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『一週間の、星』

朝食を終えた食堂で、レオンは帳簿を広げていた。


組合から振り込まれた六十五万ルナと、街の薬師ギルド経由で増えた小さな手間賃。それを差し引いた、来月までの運用予算と、修繕に回せる残額。さらに、来月から取り入れる方針として、毎月の収支を四つの欄に分けて記録すること。


「それで、どうする」


向かいの席でアイリスがコップのお茶を傾けながら訊いた。


「今週は、Eランクの依頼を複数こなしたいんです」


「複数」


「はい。ステラ・レギアは『一発屋』だと、街では、まだ思われている。Dランクへの実績は急がない。代わりに、Eランクの依頼を、しっかりこなして、街に名前を覚えてもらう」


アイリスはしばらくレオンを見ていた。それから、ふっと笑った。


「ディアナ殿の言葉が、お前の中にちゃんと根を張ってるな」


「『仕組み』の昇格、です」


「そうだ。じゃあ、今週の編成は」


「組合に出ている、Eランク向けの依頼を、種類で分散させて取りたい。荷運び、害獣退治、調査同行、街郊外の小さなトラブル」


「いいだろう」


ルルが、ぽくぽくと頷いた。


「合理的。ステラ・レギアの幅を、見せる戦略だ」


「うん」


シエラが、両手を組んで意気込んだ。


「シエラ、今週は、ちゃんと、お役に立てるように、頑張る!」


「シエラちゃんは、もう、ちゃんとお役に立ってるよ」


「えへへ」


エレーナが、ワインを一口だけ啜って言った。


「あたしは、ま、占星台で、星を読んでる。何か面白い徴候があったら、伝える」


「お願いします」


「で、それぞれの依頼、誰が出るか、決めるかい?」


「決めましょう」


レオンは、卓上に組合からもらった依頼の写しを広げた。


四枚あった。


一、街郊外の麦畑、害獣退治。報酬八万ルナ。


二、荷運び護衛、ルミナリア—メルシェ街道、片道。報酬十二万ルナ。


三、迷宮第三層、薬草採取。報酬六万ルナ。


四、街の古井戸、調査同行。報酬三万ルナ。


「全部受けるの?」


シエラが目を丸くした。


「順番にね。まず一と四は、街中だから、半日で片付く。二は、二日。三は、半日」


「日程的には、一週間で収まるな」


「人数も分散させたい。ずっと同じメンバーで動くと、ギルド全体としての成長が止まる」


「まあ、その通りだ」


レオンは、四枚の依頼書を、それぞれ指で示した。


「一の害獣退治は、シエラちゃんと僕で。二の街道護衛は、アイリスさんと僕、それから踏破くん八体ほど」


「街道は、私が指揮を執れということか」


「はい。アイリスさんの剣の評判は、街道の依頼主にも届いている。安心料です」


「ふん」


「三の薬草採取は、ルルちゃんと、シエラちゃんで。三層なら、危険は少ない。ルルちゃんの錬金術と、シエラちゃんの護衛召喚で、十分」


「合理的」


「ルル姉ちゃんと、お薬草採取、楽しみ!」


「四の古井戸調査は、ルルちゃん一人で。古井戸の地下に魔道具らしきものがあるか調べるだけだから、ルルちゃんの本領」


「了解」


「さて」


レオンは、帳簿に予定を書き込みながら言った。


「一週間後、見えるものが変わっていれば、それで成功」


---


午後。


街郊外の麦畑。


レオンとシエラ、それから踏破くん四体が、ぴょこぴょこと畝の間を歩いていた。


依頼主は、白髪の農夫だった。


「いやあ、助かるよ、Eランクの若い方々。畑荒らしの『コーンモール』が、近頃ひどくてなあ」


コーンモール。土の中を掘り進んで、麦の根を食い荒らす、もぐら型の小型魔獣。一匹一匹は弱いが、群れで来ると麦畑が壊滅する。


「シエラちゃん、最初は『風の雄鷹』を、低空旋回で出してもらえる?」


「うん!」


「土が動いた瞬間に、踏破くんたちで叩く」


「了解」


シエラが両手を組んだ。


