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16,手を伸ばしたその先に

 




「とても素敵で、賑やかだったわね」

「まあ、兄らしい式だったな」


 厳かに行われるはずだった王位継承式においてひと騒動起こり……最終的には祝福の拍手で終わったのではあるが。それを最後まで見届け終えたヴィーセルとノエルは、用意された部屋に入るなり顔を見合わせ、笑みを零した。

 ヴィーセルがノエルを椅子へ誘導して座らせれば、危険だからと式典に出席できずにこの部屋でずっと拗ねていた尾が長い、青い小鳥が勢いよくノエルの肩へと飛んできた。


「ごめんなさいね、寂しかったでしょう」


 それを肯定するかのように、青い鳥はノエルの頬に自分の頬を合わせて、チチ、と鳴いた。

 座ったことで足の痛みが和らぎ、ノエルは小さく息を吐いて表情を緩ませる。


「痛むか?」

「それほどでも。それよりも、緊張と驚きの方が強かったわ」


 無理をさせたかと心配そうに伺うヴィーセルに、首を軽く振ってノエルは微笑んだ。


「ビンセンス様の王位継承式典のはずが、新国王ご一家のお披露目にもなったのですもの」

「王位就任の宣誓につなげて一度も見たこともない「妻と息子」の紹介は両親も神官も唖然としていたな。驚き過ぎて誰も文句が言えなかった」

「神からの祝福の言葉が降りたのだから、異論などあるはずがないわ」


 神殿より王位譲渡の時期になったと神の告知が伝えられたのは一年ほど前のことだった。国王の条件を持っていたヴィーセルだが、半年ほど前に銀髪という特徴はそのままに、瞳が赤から赤紫へと変化していた。そして今日、王の証明である輝く銀髪と宝石のような赤い目という特徴的な容貌を水の国で唯一保っていたのはビンセンスだけだった。

 第一王子という立場もあり、ビンセンスに持ち込まれる縁談は両手でも足りないくらいだった。そのすべてを笑顔で断って来ていたビンセンス。その理由が彼には既に愛する人がいた、ということが今日の王位継承式でわかってしまった。どれだけ二人が愛しあっていたのか、けれどどれだけ身分違いと彼女が否定しきたのかということも。


「それに今日は久しぶりにロザリーに会えて嬉しかったわ。逗留地で過ごすようになって会うことがなかったから」


 確かに、とヴィーセルが頷く。


「俺達が結婚してからは互いに忙しく会うことがなかったな。それに遠い、火の国境の地に赴任してもう二年も経つ」

「そうね。見ないうちに子供たちが大きくなったと、ロザリーが驚いていたわ」


 ノエルは目を細めた。

 ヴィーセルとノエルと結婚したのは三年前だ。そして東の地に赴任して治安を守る仕事に就いたのが二年前。


「『あれ』からもう六年も経つのね」


 『アイリス』から『ノエル』に戻って六年。

 サプスフォード家により消された『アイリス』は、ロザリンドやその家族に助けられた際に腰まで伸びていた髪を切った。死んだこととされて匿われている間、サプスフォード家の者たちに見つからないようにと印象を変えるためだからと説明を受ければ、髪を切ることに躊躇など感じることはなかった。アナフガル夫妻の治療で体内の毒が抜け、程なくして失くしていた『ノエル』の記憶が戻った。薬草園の手伝いをしながら療養していたノエルは当然のようにヴィーセルとは二度と会うことはないと思っていた。当然のように信じていた。

 だからヴィーセルと薬草園で再会した時、ノエルは幻だと思った。自分が常日頃彼のことを考え、思ってしまっているから、ついに陽の下でさえ幻覚を見るようになってしまったのだと。

 しかし『幻覚』が自分に触れた。掌の温かさを感じた。耳に馴染んだ声で『ノエル』と名を呼ばれた。その時にようやくノエルは彼が『幻覚』ではないことを悟ったのだ。動揺し、動揺しすぎてノエルは再会直後のことをあまりよく覚えていない。ただ、ヴィーセルが謝罪していたことは覚えている。知らなかったとはいえ、ノエルに毒を盛っていたことや冷たかった己の態度をひたすら『すまなかった』という言葉を入れながら幾度も謝っていた。

 彼の腕に抱き寄せられ、彼の鼓動を感じる頃にはノエルも頭が冷えていた。アイリスの名を騙ってヴィーセルの傍にいた自分の方が悪いはずだと。だからノエルは謝り続けるヴィーセルに謝罪は不要と返した。それでもなお彼は謝罪を繰り返したのだけれど。

