが閉まった後、しばらく沈黙が流れた。


ブランドルがふっと息を吐いた。


「ガレッリは、あなた方を警戒しました」


「はい」


「月曜、必ず現場に彼の差し金が出るでしょう」


「そう思います」


「『鉄槌の牙』だけでなく、組合の方からも何か仕込まれる可能性があります」


「警戒します」


「私は明日、王都の中央組合本部に調査要請を提出します。月曜の現場で確定的な証拠が押さえられれば、その日のうちにガレッリは職を失います」


「お願いします」


ブランドルは最後に、レオンとアイリスを見つめた。


「アイリス・エスフィア殿」


「はい」


「あなたの師、ユーリス殿の魔道具が今、この管理人殿の肩当てに入っていますね」


「ユーリス殿は、私の若い頃の上司でもありました」


アイリスが息を呑んだ。


「彼がもし生きていれば、今のあなたを見て誇らしく思うでしょう」


アイリスはしばらく何も言えなかった。それから、深く頭を下げた。


「ありがとうございます」


レオンも、深く頭を下げた。


二人は、組合の裏口から街に出た。


---


組合を出た時、レオンは初めて肩から大きな息を吐いた。


「緊張しました」


「初めての、組合内での政治だ」


「政治、ですね」


「『天界の盾』時代に、何度か見たことがある。ユーリス先生が執行部の連中と、似たような会話をしていた」


「先生、強かったんですね」


「強かった。お前も、強かったぞ、今日は」


「アイリスさんの魔道具のおかげです」


「あれがなくても、お前は対応できたはずだ」


「お前は今、確かに紅蓮のアイリスの管理人だ」


レオンは、ちょっと頬が熱くなった。


二人は午前中の街道をゆっくり歩いた。


次の予定は、『斜陽の盾』のザッシュへの根回しだった。


---


『斜陽の盾』は、街の南地区にあった。


石造りのしっかりとした建物。看板には夕陽に染まる盾の紋章。建物の前で、若い剣士たちが剣の手入れをしていた。


レオンとアイリスが訪ねると、ザッシュ・ドルムはすぐに応接間に通してくれた。


「よう、レオン、アイリス。土曜の朝から何だ?」


「お願いがあって、参上しました」


「言ってみろ」


レオンは組合での経緯を、簡潔に説明した。


『鉄槌の牙』の組織犯罪。ガレッリ副支部長の癒着。月曜のメリオン交易会の襲撃予測。ブランドル支部長の協力。そして月曜の街道での合同護衛要請。


ザッシュはふんふんと聞いていた。話が終わるとしばらく腕を組んだ。


それからふっと笑った。


「面白い」


「面白い、ですか」


「面白い、と言うか、今、街で何が起きてるのか、お前らがちゃんと把握してる、って、面白い」


「俺らも、街道仕事で最近おかしな話は耳にしてた。けど、組合からは何も降りてこない。『鉄槌の牙』が動いてるのは知ってたが、組合と繋がってるとは思わなかった」


「ガレッリ副支部長が関与している、と」


「組合内部の人間が闇仕事と繋がってるなら、これは街全体の問題だ」


ザッシュは立ち上がった。


「『斜陽の盾』、月曜、参戦する。剣士、五名出す。俺自身も現場に行く」


「ありがとうございます」


「俺ら、お前らに恩返しすると約束した」


「沈み鐘の件、忘れてない、と、こないだも言ったろう」


ザッシュはにっと笑った。


「グラントとこ、行ったか?」


「これから伺う予定です」


「あいつは、たぶん、俺以上に乗り気で参加すると思うぞ」


「商隊の護衛なんて、商人ギルドの十八番の仕事だからな」


「お言葉、心強いです」


「月曜の朝、街道の出発地点で合流するか?」


「お願いします」


「了解した」


ザッシュはレオンの肩を、ぽんと叩いた。


「ステラ・レギア、でかくなろうとしてるな」


「いえ」


「いや、でかくなれ。お前らみたいなギルドが、街には必要だ」


「街の腐れ役人を、ぶん殴る役割の若いギルドが、な」


「ぶん殴る予定はありませんが」


「比喩だ、比喩」