「風の雄鷹さま、お願いします」


足元に銀色の魔法陣が咲き、巨大な蒼い翼の鷹が静かに舞い上がった。今日の鷹は、いつもより一回り大きい。シエラの召喚精度が、また少し上がっていた。


鷹が低空で旋回すると、その風圧で土の表面がさらさらと動いた。土の中のコーンモールたちが、地表近くで身を縮めるのが分かった。


「見えました! 三匹、左!」


レオンが指差した。


踏破くんたちが、ちょこちょこと駆けて、小さな金槌で土をぽこぽこ叩いた。土中のコーンモールが慌てて飛び出し、別の二体の踏破くんが、紐付きの小袋でひょいっと捕獲した。


農夫が目を丸くした。


「お、おう、もう三匹? まだ、依頼の七割の数じゃないか?」


「あと、もうちょっとです」


二時間で、コーンモール十二匹を捕獲。生きたまま街外の山に放した。殺さずに済む方法を、レオンは『天界の盾』時代の制度を参考にして、最初から提案していた。


「殺さんでもいいのか?」


「数が増えなければ、害は出ません。生態系の方が、長い目で見たら、農作物にとっても大事だ、って、薬師ギルドの先生に、教わりました」


「ほう……」


農夫は感心したように頷いた。


「あんたら、頭がいいねえ」


「五浪してましたから」


「ふぁっ、そういう自慢か」


農夫は笑った。報酬は依頼通り八万ルナ。それに加えて、麦と新鮮な野菜の籠を、おまけにつけてくれた。


帰り道、シエラが嬉しそうに野菜の籠を抱えていた。


「お兄ちゃん、新じゃがいも、いっぱい!」


「今夜、ポトフにしよう」


「うん!」


夕方、ギルドの食卓に並んだポトフは、農夫からのおまけのおかげで、いつもより具が多かった。


---


十九日目。


ルミナリアからメルシェへの街道。


護衛依頼は、二日かかる予定だった。


依頼主は商隊。荷馬車三台に、商人と御者が合わせて六人。それを、街道の魔獣や山賊から護衛する仕事。


アイリスが指揮、レオンが補佐、踏破くん八体と零式の縮小モード一体。零式の縮小モードは、ルルが作ってくれた肩掛け鞄に収まっていた。緊急時には、その場で大型化に戻せるよう、装置を切り替えるだけ。


「街道は、私の独壇場だ」


アイリスが、馬車の先導に立ちながら言った。


「『天界の盾』時代、街道護衛で、何度も走った」


「経験者が指揮するの、心強いです」


「お前は補佐に徹しろ。商隊との交渉は、私がする」


「はい」


商人たちは最初、ステラ・レギアの編成を見て、少し心配そうな顔をした。Eランクの新興ギルド。しかも、一行は二人と踏破くんの群れ。商人たちは「もっと屈強な剣士が来ると思っていた」というような顔だった。


しかしアイリスが背筋を伸ばし、馬の首筋を撫でながら、商隊の代表に丁寧な挨拶をした瞬間、彼らの目つきが変わった。


「ステラ・レギアの、アイリス・エスフィアです。本日の街道護衛、お受けいたします」


「あ、ああ、紅蓮のアイリスの……」


「噂は、控えめにお願いします。実物は、地味です」


商人たちは、ふっと笑った。緊張が解けた。


街道での仕事は、思ったよりも穏やかだった。


最初の山道で、小型のスライム三匹に遭遇。アイリスが軽い火炎魔法で蒸発させた。商人たちが小さく拍手した。


午後、樹林帯を抜ける時、踏破くんの索敵が、樹の影に隠れた山賊らしき三人組を発見した。


「アイリスさん、左の樹林、人三人」


「分かった」


アイリスは、商隊を止めずに、馬車の進行をそのまま継続させた。代わりに、馬車の脇を歩きながら、剣の柄に手をかけた。


「全員、私の合図で、馬車を加速させる」


「は、はい」


樹林の影から、矢が一本、馬車の屋根に突き刺さった。山賊が動いた合図だった。


「加速!」


商人たちが手綱を握り直し、馬車が一気に駆け抜けた。同時にアイリスが地面に向けて、紅蓮の小規模な魔法を放った。樹林の足元の落ち葉が一気に燃え上がり、山賊たちが樹の影から飛び出した。