 その後も彼は身を寄せていた薬草園に毎日足を運んだ。

 ヴィーセルは許しが欲しいのだとノエルが気付いたのは短かった髪が肩に届くころで、両親と再会し家族で生きていたことの喜びを分かち合い、天上の国へ戻る算段を採っていた時だ。

 許しを示せば満足する。満足すればノエルの元に来ることはなくなる。ヴィーセルとは今度こそ二度と会うことはないと思っていた。

 しかし許しの言葉を述べた後もヴィーセルは毎日ノエルの元に通った。天上の国に戻る直前まで、ノエルともに天上の国へ赴こうともした。

 「身分違い」という言葉で拒絶を繰り返して、アンドレイにヴィーセルを抑えてもらって家族と天上の国に戻った。天上の国で離れていた時間を埋めるべく家族と共に穏やかに過ごしていたノエルだったが、ふとした瞬間に幾度も脳裏に浮かぶヴィーセルの姿。ヴィーセルのことを忘れようと努力したのだが、その努力は報われそうになかった。

 ならば。ヴィーセルとのことを忘れることができないのなら、思い出にしよう。そう決めたノエルだったが、ある日父より


「水の国へ留学しないか。私は留学で見聞を深めた。お前にも良い経験となるはずだ」


 留学の話を切り出された。


「前とは違って今度はお前がどこにいるのかを知っているし、今度は、留学の間は私達がお前の元にいる」


 だから行こう、と言われた。鳥使いの一族が居を構える野山で暮らすにはノエルの足では厳しいこともあっての留学の話だとノエルは母から聞いた。家族と離れていた期間の穴を埋めることができるなら、家族と過ごす時間が保障されているのであれば、ノエルに留学を断ることはできなかった。その留学先が水の国であろうとも。

 こうしてノエル一家は水の国に来国したわけだが、ロメイ家の客人として迎い入れられた。客人歓迎の場にはロザリンドの姿もあった。誰もがノエルのことを案じ、ノエルのために動いていたようだった。

 ただ、ノエルの留学のことをヴィーセルだけは知らなかったようで、学園で再会した際にはこれ以上の驚きはない、と言わんばかりの顔をしていた。ノエルは彼よりも一つ上。一学年上であるので学園でヴィーセルと同じ教室になるはずはなく、接点もない。それなのに以前と同じように彼はノエルの所へ通い詰めた。

 ヴィーセルが心からノエルの脚を気遣い、手を差し出す。ノエルがその手を取ることはなく「身分違い」と首を振ること半年。


「せめて友達になってはもらえないか」


 ヴィーセルの親しい人達から困り顔で言われるようになった。周囲はノエルが『アイリス』ということは知らない。なぜヴィーセルがノエルに構うのかを不思議に思っている。ヴィーセルの友人達も同様で、ヴィーセルがノエルに固執する理由がわからないでいる。しかし、ヴィーセルがノエルとの仲を深めたいと思っていることはわかる。友人としてできることはとなればノエルに口添えするくらいだからと何度も「友人に」と言われて、ようやくノエルは渋々と頷いた。それでも譲れない思いはあった。


「殿下のお手を取ることはできません」


 一度手を取ってしまえば。今度こそヴィーセルを思い切ることができないから、それだけはできないとノエルは思っていたのだ。

 そんなノエルの条件を聞いても、


「友達になってもらえるのならそれで構わない」


 とヴィーセルの友人は安心したように笑った。

 とはいえ、いつまでたってもノエルが自分の手に手を重ねないことをヴィーセルは不満に思ったようだったけれど、その思いは目に含ませただけで一度も口にはしなかった。








 ノエルに信用してもらうには時間がかかると理解していたヴィーセルだが、その努力を怠る気は毛頭なかった。しかし、ノエルとの仲を深めようとするヴィーセルにとってなによりも強敵だったのはノエルの肩にいる青い鳥だった。ヴィーセルがノエルに近寄れば毎回威嚇し、触れそうになれば嘴で容赦なく突く。それを繰り返されてもヴィーセルはノエルの傍から離れるつもりなどなかったけれど。

 とにかく事ある毎にヴィーセルを完全拒絶するのはノエルではなく肩にいる相棒の青い鳥だった。

 友達にはなったが相棒の許可がなければ、付き合いを深めることはできないと言われて三年。今でこそノエルと強い縁を繋いでいるが、ヴィーセルがノエルと結婚まで持ち込めたのは己の力だけではないことを残念に思っている。


