第14話 何もしてない話をしただけ
「しーーっ。音立てたらあかんで」
僕の体にピタッと体を密着させたナオトは、微動だにせず、部屋外の音に聞き耳を立てる。
誰かが部屋の外をコツコツと歩く音がしたが、やがて音は遠ざかり、またシンと静まり返る。
「ナオトさん…もう行った…」
「しっ。まだ分からへん。静かにしとき」
ナオトは小さく首を振ったあと、ドアに耳をつけて外の様子を伺う。
「…確かに行った感はあるけど、も少しこの中にいたいわあ。ハルちんと2人きりになれるなんて、滅多にないから嬉しいし」
「ナオトさん…そんなこと言って、楽しんでる場合じゃないです。今はまだ、他のグループがパフォーマンス中ですし、フロアに戻って一緒に見ましょう」
「ただ見てるだけなの、つまらんし、いやや。こんなことに時間さかなあかんくらいなら、家帰って寝たいくらいやわ。最近、睡眠不足やし」
「直近にライブもありましたし、お疲れなのはよく分かりますが、ですが今日の音楽祭で大賞を取れれば、U-4の活躍の場がもっと広がりますし、ここはグッと堪えて一緒に音楽祭を楽しみましょうよ。ほら、フロアでの態度とかも、もしかしたら賞に加点されるかもしれませんし」
「そうやとしても、今さらもう無駄だよ」
ナオトは腕を組み小さくため息をつくと、僕から少し離れて、部屋の反対の壁に寄りかかる。
ナオトの冴えない顔色を見て、僕は心配になる。
「…え…?なんで無駄なんて…」
「さっきナオトといた彼、U-4のステージでのパフォーマンスが終わった後、小声で何て言ってたか知ってる?大賞取れないのに、よく頑張るなあ言うてたんやで」
「…え…!?い、いや、大賞取れるかどうかなんて、まだ分からないじゃないですか!なんであの男性は、そんなことを言ったんだろう…」
(そもそも、ゲームでは大賞を取るのはU-4のはずなのに…なんだ…この嫌な感じは…)
胸騒ぎがする僕は相当な顔をしていたんだろう、ナオトがプッと吹いて笑い出した。
「ハルト、そんな眉間のシワ5本くらい入れてる人初めて見た。あははっ、やめてよ」
「えっ…あ、いや、そうですか、すみません…」
「ふはっ、なんか少し気持ちほぐれたわ。まあ、あんな変なこと言うやつ放っておいてもいいんやろうけど、グループのことを考えたら気になっちゃってさぁ〜。それに彼、なんかナオトみたいな、こっち系も受け入れてくれそうな感じだったから、ちょっとこの部屋に連れ込んで話をしたってわけ」
「えっ、系統とか、そういうのって分かるものなんですか」
「まあね〜。この業界にはそういう人多いから、なんとなく直感で分かるようになっちゃったんだよねぇ〜」
「なるほど。あの、それで連れ込んで…話をしただけ…です、よね…?」
訝しげにナオトを見ると、ナオトは不敵な笑みを浮かべて、僕の顔の数センチ先に顔を近付ける。
「なぁ〜に〜?ハルちん、そんなこと気になるの〜ぉ?」
「気になるっていうか…!えっ…と!た、ただ世話係として知っておかなきゃって…!」
「ふぅ〜ん。そっかぁ〜…。そしたらぁ、…さっきの彼に何したか、ハルちんに今ここで教えてあげるよ」
「——へっ!?だ、だって、話をしただけじゃ…!」
ナオトは笑みを浮かべたまま、動揺する僕の首筋を撫でるように触れ、唇を僕の唇へと近づけてくる。
「ナ……!」
僕は激しい動揺で頭の中も身体もフリーズし、言葉が出てこなくなる。ナオトの綺麗な整った顔にじっと見つめられながら、ゆっくりと近付くナオトの唇は、あと数ミリで僕の唇に触れる。
「———ふ〜うっ」
「ひっ、ひゃへっ!?」
唇に息を吹きかけられ、僕は驚いて何回も瞬きをする。
「あははははっ!なに、その反応〜!ハルちん、面白すぎ〜!!」
「お、面白…!?ナ、ナオトさんこそ、何するんですか!」
「ごめんごめん〜、なんかナオトのキス受け入れようとしてるの見てたら、面白くなっちゃってぇ〜」
「受け入れるつもりだったわけじゃないですよ!ただ、何が起こってるのか驚いてしまったら、動けなくなって…」
「…ふふっ、ハルちんは純粋だなぁ〜」
そう言うと、ナオトは部屋のドアを開けて一歩外へ出る。
「ほら、早く出るよ、ハルちん」
「あ…は、はい…!」
僕の方を振り返って微笑むナオトに、なぜかドキドキと鼓動が早くなる僕だったが、慌ててナオトに続いて外に出て扉を閉めた。
「あのさ、ハルちん」
「はい?」
「一応、間違いがないよう言っておくんだけど、ナオトさ、さっきの彼に何もしてないよ。U-4のことを悪く言ったりしないで欲しいって、ちょっと話をしただけ。まぁ、別れ際にハルちんが見た通り、頬にちょっとチュッてしちゃったけど?ま〜あれは、なんていうかぁ…釘刺し?的な。だから、彼とは本当何もしてないから。信じて」
「分かりました。話してくれて、ありがとうございます。僕は、ナオトさんのことを信じます。ナオトさんがU-4のことを真剣に考えていることを、僕は分かっていますから」
実際、ゲームの中では、ナオトがU-4のことを熱く語るシーンが幾つかあったのだ。
「ありがと、ハルちん」
そう言って笑うナオトの笑顔はどこか儚く、でも美しく、僕は思わずぼーっと見惚れてしまう。
「ちょっと、ハルちん、じーっと見ないで〜。照れるじゃ〜ん。ほら、早く〜ぅ、メンバーのいるフロアに戻ろ〜?」
「あっ…そうですよね!行きましょう!」
ナオトと並んで歩く僕は、ナオトの美しさに気を取られ過ぎて気が付いていなかった。近くに僕らの様子を見ていた人影の存在に。