その瞬間、レオンが踏破くんに合図した。八体の踏破くんが樹林に一斉に駆け込み、山賊たちの足首に、滑り止めの粘着ロープを巻きつけた。山賊たちは転んだ。


零式の縮小モードが、レオンの肩から飛び降り、ルルの装置で大型化した。二メートルの零式が樹林の中で立ち上がった瞬間、山賊たちは武器を捨てて両手を上げた。


「降参だ、降参するッ!」


「賢い」


アイリスは静かに頷いた。


山賊三人は、街道の次の関所まで連行し、衛兵に引き渡した。これも依頼の範囲内だった。


商隊は無事にメルシェに到着した。


「いやあ、ステラ・レギア、評判通りだった」


商人の代表が、報酬の十二万ルナを払いながら、別途、感謝のチップとして二万ルナを上乗せしてくれた。


「次の街道仕事、また指名してもいいか?」


「ぜひ」


「うちの商会、月一で、メルシェまで荷を運ぶ。固定で、お宅に頼めるかね?」


レオンは、目を丸くした。


「月一の固定?」


「報酬は据え置きで、十二万。安定収入になる」


アイリスがレオンの肩を、軽く叩いた。


「受けないか、レオン」


「受けます。喜んで」


「商会名で言うと、メリオン交易会。覚えておいてくれ」


「ありがとうございます」


帰路、馬車を返却して街に戻りながら、アイリスがぽつりと言った。


「街道仕事は、地味だ。だが、固定収入になる」


「はい」


「Dランク以上のギルドは、こういう『地味で固定の仕事』を、複数抱えている」


「『仕組み』の一部、ですね」


「その通り」


二十日目の夕方、ステラ・レギアに戻ったレオンとアイリスは、メリオン交易会との月一固定契約という、新しい『仕組み』を一つ手に入れていた。


---


迷宮第三層。


ルルとシエラの、二人組での薬草採取。


ルルが工房の外で活動するのは、零式の初実戦以来、二度目だった。今回は戦闘ではなく、純粋な採取と分析。彼女は、いつもより少し落ち着いていた。


「シエラ、ここの苔。葉の形が、教科書と少し違う」


「あ、ほんとだ」


「採取しろ。ルルが、後で、解析する」


「うん!」


シエラは、籠に小さな苔の塊を、丁寧に入れた。第三話で初めて迷宮に入った時の彼女と比べると、手つきは別人のようになっていた。あの臆病さが、もう、ほとんど見えない。


「シエラ」


「うん?」


「お前、最近、強くなった」


「えっ」


ルルがゴーグル越しの瞳で、シエラを見た。


「召喚精度、解析した。先月比で、出力三十パーセント増。命中精度、二十パーセント増。安定性、五十パーセント増」


「そ、そんなに?」


「合理的、な、計測結果。お前、自分でも気づいてないな?」


「う、うん」


シエラはちょっと頬を赤くした。


「なんか、ね、——みんなのおかげかな」


「合理的、には、お前の努力の結果」


「えへへ」


「ただし、努力の動機は、家族への感謝、かもしれん」


「——」


ルルは、ぽくぽくと頷いた。


「合理的、と、情緒的、は、両立する」


「ルル姉ちゃん、最近、上手な事言うようになったね」


「観察の、副産物、だ」


シエラは、ぱあっと笑った。


採取は順調だった。三層の浅いエリアだけだったので、強い魔物には遭遇しなかった。途中で出会った小型のスライム二匹は、シエラの召喚した白狼が一蹴した。


午後、ギルドに戻った時、籠は青々とした薬草で満たされていた。


街の薬師ギルドに納品した時、薬師長が声を上げた。


「これ、品質が、どんどん上がってる」


「合理的な、採取手順を、確立した」


「素晴らしい。今後、毎週、定期的に納品してくれないか? 月四万ルナで」


ルルが、ちょっと驚いた顔をした。


「毎週、ですか」


「シルヴァン草とアザレア苔は、街の薬師にとって、必需品だ。安定供給があれば、こちらも助かる」


「合理的、な、契約。受ける」


「ありがとう」


ルルは、その場で薬師ギルドと固定契約を結んだ。月四万ルナの安定収入。それに加えて、薬師ギルドからは、ルルの錬金術の研究成果を、薬師の現場で試させてもらえるという、もう一つの利点があった。


