第十一話:ごくごく普通
ピンポーン。
土曜日の午後、天野井市の住宅街にある一軒家の呼び鈴を鳴らす。
玄関が開き、悠一が顔を出した。
「栞、いらっしゃい、楓が手ぐすね引いて待ってるよ」
「手ぐすね……お、お邪魔します」
およそ、お宅訪問に似合わない言葉を聞き、緊張しながら栞が玄関をくぐる。
清潔にされているが、歴史と生活感を感じる家だ。
「栞さぁぁん!」
ドタドタと音を立てながら楓が二階から降りて来た。
余りのギャップに緊張が吹き飛んだ。
「確保ぉ!悠一兄ぃは、お茶入れてきて!」
「へいへい……」
「栞さんはこっち!」
「え、あの、ちょ、楓ちゃん!?」
楓の一声で、悠一は台所に消えていき。
栞は、楓に引きずられるように二階へと上がっていく。
「ここが私の部屋~」
「わぁ……すごい」
部屋には所狭しと服が並んでいた。
ウォークインクローゼットの中までぎっちりだ。
「兄ちゃんたちが服に興味ないから二階のウォークインは私が独占してるの」
「ほんとにすごいね、ちょっとしたアパレルショップみたい」
「家に来たら、栞ちゃんのコーディネートしたいって言ったでしょ?」
楓がにんまりと笑みを浮かべる。
獲物を狙うネコ科の様な目に見えた。
「栞ちゃんはねガーリーも似合うと思うんだよねぇ、この服……は、胸が入らない。
なにそれ、身長変わらないのにズルくない?」
「楓ちゃんは、まだ中学生だし?」
「そうだけどそうじゃないの、それじゃこれと、これと、それからコレ!着て!」
「今!?」
「今!」
楓が次々と服をあてがいながら、コーディネートを決めていく。
「ねぇ、これ短すぎない?あ、でもこっち合わせればそうでもない?」
「安心して悠一兄ぃのツボ押さえてコーデしてるから、効果は保障するよ」
「悠一さんの……」
悠一のツボと言われて興味が沸き、楓のコーディネートに服を着替える。
着替え終わる頃に悠一がお茶を入れて二階に上がってきた。
「二人とも~、お茶入った……よ……」
悠一の言葉が途中で消えた。
「ちょ、悠一兄ぃ、しっかりして。栞ちゃんに見とれすぎ、お茶こぼれる」
悠一が取り落としそうになったお盆を楓が慌てて受け取っていた。
悠一は栞に釘付けになっている。
「どうかな?」
「……とてもよく似合ってる。すごく似合ってる」
「にひひ、悠一兄ぃ顔真っ赤~。良かった、栞ちゃんその服あげる」
「えぇ!?悪いよ!」
「その代わりに、今度買い物一緒に行こ?
安くていい古着屋さんあるからさ、掘り出し物探し手伝ってよ」
楓にいいように誘導されている気がするが、悠一の反応を引き出せた事が嬉しくてそれどころではない。
「……ほんとに変じゃない?」
「……変じゃないよ、よく似合ってる。」
栞と、悠一が、見つめあう。
楓はいつの間にか部屋からいなくなっていた。
「そ、そう言えば、楓ちゃん以外のご家族は?」
この空気が耐えられなくて思わず話題を逸らしてしまった。
「家は父は単身赴任中だよ、あと2年は帰ってこれないって泣いてた。
母は仕事で、弟は――」
「――悠一兄ぃちゃぁぁん!」
階下から楓が大きな声を上げた。
「そんなデカい声出さなくても分かるわ!」
「お母さんが『今日残業になったからご飯よろしく』って!」
「残業?まじか……しゃぁない、俺が作るか」
悠一が重い腰を上げ立ち上がる。
「作る?悠一さんがですか?」
「他に居ないしね……良かったら晩飯食べてく?」
悠一の手料理を食べられる。
その事実に胸が高鳴る。
「晩御飯……いいんですか?」
「良いんじゃない?家にだけは連絡入れておけよ?」
「わかりました」
美咲にメールを打てば、『楽しんでおいで』『あまり遅くならないように』と返信があった。
「えぇと……材料は?あぁこれか……」
悠一が、こなれた様子でエプロンをつけ包丁を手に取る。
トントンとリズミカルになる包丁の音が聞こえはじめた。
「悠一さんってお料理できるんですね」
「母が仕事でいない日も多いからな、必然的に兄妹そろって料理は覚えさせられたよ」