ザッシュは大きく笑った。


---


午後。


『虎牙の商隊』の事務所。


街の中央広場の、一階の店舗を改装した、商人ギルド独特の活気のある場所だった。


グラント・ヴェルスは、奥の応接間で商人らしい鋭い眼で、レオンの説明を聞いた。


話が終わると、彼は机の上で両手を組んだ。


「メリオン交易会の襲撃が、月曜の予定」


「はい」


「『鉄槌の牙』が、組合の輸送計画から情報を抜いてる」


「はい」


「ガレッリ副支部長が、内通者」


「はい」


グラントはしばらく沈黙した。それからぽつりと言った。


「俺は商人だ。商人として、これは看過できない問題だ」


「街道の輸送が組合の腐敗で危険になるってことは、商人ギルド全体の死活問題だ」


「はい」


「『虎牙の商隊』、参戦する」


「ありがとうございます」


「俺自身も行く。射手、四名連れる」


「ありがとうございます」


「それから、月曜の襲撃の確定的な証拠を押さえたら、それを街全部の商人ギルドに共有させてくれ」


「街の商人ギルド、合計十二ある。みな、街道輸送に命を預けてる。今回の件、皆、知るべきだ」


「お願いします」


「街の世論を、こちら側に動かす」


グラントはにやりと笑った。


「俺ら商人は、剣じゃ戦えない。けど、世論を動かす力はある」


「ステラ・レギアと『斜陽の盾』が現場で証拠を押さえる。俺らが商人世論を動かす。組合の中央本部がガレッリを潰す」


「三層構造、ですね」


「合わせ技だ」


レオンは深く頷いた。


『虎牙の商隊』の参戦が確定した。


---


夕方。


ステラ・レギアに戻った時、レオンとアイリスはもう、心地よい疲労を感じていた。


食堂では、シエラとルルと踏破くんたちが待っていた。


「お兄ちゃん、お姉ちゃん、おかえり!」


シエラがぴょこんと立ち上がった。


「ただいま」


「組合、どうだった?」


「上手くいったよ」


「『斜陽の盾』と『虎牙の商隊』も参加してくれることになった」


ルルがぽくぽくと頷いた。


「合理的な編成」


「ルルちゃんは、零式と踏破くんの調整、進んだ?」


「全戦力、月曜の朝に出動可能」


「シエラちゃんは?」


「召喚術、最終調整、終わった! 三体同時に呼べるようになった!」


「三体!?」


「うん、お姉ちゃんとルル姉ちゃんに教えてもらいながらね」


シエラはぱあっと笑った。


「白狼さま、風の雄鷹さま、それから新しく『水の鯨』っていう防御特化の精霊」


「それは心強い」


「街道で、もし何かあったら、シエラの『水の鯨』、商隊の馬車に結界張れるよ」


「うん、頼んだよ」


エレーナが占星台から降りてきた。今日も占星術師の正装姿。手には彼女の水晶玉。


「占星台の方は、どうですか」


「月曜の午前中、街道の星の配置、見えた」


「どうですか」


「『鉄槌の牙』、十名前後で出てくる」


「十名」


「うちらの編成より、少し多い」


「うちらは——」


「ステラ・レギア四名、踏破くん十四体、零式。『斜陽の盾』、ザッシュと部下五名。『虎牙の商隊』、グラントと部下四名」


「合計、十五名+踏破くん+零式」


「数の上では互角以上」


「ただし」


エレーナの目がすうっと細くなった。


「『鉄槌の牙』の中に、呪術師がいる」


「呪術師」


「東地区で観測した魔力濃度の上昇。それが月曜、街道に出てくる」


「カインの事件以降、職を失った呪術師たちをバドルが雇い始めた、というのは、たぶん本当だ」


「呪術師の数は」


「二名から、三名」


ルルがゴーグル越しの瞳で、零式の縮小モードを撫でた。


「零式の宝石の相殺機能を、最大出力で稼働させる」


「これで、呪術系の攻撃はある程度抑えられる」


「合理的な対応」


シエラが両手をぎゅっと握った。


「シエラの『水の鯨』も、防御に回します」


「うん」


レオンは五人と踏破くんたちと零式を見回した。