ルルは、その契約書を抱えて、ギルドへの帰り道、シエラに小さく言った。


「シエラ、ありがとう」


「え?」


「お前と、出かけたから、合理的な、契約が、結べた」


「シエラ、何にもしてないよ?」


「お前と、いると、ルルは、街の人と、話せる」


「——」


「だから、ありがとう」


シエラは、ぱあっと顔を輝かせて、ルルの腕にぎゅっと抱きついた。


「うわ、ルル姉ちゃん、ありがとうって言った! 珍しい!」


「合理的、な、感謝」


「うん、合理的でいいよ! いっぱい言って!」


「いっぱいは、合理的では、ない」


「えー」


二人は笑いながら、坂道を登った。


---


翌日。


街の中心部、古井戸。


ルルが一人で調査依頼に出ていた。


旧市街の、もう何十年も使われていない井戸。住人から「最近、底から変な音がする」と通報があり、組合経由でルルに調査依頼が来た。報酬三万ルナ。


ルルは、零式の縮小モードを肩に乗せ、踏破くん三体を引き連れて、井戸の前に立った。


「観察、開始」


零式の赤い宝石が、ぼうっと光った。井戸の底に向けて、探査の光線を放った。


数秒後、零式の機械音声が報告した。


「井戸底、生体反応、なし。魔道具反応、検出。微弱、古い」


「ふむ、古代の魔道具か」


ルルは、踏破くん一体を、紐に結んで井戸の中に降ろした。踏破くんは小さなランプを持って、底まで降りていった。


底から、踏破くんが何かを抱えて戻ってきた。


それは、緑色の苔に覆われた、小さな石板だった。表面に、何か刻印がある。


ルルはそれを街中の小さな広場に持ち出して、太陽光の下で苔を取り払った。


刻印は、——アスラクス家の紋章に近い、古い文字だった。


ルルはそれを、組合経由でエレーナに見せた。エレーナは、それを見て、ぽつりと言った。


「これは、古い、街の境界石、だ」


「境界、石?」


「街の入口に、昔、置かれていた石、さ。アスラクス家の人間が、街の入り口に、結界を張る、ための、印」


「結界?」


「街を、ある種の、悪い気から、守る、ためのね」


「現代では、機能してないんですか?」


「機能してないどころか、こんな、捨てられた井戸の底に、転がってる、ってことは、——もう、長い間、誰も、使ってない、ってことだ」


エレーナは、ふっと笑った。


「あたしが、引き取って、いいかい?」


「合理的、です」


「組合には、調査結果として、『古代の、装飾石。歴史的価値あり、ただし、現代の魔道具としての価値はなし』、と、報告してくれ。報酬は、組合の規定通り、もらってくれ」


「了解」


ルルは、その通りに報告した。報酬三万ルナを受け取った。


エレーナは、その境界石を、占星台の脇の、小さな祠のような場所に、丁寧に置いた。


夜、占星台で、エレーナがレオンに言った。


「街には、こうして、忘れられた『古いもの』が、まだ、たくさん、眠ってる」


「はい」


「アスラクス家が、千年、関わってきた街、だからね」


「——」


「あたしが、今、ここにいる、意味、——少しずつ、掴めてきた気が、する」


「掴めるように、なってきましたか?」


「ああ、——少年と、出会ってから、な」


エレーナは、にっこり笑った。


---


翌日。


ステラ・レギアに、二人の客が訪ねてきた。


『斜陽の盾』のザッシュ・ドルムと、『虎牙の商隊』のグラント・ヴェルス。


「よう、レオン、邪魔するぞ」


「お久しぶりです」


