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第九話:誇れる母娘

「お母さん、どうしてここに……」


繋いでいた栞の手が緊張で固まる。

栞の母は、意志の強そうな目をしていた。

顔立ちも栞によく似ている。身長は栞より少し高いだろうか。


「どうしてではありません。最近帰りが遅いと聞いていましたが、その男は何?」

「この方は……」

「神崎さんのお母様ですか、僕は日野悠一と申します」


悠一はにこやかにほほ笑むと、栞の母は少したじろいだ。


「そう言うことを聞いているのではありません」


母は栞の手を掴む。


「栞、帰りますよ」


母が手を引くが栞は動こうとはしなかった。


「栞?」

「勉強を教わっていたんです」

「勉強?家で専属をつけているでしょう?」

「あの人は、私をみていません」

「……見ていないって……何を」


すっと、悠一が手を上げる。


「あの、ここで立ち話もなんですから、お茶を飲みながら落ち着いて話しませんか?」


カランコロンカランコロンと、月並亭の扉を開ける。


「……わかりました全部話してもらいますからね」


「いらっしゃ……おや、おかえりなさい」

「マスター、僕と栞にはいつものをお願いします」

「かしこまりました、そちらのお客様は何になさいますか?」

「……栞と同じものを」

「かしこまりました」


テーブル席に着く。

悠一と栞が並んで座り、対面に栞の母が座る。


栞にミルクココア、悠一にブレンドが運ばれる。

そして当然、母親に運ばれるのも栞と同じものが運ばれてくる。


「ミルクココア?」

「娘さんと同じものを頼んでましたよね?」

「でも、娘は家だといつも紅茶を……」


その言葉を聞いて、栞が顔を伏せる。

栞の背中を撫でて慰める。


「……そんな事より、話を聞かせてもらうと言ったはずよ」

「では改めて自己紹介を、僕は日野悠一、東都大教育学部の二年生です」

「……栞の母、神崎美咲です。それであなた達の関係は?」


栞が顔を上げる。


「悠一さんは私の彼氏です。お付き合いをしています」

「まぁ、仮ですが」

「今、言います!?」


悠一の合いの手に栞が叫びかける。

美咲はあっけにとられていた。


「栞、今だからこそだ、きちんと話した方がいい」

「きちんと話すって……まさか」

「そう、『全部』だ」

「ちょっと待ちなさい」


悠一と栞だけで進む会話に美咲が割り込んだ。


「付き合ってる?仮?どういうことなの、『全部』ってなに、説明なさい」

「そうですね、僕らの出会いをお話ししましょう。約一ヵ月ほど前です」

「一ヵ月……」

「美咲さんあてに『デパートの番号』と、その後すぐ『栞の携帯』から着信があったと思いますけど、あなたはその時何をしていましたか?」


美咲が携帯を確認し、その後手帳を確認する。


「ピアノのレッスンをしていた時間だわ」

「その後、店に折り返しもいただいてませんよね?栞に折り返しは?」

「……していないわ、知らない番号は基本無視しているの。

栞の電話は家に帰ってから聞けば事足りるでしょう?

あなたは知らないでしょうけど、栞は優秀で手のかからない子なの」


美咲の言葉に、栞の手に力がこもる。

テーブル下で繋いだ手が痛いくらいだ。


「聖羅女学園の生徒会副会長で成績学年一位、音楽でも賞をとっていると聞いています」

「……」


通り一遍は悠一だって把握している。


「お母さんについても栞から聞いた事がありますよ。

聖羅女学園の卒業生。音楽で賞を取ったことをきっかけに音大へ進学。

その後はピアニストになったそうですね?