「明日、日曜の朝、最終ミーティングを行います」


「了解」


「ザッシュ殿とグラント殿には、明日の昼、こちらに来ていただく」


「了解」


「月曜は、夜明け前に街道の出発地点に集合」


「了解」


レオンは深く息を吐いた。


「皆さん、お願いします」


四人とエレーナが、それぞれ頷いた。


---


夜。


レオンは自分の部屋に戻った。


机の上に、今日組合で受け取ったブランドル支部長のサイン入りの護衛確認書を、丁寧に置いた。


ガレッリ副支部長のサインも入っている。


これは組合の公式な書類だった。


これがあれば、月曜の街道での出来事は組合の正式な記録として残る。ガレッリの『内部から』の妨害があった場合、それも後で告発の根拠になる。


レオンは書類を、革張りのファイルに丁寧にしまった。


そして肩当ての中から、銀色の魔道具を取り出した。


ユーリス先生の形見。


今日、一度稼働した。微弱な相殺だったので、まだもう一度、二度くらいは機能するかもしれない。


レオンはそれを机の脇に置いた。


それから胸元の四つの形見を取り出した。


『約束の少女』のお守り。『天界の盾』の紋章。『ヴェスパー』の布切れ。そして心の中の『家族の星』の図案。


机の上に並べた四つの形見。すべてがそれぞれの誰かの想いを背負っていた。


「明日、もう一日、準備の日。明後日、本番」


ぽつりと呟いた。


ノックの音がした。


「レオン、いいか」


アイリスの声だった。


「どうぞ」


アイリスが入ってきた。今日も寝間着にガウンを羽織って、片手にホットミルクの湯気の立つマグカップを二つ持っていた。


「飲むか」


「ありがとうございます」


カップを受け取った。蜂蜜の甘い香りがふわっと立った。


アイリスはベッドの端に、そっと腰掛けた。


「今日、お前、立派だった」


「ブランドル殿が認めただろう」


「あれは、アイリスさんの先生のおかげで」


「先生のおかげなのは、半分だ」


「もう半分は、お前自身が書類を作って持っていったからだ」


「ガレッリの呪術が、お前の判断を動かせなかった理由を、考えたか」


「魔道具が相殺してくれたから」


「違う」


アイリスは首を振った。


「お前の判断が最初からぶれてなかったからだ」


「魔道具は『軽い混乱』を相殺した。判断の根本が揺らいでいたら、魔道具では足りない」


「お前は自分でぶれずにいた」


レオンはしばらく、ホットミルクを見つめていた。


それからぽつりと答えた。


「皆さんが後ろで待ってる、と思うと、ぶれられないんです」


「シエラちゃんが留守番で心配してる。ルルちゃんが零式と一緒に調整してる。エレーナさんが占星台で星を読んでる。アイリスさんが隣で剣の柄に手をかけてる」


「だから、ぶれない」


アイリスはしばらくレオンを見ていた。


それからふっと笑った。


「お前、本当に、時々」


「いや、いい」


アイリスはホットミルクを、ぐいっと飲んだ。


「明日、日曜は、ザッシュ殿とグラント殿が来る。皆で最終ミーティング」


「はい」


「月曜の夜明け前に街道へ」


「はい」


「お前、眠れるか?」


「たぶん」


「そうか」


「アイリスさんは?」


「眠る前に、剣を振る」


「いつもの習慣だ」


「分かりました」


アイリスは立ち上がった。


「おやすみ、レオン」


「おやすみなさい、アイリスさん」


ドアが閉まった。


廊下の奥から、しばらくして剣の素振りの風切り音が、かすかに聞こえてきた。


レオンは机の上の四つの形見を、丁寧に胸元のポケットに戻した。


ホットミルクをゆっくりと飲み干した。


明日が最終準備の日。明後日が、月曜日の街道での本番。


夜が、確かな緊張と、確かな信頼を抱えて、静かに更けていった。


---


第十六話 了

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