二人は、応接室に通された。シエラがお茶を運んでくれた。


「実は、相談がある」


ザッシュが切り出した。


「街の南の山岳地帯で、Dランクの調査依頼が出た」


「Dランク」


「『斜陽の盾』と『虎牙の商隊』で受ける予定だったが、人手が、ちょっと足りない」


「なるほど」


「ステラ・レギアに、同行してもらえないか?」


レオンは、しばらく黙っていた。


「Eランクのギルドが、Dランク依頼に同行は、——」


「組合の規定上、Dランクの主催者がいれば、Eランクも同行できる。報酬は、Eランクの相場で支払う」


「合計、いくらですか」


「我々の取り分から、ステラ・レギアに、十万ルナ」


「——」


「無理にとは言わない。ただ、お前らの戦力、零式と踏破くん込みで、こっちは、ぜひ、と、思ってる」


レオンは、アイリスを見た。アイリスは、軽く頷いた。


「受けていいぞ」


「では、受けます」


「助かる」


二人のマスターが、揃って、頭を下げた。


「我々が、Dランク同行の経験を、ちゃんと、お前らに、積ませる」


「ありがとうございます」


「な、レオン」


ザッシュが、ふっと笑った。


「俺ら、お前らに、恩返ししたいんだ。沈み鐘の件、忘れてない」


「——」


「だから、こういう機会があったら、声、かけさせてくれ」


「はい」


レオンは、深く頷いた。


調査は二日後の予定。アイリス、レオン、ルル、零式が出ることになった。


---


二日後。


街の南の、山岳地帯での、Dランク調査同行。


『斜陽の盾』『虎牙の商隊』の精鋭たちと、ステラ・レギアの混成部隊。


調査内容は、山岳地帯の中型魔獣の生息域の確認、という、地味な仕事だった。戦闘よりも、観察と地図作成。アイリスとルルは、それぞれの専門で、貢献した。


アイリスは、地形を見て、危険な場所を即座に指摘した。ザッシュが、彼女の判断に深く頷いた。


「やはり、紅蓮のアイリス、地形の読みは、相変わらず、確かだな」


「『天界の盾』時代の、訓練の名残、だ」


ルルは、零式の索敵で、生体反応の分布を、正確に地図上に記録した。グラントが、その成果に感心した。


「これ、組合に出したら、調査の評価が、相当、上がるぞ」


「合理的、な、データ取得」


調査は、戦闘なしで、無事に完了。


報酬は、ザッシュの言った通り、十万ルナ。さらに、調査結果の精度が高かったため、組合からの追加評価金として、二万ルナが、ステラ・レギアに支払われた。


そして、もう一つ、大きな成果があった。


調査の最終日、ザッシュとグラントが、レオンに、こう告げた。


「レオン、お前のギルドの実績、組合の評価点、確実に、上がってるぞ」


「ザッシュさんから見て、ですか?」


「俺らから見ても、組合の事務官たちから見ても、だ」


「——」


「Dランクへの推薦、もう、いつ来ても、おかしくない、と、思う」


「——」


レオンは、しばらく、黙っていた。


それから、丁寧に頭を下げた。


「ありがとうございます。でも、自分たちのペースで、進みます」


「——お前ら、らしいな」


ザッシュが、苦笑した。


「無理に急がない。それも、立派な、戦略だ」


---


二十六日目の夜。


ステラ・レギアの食卓。


一週間の活動を、レオンは帳簿にまとめていた。


【一週間の収支(概算)】


- コーンモール退治:八万ルナ

- 街道護衛(メリオン交易会):十二万ルナ + チップ二万ルナ