「ロザリーがいなければ、今こうして君と一緒にいることはなかったな」

「そう、ですね」


 互いに思いを寄せ合っているのに一向に進まないヴィーセルとノエルの仲。それに痺れをきたしたのが、ノエルの親友と自負するロザリンドだった。

 ある日、ロザリンドはドラコちゃんと共にふらりと二人の元に遊びに来て、一人と一匹は青い鳥と長々と言葉を交わし、沈黙が訪れ、青い鳥がひと鳴きした。


「フィーちゃん、お二人の結婚、認めるそうですよ!」


 満面の笑みでロザリンドがそう告げた時、


「嘘だ!」


 喜ぶべき報告に対してヴィーセルは否定の言葉を反射的に叫んでいた。そして数分前まであれだけ敵意をむき出しにしていたのに、認めるはずがないだろうと続けた。

 しかし、ヴィーセルが青い鳥と、目を合わせた瞬間


『シカタナイカラ、ミトメテアゲル』


 耳からではなく脳に直接そんな言葉が聞こえてロザリンドの言ったことが本当であることがわかった。しかし、そう簡単にあれだけあった敵対心を捨てるはずがない。


「どうやってあの鳥を説得させたんだ?」

「ノエルさんの子供、見たくないの? って聞いたんです」


 詳細がわからず眉根を寄せるヴィーセルにロザリンドは自身の導いた結果に満足して笑顔満開だ。


「フィーちゃんにノエルさんは結婚適齢期だよという話をしましてね。で、どうやらノエルさんはヴィーセル様以外の方に嫁ぐつもりはないって言いましてですね。で、ノエルさんの子供を見たいのなら、今しかない。どうする? 見たいか見たくないか、って聞いたわけですよ」


 それでも相当悩んで、でもノエルさんの赤ちゃんみたいよねって話をドラコちゃんと一緒に何度も言っての、渋々の了承なのですよ、と付け加えられた。つまり、青い鳥は「ノエルの赤ちゃん」が見たいからヴィーセルとの結婚を許したのであって、ヴィーセルを認めたわけではない、ということだ。

 それは子宝に恵まれた今も進行中だ


「ロザリーも幸せになればいいが」

「大丈夫ですよ。だって、ロザリーですもの」


 ロザリンドの強さ、強かさ。生半可ではないことを二人は知っている。それはノエルの肩にいる青い鳥も知るところだ。

 ノエルが青い鳥に指を伸ばす。チチ、と指に嘴を寄せるが、ヴィーセルが近寄れば視線を真っ直ぐに向けて威嚇する。


「いい加減、仲良くなりたいんだが」

「この子が私たちの結婚を許してくれたのはロザリーが説得してくれたから、それに尽きますものね」 

「全く、どうしたものやら」

「そこはとにかくあなたに頑張っていただくところです」


 ね、とノエルは肩にいる鳥に微笑んだ。


「なあ、ノエル」


 ヴィーセルはノエルの右手を自分の掌に乗せて名を呼び、赤紫の瞳を正面から向けた。


「俺はこの手を伸ばせば必ずしもお前に届くと限らない、ということを学んだ」

「それは、私も知っています」


 幼い頃の、助けを求めた手と助けようとした手。それが届くことがなかったのだから。

 そしてノエルは何年にも渡ってその手を拒絶していたのだから。


「こうして君の手に触れることができることを、今なお当たり前と思うことができない」

「ヴィーセル……」

「だから、君の手を取ることができるのがいつも嬉しい。これからも君の手を取れるように、常に努力をするつもりだ」

「私あなたの手、大好きよ。あの時、確かに私たちの手は届かなかったけれど、助けようと差し出してくれたことは嬉しく思っているわ。それに、私がノエルに戻った後は拒絶を繰り返していたのにも関わらず私に何度も手を差し出してくれた。私はそれを戸惑いながらも嬉しく思っていたの。今もこうして私の手を取ってくれているでしょう」


 触れ合う手を、ノエルは優しく握る。


「それは俺がそうしたいから」

「私も、そうしてくれることが嬉しいです。私の足を気遣ってくれていることもあるでしょうけれど、掌からあなたの温かさと思いを感じることができて、嬉しいです」

「……何年も何十年後もこうしている俺達を見て、子供たちには呆れられるかな」

「まあ、そんなことあるはずがないでしょう。ただ私達の仲が良い、と思うだけだわ」


 そうして今日も、明日も、明後日も。

 ヴィーセルはノエルに手を差し出し、ノエルはその手を取り、微笑み合う。






 手を伸ばした先には



 愛する人








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