結婚を機に引退なさってピアノの講師をなさっているとか」

「……その通りよ」


「さて、話が戻りました。

ピアノ講師としてレッスン中で電話に出ていただけなかった」

「……」

「あの電話の内容ですが、『栞さんが万引きしたので捕まえました』と言うご連絡だったんです」

「……は?」


美咲の開いた口がふさがらなかった。


「……もう一度言いましょうか?」

「いえ、まって……まって下さい、お願い……」


美咲の手が震えていた。

美咲の視線が栞に注がれる。


「……栞。本当に万引きを?」

「……はい」

「どうしてそんなことを……」

「それは……」


栞が悠一を見る。

悠一は何も言わず、ただ小さくうなずいた。


「私……気付いてほしかった」

「気付く……?」


「家にいても誰も私を見てくれなかった」

「誰もって、私はあなたを見て……」


美咲の言葉が詰まる。


「……盗んだ私が捕まれば、お母さんが私を見てくれると思った」

「し、栞……」

「それでも、私を見てくれなかった」

「……でも、盗みだなんて……」


美咲の手が、冷め始めたミルクココアを握りながら、かすかにふるえていた。


「……そんな理由で?」


美咲がつぶやいた。


「そんなことで、親の気を引こうとしたの?」

「……はい」


栞が、自分の手をさする。

ブレスレットに手が触れ、すがるように握りしめる。


「……お母さん。そこなんですよ」


悠一が話に割り込んだ。


「……何が?」

「栞さんは、ずっと『そんなこと』で苦しんでいたんです」


美咲が、はっと息をのむ。


「優秀だから大丈夫、良い子だから大丈夫、見てない所でもきちんとやれている」


悠一が言葉を並べ、美咲が悠一を見る。


「だ、だって……娘は優秀で」

「栞が優秀だから大丈夫、と言うのは信頼としてもあまりにも無責任です。

任せると放置はやっていることは似ていても、実態は大きく違いますからね」

「……それは」

「だから、栞は誰にも相談できずに、極端な行動に出てしまった……

あなたが『そんなこと』と切り捨てていたことも、その一因だったんです」

「でも、だからって見ず知らずのあなたに……」

「お母さん」


ポタリ


栞の目から涙がこぼれテーブルを濡らす。


「悠一さんは私を捕まえた後、怒りませんでした、お説教もしませんでした。

ただ、きちんと話を聞いてくれました。だから私は、悠一さんを頼ったんです……

私には、悠一さんしか頼れる人がいなかったんです」

「栞……私は、あなたを……」


美咲は、涙を流す栞を見つめたまま、言葉を失っていた。

これまでとは明らかに違う動揺が、その顔に浮かんでいる。

潤んだ瞳で、栞をみつめる。


「栞、ごめんなさい、あなたがそんなに悩んでいる事に気づいてあげられなくて……」

「お母さん……」


美咲が意を決したようにきりりと口を引き結び、栞をみる。


「日野さん……ぶしつけなお願いですが、どうか、これからも私に代わり栞を見て、支えてあげてはくれませんか?」

「お断り申し上げます」

「え?」

「え?」


笑顔で即断した悠一に、母娘がそろって悠一を見る。


「ふふ、その顔そっくりですね、流石親子だ」

「あ、あの……悠一さん断るって?」


悠一が栞の口に人差し指を当て、美咲に向き直る。


「さて……お母さんは、盗みを犯した栞を見捨てるおつもりですか?」

「見捨てる?……馬鹿にしないで!どこの世界に娘を見捨てる親がいるものですか!」


ガタンと立ち上がりながら美咲が悲鳴にも似た声を上げる。

それを聞いた悠一は悠々と座りながら口角を上げる。


「なら良かった」

「え?」

「だったらこれから、きちんと栞を見てあげて下さい。お母さんも」

「あなた……」

「『私に代わり栞を見て』ではなく『私と一緒に栞を見て』と言うお願いだったら、喜んでお引き受けいたします」

「あ……」


美咲は、自分が言った事に気が付いたようだった。

一人に任せるのではなく、皆で見守れるならその方がいいに決まっている。


「ふふ、あなたの言うとおりだわ」


美咲の顔に笑みが戻る。


「どうか『私と一緒にこれからも栞を見て』いただけるかしら?」

「はい、喜んで」


悠一が笑顔で答える。


「変わった人ね。あなたはとても」

「お母さん、一つ間違えてます」

「間違い?」

「悠一さんは『変わった人』じゃないです」


栞がどこか得意げに笑みを浮かべた。


「『ズルい大人』なんです」


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