「え?てことは楓ちゃんも?」
「できるよ、油物はやらせてもらえないけど」
鍋に並々注がれた油に、衣を纏わせた鶏肉が躍る。
隣の鍋では、刻まれた野菜とワカメが煮えていく。
「楓、お前も見てないで手伝えよ、芋をレンチンしてあるから、マッシャーは出してある」
「はーい。あ、栞ちゃんも手伝って」
「私は調理実習ぐらいしかしたことなくて、」
「大丈夫大丈夫、ボウル押さえていてくれればいいから」
栞が悠一を見れば、笑みを浮かべてうなずいた。
楓に言われたとおり、ボウルを押さえる。
レンチンされた芋にマヨネーズをかけ、潰しながら混ぜていき、ミックスベジタブルをいれれば、ポテトサラダが出来てくる。
「ただいまー……お客さん?誰?なんで料理手伝ってるの?」
「お、お邪魔しています」
悠一より気持ち視線が高い眼鏡の男の子が帰ってきた。
天野井高校の学生服を着ている。
「俺の彼女の栞、一応な。これは弟の浩二、高校一年」
「え?彼女?兄貴の?」
「浩二兄ィ!いいところに帰ってきた、仕上げして!」
楓が、ポテサラの入ったボウルをずいと浩二に押す出す。
「まって楓、それどころじゃ」
「ちゃんと手を洗えよ?話してやるから」
「話を聞きいてくれよ……後で説明しろよ?」
浩二がしぶしぶ手を洗い、台所に戻ってくると、楓からレモンをひとかけ受け取る。
「レモン汁を入れるの我が家流なの!栞ちゃん覚えておいてね」
「ふん」
楓の言葉に、浩二がレモンに力を加え、ひとかけ分をポテトサラダに絞り入れる。
混ぜていくとさわやかな香りがポテトサラダから立ち上がる。
残りのレモンは唐揚げに添えられた。
「はい完成、ご飯とみそ汁はセルフな?」
「はいはーい」
「腹減ったよ」
「ただいまー!」
女性の声が聞こえた。
リビングを覗くとぱっと顔色が笑顔を浮かべた。
「おかえり母さん、丁度ご飯できた所だよ」
「ありがとう~悠一助かるわ……あ、あなたが栞ちゃんね?いらっしゃい」
「神崎栞です。よ、よろしくお願いしますお母様」
茜が栞の両手を包むように手を握りながら歓迎した。
「ねぇ聞いたお母様ですって」
「はいはい、話は後してくれ、ご飯冷める前に食べようぜ」
悠一の号令に全員が席に着く。
家長席に茜が、左側に悠一と栞、右側に浩二と楓がそれぞれ並んで座る。
食卓の上には大皿で山盛りのから揚げ、ポテトサラダが並ぶ。
普段の食事は個別のプレートに乗って出てくるので、大皿料理はなんだか新鮮だった。
「いただきます!」
全員の声がそろう。
「栞、はい取り皿、」
「ありがとう」
「浩二兄ぃポン酢とって」
「はいよ」
「楓は唐揚げにポン酢好きだよな」
「さっぱりして美味しいんだから」
「浩二、あなた今日の試合どうだったの?」
「あぁ、インハイ予選の時期か」
「勝ったよ、晴れてインハイ出場だ」
「おぉ、やるじゃん」
「兄貴の世代以来だな、全国出るの」
「俺が強すぎたからな」
「悠一兄ぃ、浩二兄ぃより弱いくせに」
「うるせぇ」
「あ、それ私の狙ってた唐揚げ!」
「山盛りあるんだから好きなのとれよ」
ポカンとしながら栞がつぶやいた。
「あ、あの……いつもこんな感じなんですか?」
「うん?そうかな?うるさかった?」
悠一が申し訳なさそうにしていた。
「いえ、何というか、これが普通の家庭なのかなって?」
「家はごくごく普通の家よ」
「普通か……にぎやかな家庭じゃなくて?」
栞の問いに、茜が答え、悠一が突っ込む。
茜が笑みを浮かべながら悠一を見ていた。
栞には、その光景がとても暖かいものに見えた。
「まぁ、何にせよ、悠一は自分の道を進んでるようで何よりだわ。
栞さん、これからも悠一をよろしくね?」
「母さん……やめろよ恥ずかしい」
「……私こそ、悠一さんに頼ってばかりなので……私のできる範囲でお力になりたいです」
「栞まで……」
「これは親公認って事で良いよね?」
「良いんじゃないか?」
「楓、浩二……後で覚えてろよ?」
悠一が頬を赤く染めながら兄妹に文句を言う姿が、
なんだか可愛らしく思えてしまった。