- 迷宮第三層、薬草採取:六万ルナ

- 古井戸調査:三万ルナ

- 山岳地帯Dランク同行:十万ルナ + 評価金二万ルナ


総収入:四十三万ルナ。


これに加えて、メリオン交易会との月一固定契約と、薬師ギルドとの週次薬草納品契約。


「『仕組み』が、二つ増えました」


レオンは、帳簿を閉じて、顔を上げた。


食卓には、いつもの面々。


アイリスは、蜂蜜のかかったパンをちぎりながら、頷いた。


「悪くない一週間だった」


シエラは、手作りの刺繍が入った小さなハンカチを見せながら、ぴょこんと跳ねた。


「シエラ、街道護衛は、行けなかったけど、迷宮で、頑張った!」


ルルは、零式の縮小モードを膝に乗せて、淡々と言った。


「合理的、な、業績の積み上げ。月、四万ルナの、固定収入、確保した」


エレーナは、ワインを傾けながら、にやりと笑った。


「アスラクス家の境界石も、こっちに、回収させてもらった」


レオンは、四人を順番に見た。


それから、ぽつりと、言った。


「みんな、ありがとうございます」


「礼は、いらん」


アイリスが、ぷいっと顔を背けた。


「お前が、毎日、ちゃんと、編成と、収支を、考えてるからだ」


「お兄ちゃん、本当に、お疲れさま!」


「ルルの、合理的な、判断も、貢献している」


「あたしの、占いも、地味に、役立った、はずさ」


エレーナが、ワインを掲げた。


「ステラ・レギアの、Eランク、二週目に」


「Eランク、二週目に」


四人の声が、重なった。


ガラスの音が、食堂に響いた。


---


夜遅く。


レオンは、自分の部屋で、帳簿を開いていた。


机の脇に、新しいノートを置いた。表紙に『ステラ・レギア:仕組みと進捗』と書いた。


ノートの最初のページに、四つの欄を作った。


【固定収入】


- メリオン交易会、月一護衛:十二万ルナ

- 薬師ギルド、週次薬草納品:月四万ルナ

- 計:月十六万ルナ


【固定支出】


- 食費、月四万ルナ

- 修繕費、月二万ルナ

- 計:月六万ルナ


【月次余剰(計算上)】


- 約十万ルナ + 単発依頼の収入


【友好ギルド】


- 『斜陽の盾』

- 『虎牙の商隊』


【街の常連、関係者】


- ガロン爺さん(職人組合)

- マルディン老婦人(刺繍の店)

- 乾物屋のおばさん

- 各種、市場の常連


シンプルな、一覧だった。


けれど、それが、ステラ・レギアの、現在の『仕組み』だった。


一月前、レオンは、ボロボロの古城に、借金三十万ルナと、一人で取り残された。


今、彼の手元には、毎月、確実に増えていく『仕組み』が、形を持ち始めていた。


レオンは、ノートを閉じた。


胸元の三つの形見を取り出した。


『約束の少女』のお守り。『天界の盾』の紋章。『ヴェスパー』の布切れ。


それから、心の中の、もう一つ。


シエラの母の『家族の星』の図案。


「一歩、ずつ、だ」


ぽつりと、呟いた。


窓の外で、スターフォール・アビスの青白い光が夜空に輝いていた。


その底に眠る、『再会の祭壇』までは、まだ、遠い。


けれど、今、ステラ・レギアは、確かに進んでいる。


地味に。地道に。けれど、確実に。


レオンは、ベッドに横になった。


ステラ・レギアの積み重ね。


それが、彼の今夜の、静かな、満足だった。


---


第十四話 了

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