第十話:いつもになる日々
「おはよう、栞。よく眠れた?」
「うん、お母さん」
美咲はすでに食卓に着いていた、その対面に栞が座る。
月並亭で美咲と話をして以来、朝ごはんをよく一緒に取るようになった。
「……あの人は?」
「お父さんはもう出かけたわ、朝から会議なんですって」
「ふうん……」
沈黙が訪れる、お手伝いさんが食事を運んでくれる。
栞と美咲の前にそれぞれ朝食が配膳される。
「いただきます」
「……いただきます」
「あの……ごめんね、お母さん料理だけはできなくて」
「いいよ、一緒に食べてくれるだけでうれしい」
栞が美咲に笑みを見せる。
美咲は少しだけ安心したように胸を撫で下ろした。
「あなた、今日の学校は何時って言ってたっけ?」
「十六時だけど……ほんとにいいの?」
「いいのよ、たまには親子で買い物しましょう」
「……うん、じゃあ、ショッピングモールで待ち合せね」
母の見送りで家を出るのも何度目だろう。
最初こそ気恥ずかしい思いだったが、慣れる……とも違う。
言葉にできない感覚があった。
学校でも、友人たちとの関係も気安さが増していく。
「しおりん、また勉強おしえて~」
「写すだけじゃだめですからね?」
「栞ちゃん、日野さんみたいな言い方するね?」
「そ、そんなことは」
「でも、しおりん最近よく笑うから、私はいまのしおりんが好き」
「それ思う、前が悪いってんじゃなくて、前もいいけど今がもっといい感じ」
「うふふ、なんですかそれ?」
たわいない日常。
足りない何かが埋まっていく。
知らなかった日々が、『いつも』になる感覚があった。
「栞~、ここよ」
「お母さん!ごめん、お待たせ」
「大丈夫よ、私もさっき来たばかりだから」
栞がショッピングモールの待ち合わせ場所で、美咲と合流する。
ピロロロ……
美咲の携帯が鳴り、美咲が電話を取る。
「もしもし、えぇ、そうなの?今日は無理よ、娘とデートなの。
うん、それじゃ、そうしておいてお願い、細かい話は明日。お疲れ様」
電話を切ると美咲と目が合う。
「……お母さん、いいの?」
「いいのよ、今日は貴方との時間を作るって決めたんだから」
美咲は、少し困ったような笑顔でほほ笑んだ。
「以前なら、私はきっと『急な予定が入ったからごめんね』なんて言って、あなたを置いて仕事に戻ったんでしょうけど……今はそんな気になれないの、あなたを見たいと思うから」
「お母さん……」
「不思議な気持ちよ。これが本来の当たり前だったんでしょうけど……」
美咲はそう言って、栞を見る。
「……今まで、当たり前すぎて気づかなかったのね」
「……」
栞は返事をしなかった。
けれど、嫌な気持ちはしなかった。
むしろ――嬉しかった。
「じゃあ、お母さん。今日はどこから行く?」
「そうね。栞の好きなところからでいいわよ」
「……私の好きなところ?」
「ええ。今日はあなたのための日でしょう?」
そう言って、美咲が笑う。
栞も、つられるように笑った。
「服を見たいの」
「服?」
「悠一さんに可愛いって思ってほしくて」
「日野君ね……あなたが今こうしているのも、あの子のおかげなのよね」
栞の頬が赤く染まる。
顔が熱い、誰かによく思ってほしい服なんて誰にも相談した事は無かった。
「これどうかな?」
「あら、あなたこういう系も興味あったの?」
「うん、でも家だとこういう服はあまり……」
「家だと、私が選んだ服を着てくれていたわよね?ほんとは好みにあわなかったのかしら?」
「そんな事は無いよ、あれはあれで好きなんだけど……お母さんは、どうやって私の服を選んでたの?」
美咲は少しはっとした様子で、言葉をえらぶように、口を開けては閉じを繰り返した。
「栞に似合う服を……と思っていたつもりだったけれど、基準は、聖羅女学園の生徒が着るにふさわしい私服……だったわね」
「やっぱり……清楚系が多かったのは気のせいじゃなかったのね」
「ごめんね、だから、あなたの好きを今日は教えて?」
「……謝らないで、今日は私の好きを覚えてもらうから」
栞が美咲を伴い、ティーン向けの服売り場に入っていく。
「これ可愛い、着てみてもいい?」
「もちろん。私も見たいわ」
「……うん」
試着室で着替える。
「どうかな?」
「良いと思うわ、とっても可愛い」
「……そう言えば、悠一さんの好みの服ってなんだろう?
いつも、似合ってるとか、可愛いって言ってくれるんだよね……」
「あら、そうなの? だったら直接聞いたほうが早いんじゃない?」
「そうする、今度、悠一さんに聞いて――」
「――おい、楓!一人で先に行くな!」
聞きなれた声がした。
声の方を向けば、悠一の姿があった。
女の人と一緒に。
「ごめんごめん、可愛い服が私を待っているからさ」
「なんじゃそりゃ……」
栞の胸が、きゅっと締まった。
――悠一が、女の人と、一緒にいる。
身長は自分と同じくらい。
年齢も近そうだ。
着こなしも可愛らしい。
悠一と話している。
それも、ずいぶん気安い感じの話し方。
「……あれ、日野君よね?」
「うん……悠一さん……なんで」
「悠一さん、今日はなんて?」
「お母さんと買い物って言ったら、楽しんでおいでって」
「……」
見てはいけないものを見ているような気がするのに、目が悠一から離せなかった。
「いやぁ、ほんと助かったよ、浩二兄ぃがいないから荷物を誰に持ってもらおうかと」
「荷物持ちでほいほい俺を呼ぶなよ……たまたま用が無かったから良いけど……ん?」
悠一の顔がこちらを見る。栞と視線が絡み合う。
「栞、ここに来てたのか」
「ん?誰?知り合い?」
隣の女の人が怪訝な顔を向けてくる。
「栞は、俺の彼女だよ、一応だけど。お隣が栞のお母さん」
「はぁ!?彼女!?」
女の子が駆け足で目の前までやってきて、栞と美咲をじろじろと見まわす。
「うーわ美人……スタイルも良いし、肌も綺麗!」
「え、あの、ちょっと?」
「こっちが、お母さん?え、お姉さんじゃなくて?美肌過ぎない?噓でしょ」
「え、あの?」
「親子のリアクション一緒なのおもろいな」
「お母さんも、スタイルもえぐいし。服のセンスも大人の着こなしを感じるわ」
「あの、ゆ、悠一さん、面白がってないで止めてください!」
栞が、助けを求めて悠一を見る。
苦笑いしながら、悠一が近づいてくる。
「あぁ、ごめんごめん、はいストップ。」
女の子の頭に手を乗せ、動きを止める。
「紹介するよ、俺の妹の楓。天野井中の二年」
「あっ、日野楓です!兄がいつもお世話になってます!」
楓がぺこりと頭を下げる。
「こいつは、ファッションと美人に目が無くてなぁ、美人を見るとすぐに似合うコーデを考えて着させようとする悪癖持ちだ」
頭を上げたら、楓が怒った顔で悠一を睨む。
「悠一兄ぃ?だれが悪癖もちだって?」
「言葉通りだろ、二人がビビってんじゃねぇか……」
「む、それは、二人が美人なのが悪い」
「び、美人だなんて……」
面と向かって女の子に美人と言われると、悠一に言われるのとはまた違ったむずがゆさがある。
「あー、栞さんのコーディネートしたい!ねぇ、今度一緒にお買い物行こ!」
「え、え、あの……」
「こら楓、あまり無茶を言うな、誰がその服を買うと思ってるんだ」
「むぅ……、じゃ家に遊び来て、私の服でコーデするから」
「なんでそうなる……」
楓の提案に悠一が頭を抱えている。
「……お家に」
「へ?」
悠一が間抜けな声を出した。
「行ってみたいです、悠一さんのお家」




